条件反射と後悔と
突然の来訪にビクリと肩を震わせ恐る恐る振り返る。
「すみません。此方に短剣を持った少年が居ますよね。」
血の様に赤い唇を弓なりに歪ませて獰猛な笑みを浮かべる女性が立っていた。
黒い髪に金の瞳。女性という箇所以外は全て無音の死神の情報に当てはまるその女から眼が離せないでいた。
冷や汗を顎から滴らせ呼吸を荒げる。
「大丈夫ですか?呼吸が荒い様ですし、酷い汗ですよ。ラウルさん」
そう言うと女性はまるで此方を本当に気遣っているかの様な表情で歩み寄る。
(コイツはヤバい…!)
全身の細胞が警鐘を鳴らし脳へ届ける。
名前も教えていないのに目の前の女性は確かにラウルの名前を呼んだ。
それはラウルの身体中を恐怖で満たすのには十分だった。
この化け物からは逃げられない。
この店に通う冒険者によって植え込まれた圧倒的な恐怖。条件反射でその女性に殴りかかっていた。
「う、うわあああああ!!」
ドチッ
鈍い音を立てて女の顔に拳が衝突し、その美しい顔が血で汚れる。
その女性は防ぐでもなく避けるでもなく反撃するでもなく、只々無防備に男の拳を受けた。
通常人間は顔を殴られる際無意識に眼を瞑るのが普通だが目の前の女性は瞬き一つせずに此方を凝視していた。
「な、なんで…避けない……っ!?」
その時店内に濃密な殺気が充満するのを感じた。
息すら許可されない程に圧倒的な殺気がラウルの肺まで満たす。
辛うじて動く瞳を店の入り口に滑らせると、闇に溶ける様な黒髪に、温度を感じさせないほど冷え切った金眼。まるで路傍の石を見る様なその瞳に全てを納得した。
ああ、この女性はこの人の姉だったんだ。
短剣を盗んだ少年を殺めるのに心を痛めたこの人が自分が交渉に行くと言って穏便に済ませようとしてくれてたんだ。
それを今台無しにした。
臆病な父を許してくれ、スート。
ラウルの勘違いはとどまる事を知らなかった。
「おい、今俺の仲間を殴ったか。」
「す、すいません!殺されると思って手を出してしまいました!息子だけはどうかお助け下さい!盗みを働く様な愚か者ですが私を想ってやっただけの心根の優しい子なんです!無音の死神様の私物とは知らずに盗んでしまっただけなんです!どうか…どうか…」
そう言って額を床に擦り付けるラウル。
初めて見る父の情けない姿に自分はなんて事をしてしまったんだと後悔と罪悪感で胸を締め付けらるスート。そのまま父の前に立ち両手を広げる。
「お前…何を……」
「こ、殺すんなら俺だけにして下さい…俺がやった事です…」
「おい馬鹿やめろ!お前は将来があるだろう!!」
「父ちゃんが死んじゃったら俺……一人になっちゃうじゃん……」
「あの、まぁ取り敢えず短剣返してもらえる?」
無音の死神がそんな事はいいから、と言いたそうな顔で此方に手を伸ばす。
ラウルは直ぐにスートが盗んできたんだ短剣を男に渡す。
「はい、まぁ盗みは褒められないけどちゃんと返してくれたので許しましょう。あと無音の死神って恥ずかしい呼び名には心当たりがない。」
男はそう言うと腰に手を当てニコッと笑う。
「俺はパラダイムシフトのレイリーだ。」
取り敢えず助かった、と緊張を緩めた瞬間にラウルはその場に倒れ気絶する。
レイリー達は父に泣き縋るスートを見て放ってはおけないな、と溜息を吐く。
▶︎▶︎
「いやーお恥ずかしいところをお見せしました。」
そう言ってムキムキのおじさん、ラウルが膝に手を置き頭を下げる。
何故こんなことになっているのか頭の中で整理すると、短剣を盗まれたあと失意に沈むレイリーが、肩を落としトボトボと歩いていたが、前を歩くアイリスがいきなり立ち止まり、
「ここに短剣があります。」
と、ある店を指差し中に入っていく。
しばらく呆然としていたが、アイリスのあとを追って慌てて店内に入ると、ラウルに殴られているアイリスの姿が目に入った。
その光景を見て頭に血を昇らせたレイリーが殺気を周囲に撒き散らすと、土下座スタイルで息子だけは助けてくれと懇願されたのでもうするなよ、と釘を刺して許したらラウルが突然気絶してしまった。
自分の所為で倒れたラウルを放っておくわけにもいかず、泣き噦るスートを連れて、店の奥に運び介抱していたら、目を覚まして今に至る。
「ほら、お前も謝れこの馬鹿息子!」
「す、すいませんでした!」
スートの頭を掴み無理やり謝らせるラウルを見て、どの世界も親は変わらないなと微笑むラウル。アイリスは終始真顔だった。
「それにしても無音の死神と呼ばれたあなたがこんな鉄臭いところに何の御用で?」
すっかり落ち着いた様子のラウルがお茶を二つテーブルに出しながら質問を投げかける。
「俺達は今旅をしているんだけど、武器を新調しようと思って。」
「ええ!?あんなに凄い短剣を持っているのに!?」
「あ、ええっと、彼女…アイリスの武器が必要だし、俺自身魔流加速器が欲しいなぁって思って。」
「そうですか…鋳塊さえあれば今日のお詫びに俺が最高の武器を作るんですが…」
そう言って顔を伏せるラウルを見て何かを閃くアイリス。正直嫌な予感が脳裏を過る。
「では私達で調達しましょう。」
やっぱりな、とレイリーは深い溜息をついた。




