職人達の朝は早い
何もない平原。
何もないとは比喩表現で、実際は青々と茂る草花と雲一つない青い空。遠くには山が連なっているなんの変哲もない平原。
武器を作ってくれると言う鍛冶屋の親父、ラウルの為に鉱石を探すことになったのはいいが、アイリスが此方に巨大な鉱脈があります。と言って連れてきたのが、街から少し離れた場所にある何の変哲もない平原だった。
「アイリスさんや、ここは平原じゃろ?」
「はい、ここは平原です。」
「ワシは鉱脈があるゆーて聞いとったが。」
「はい、ここは鉱脈があります。」
「なーんもありゃせんよ?」
「いいえ、ここから直下200mの地下に巨大な鉱脈があります。」
マイン○ラフトじゃねーんだよ、とツッコミたくなる気持ちを抑えてアイリスを諭す。
「無理だよねソレ、どうやって真下に掘り進むのさ。」
「レイリー様の魔法で直径2m程ある円柱型の穴を開けてもらい、その周囲に螺旋階段を土魔法で形成してもらいます。」
アホの子みたいな事を言い出すアイリスを乾いた双眸で見つめるレイリー。見事に真顔で言い切ったアイリスには脳内でパジェロを進呈していた。
「そんなこと出来る訳ないでしょう。」
「レイリー様の魔力回路による最大出力であれば可能です。」
「え?そうなの?」
「可能です。」
何一つ疑うことを知らない曇りなき眼は、嘘をついてるようには見えず、今まで何一つ嘘や間違いを選択してこなかったアイリスの言葉に、軽く頷く。
アイリスが指し示す場所に目印のハンカチを置き、少し離れた場所から詠唱を始める。
「じゃあやってみるけど…うーん。掘削機みたいなので良いかな……」
「【大地を 穿て 巨大な 土の 螺旋杭】」
「【標的を 支えろ 巨大な 風の 膜 】」
「【局所で 爆ぜろ 圧縮された 炎の 玉】」
「【杭を 上空から 撃ち抜け 巨大な 氷塊】!」
手前から順番に詠唱文字を綴り並列させる。
山程ある巨大な土のドリルが作られ、周囲に吹き荒れる突風が支える。
安定したドリルが形成され、地面に向かって自由落下を始めると、杭の頭が爆発し高速回転を始める。
巨大なドリルが地面に衝突すると上空から巨大な氷塊が落下し、ハンマーのようにドリルを打ち下ろす。
衝突の際周囲に轟音を響かせ、膨大な魔力でコーティングされたドリルは欠けることなく、地面に大きな穴を空けながら真下に直進していく。
風の膜が凄い勢いで散らされる土砂を、レイリー達の手前で静止させ、氷塊はドリルと衝突した後、空気に溶けて雲散していく。
回転と直進を続ける土のドリルを維持するのに体内から魔力がごっそり抜け出るのを感じて視界が明滅を始める。
気を抜けば持って行かれそうな意識、歯を食いしばり耐え抜く。
「うおおおおおおおお!」
主の咆哮に応えるかの様に、地中深く進んだドリルはとうとう見えなくなった。
目の前には、周囲を巨大な土砂の山に囲まれた大穴が空いていた。
「はぁ…はぁ……ど、どうかな?」
レイリーがアイリスの方を見ると笑顔で頷きく。
それを見たレイリーが、満身創痍で震える体に鞭を打って、小さくガッツポーズをとる。
五節詠唱の並行四列起動。持てる全ての力を振り絞った最高の複合魔法を行使し、成功した偉業。
この魔法はパイルバンカーと名付けよう、とレイリーは内心で笑みを零した。
「あと半分です。」
アイリスが放った無情な一言にレイリーは気を失った。
▶︎▶︎
その後休憩を挟みつつ丸一日、二、三回気絶を繰り返しながら、とうとう大穴と螺旋階段を完成させたレイリーは地下200mの大穴の最深部に到着していた。
螺旋階段を作りながら下って行くと、足元が暗くて見えなくなり、もう帰ろうか?と後ろを振り返ると、アイリスが、徐ろに取り出したランタンで視界を確保した。
逃げ道を失ったレイリーが泣く泣く作業に戻って三十分後の到着だった。
「これは…?」
最深部に到達したレイリーを待っていたのは巨大な青色の鉱石だった。
薄く青色に光る地面を見ながらレイリーは呆然と立ち尽くした。
「これを、こうします。」
アイリスが青い鉱石に手を触れると、グニャグニャと形を変えて延べ棒になった。
アイリスが手を触れた部分をチラ見すると、鉱石にクレーターが出来ていた。
「ア、ソウイエバ、ソンナコト、デキマシタネ。」
アイリスのスペックの高さに言葉をカタコトにするレイリー。
アイリスはスカートの両端を摘み優雅に一礼し、大量の延べ棒を作りながら、アイテムポーチに収納する作業を行った。
▶︎▶︎
ガチャ
「いらっしゃい!……ってアイリス様!えらく早いご帰還で…」
鉱石を探してくると言って、レイリーを連れて出て行ったアイリスが、予想よりもだいぶ早く帰って来たことに、驚き目を丸くするカウンターのラウル。
そんな事は御構い無しにアイリスが優雅に歩み寄り、カウンターのテーブルに収納していた青い延べ棒を並べていく。
「これで装備の製作をお願いします。」
山の様に積み上げられた延べ棒とアイリスを、驚愕の表情で交互に見る。
目の前に積まれた延べ棒は殆ど世に出回ってない希少な鉱石で出来ており、一本で貴族が住める屋敷を買える程の値段が付くものだった。
「魔流増幅器と胸当て二つ、あとは弓を一つ作って頂ければ余った素材はお納め下さい。この街の吟風亭という宿に宿泊してますので、完成の際は一報下さい。」
用件だけ告げて優雅に一礼したアイリスをただ呆然と見つめていたラウルは、正気に戻ると大急ぎで燃える炉に木炭を焚べる。
これだけの素材を加工するには火力が足りないので、大急ぎで火の魔石を買い足さなければ、と嬉しい悲鳴をあげる。
火の魔石とは、火炎属性に由来する魔物のコアが外気に触れず、炎に触れる事により産まれる魔石であり、炉に焚べる事によってムラなく高い火力を維持できる。同じ様なもので水中に住む魔物が水の魔石を落としたりする。
絶対に失敗は出来ない。
そう思ったのは恐怖や罪悪感からではなく職人としてのプライドが許さなかったからだった。
最高級の素材に設けられていない期限。
ラウルは数日間寝ずに槌を打つ音を響かせた。




