財布の紐にご用心。
製鉄都市イゾルダ。
そこには国中から集まった様々な鉄鉱石を製鉄し、製品として各大陸に送り出す生産ラインが数多くある。
巨大な溶鉱炉が多く並ぶその町は、鍛冶屋にとっては夢の様な都市で、関税などが掛かってない純度の高い鋳塊を仕入れることが出来る。
当然鍛冶屋の層も厚く、各大陸で腕に覚えがある者は必ず一度はイゾルダで修行をしている程だ。
アイリスにイゾルダの特色を聴かされ胸を踊らせるレイリーは浮かれた気持ちを鎮めながら武器屋を探していた。
「すいませーん。」
道中後ろから声を掛けられ振り返ると小さな少年が満面の笑みで話しかけていた。
「ん?何か用?」
「あのー、いきなりですいませんけどもし良かったら其方の短剣見せてもらってもいいですか?」
目をキラキラさせて両手を突き出す少年を見てレイリーは察した。
鍛冶師に憧れるこの少年は街中を歩いている冒険者の装備を観察し、琴線に触れた業物を観察して勉強したい気持ちが抑えられず、居ても立っても居られなかったのだろう、と。
「ああ、よく見て勉強するといいよ。」
そう言って少年に短剣を渡すと剣身を鞘から抜き放ち上から下まで舐める様に観察している。
「あ!父ちゃん!」
少年が声をかけた方向を振り返るとキョトンとした表情で此方を見ているおじさんが立っていた。
人差し指で自分の顔を指し、え?俺?と言わんばかりに目を丸くしていた。
不思議に思ったレイリーは短剣を渡した少年の方を振り返ると、少年の姿はなかった。
「……ん?」
状況が理解できないレイリーは徐々に事態を把握していく。
短剣を渡す、少年が品定めする、視線を誘導されて後ろを向く、何もないので振り返る、短剣ごと居なくなってる。
そう、レイリーは幼い少年にまんまと騙された挙句、業物の短剣を盗まれた。
「あ、あんな古典的な手に引っかかるなんて……………あ!UFO!とかと同じレベルじゃないか。」
と一人で落ち込んでいると、アイリスが服の袖を引っ張る。
「なんだよ、アイリスも見てたら止めてくれよ。」
「もしかしてあの少年に短剣をあげたのではなく盗まれたのでしょうか?」
「君は一体何を言ってるんだい…?」
レイリーはアイリスの言っていることがよく分からなかったのでこの子はアホなのか?と自分の事は棚に上げ更に落ち込む。
「初めてくる都市で、見ず知らずの少年が短剣を貸せと言って大人しく渡す人は、恐らくこのエムフェルトには居ないかと。盗んでくれと言っている様なものです。」
そう言って明後日の方向に歩き始めたアイリスの背中を呆然と見つめていた。
公衆の面前でアホと言われた様なものだった。
▶︎▶︎
「ただいまー!」
「おう、スート!帰ったか。」
とある店先で微笑ましい家族の挨拶が交わされる。大事そうに何かを抱えた少年は鍛冶師である父の元に駆け寄る。
「なぁなぁ!ちょっと来てくれよ!」
そう言ってスートと呼ばれた少年が父の腕を引っ張り店の中に引き込む。
されるがままに店内に入った父は玄関の扉を閉めてスートに向き直る。
「で、どうしたんだ?そんなに上機嫌で。」
「へへへ、聞いて驚け見て驚け、ジャジャーン!こんなもんが道端に落ちてたんだよ!」
そう言ってスートが服の中に布で包んでいた短剣を取り出す。父はそれを受け取って布を剥がすと驚愕に目を剥いた。
剣身は鏡の様に美しいが、どこか危うい儚さを感じさせる輝きを放っている。柄の部分を見てみると意匠を凝らした造形の中に文字が彫られていた。
EC1012.5.14
テンダー・アルトリウス
鬼才テンダーと言われた天才鍛冶師が鍛冶全盛期の時代に国王に献上したと言われる宝剣。
それを持つものは代々国王の懐刀と言われて汚れ仕事から御庭番までなんでもこなすと言われている。
現在では行方不明になっている国王直属親衛部隊隊長レイリー・ファリクスという男が持っているはずの短剣だった。
それが道端に落ちている訳もなく、スートが嘘をついているのは明白だった。
最近何故か息子のスートが剣や鎧を拾ったと言って持ってくる様になっていた。
もっと上等な鋳塊があればこの都市で右に出る者がいないくらいの武器が作れるのにと、酔った勢いで言ったのを聞いていたのかと疑った事もあったが、まさか息子が盗みを働く訳がないと見て見ぬ振りを続けていた。
しかしこの短剣だけは訳が違う。
盗賊や、手を汚した貴族に無音の死神と恐れられたレイリー・ファリクスの短剣を持ってきた。
拾ったにしろ、誰かから盗んだにしろろくなことにならない事は目に見えている。
「お、お前これを何処で…」
「え?だから道端に……」
「そんな訳がないだろう!!正直に言え!」
この後に及んで惚けようとするスートに激昂する。父の初めて見る怒りと焦りの表情に初めて罪の意識が芽生えるスート。
「あ、あの…ごめんなさい……本当は盗んだんだ。」
「このバカもんが!!誰から盗んできたんだ!?」
持っているとしたら汚職貴族か、山賊か…何れにしてもいい結果は生まないと、頭を抱える父。
「えっと……黒髪に金眼のお兄ちゃん…」
それを聞いた瞬間全身の汗腺から冷や汗が吹き出し総毛立つ。
たまに来る冒険者が聞かせてくれる今代の国王の懐刀の話。
罪を決して許さない冷酷な性格で、闇に溶ける様な黒髪に、夜の闇から浮かび上がる様な金眼。
その眼に捉えられた罪人は何処までも追われかならず命を刈り取られると。
「お前…なんて事を…あぁ。」
せめてこの子だけでも逃さなくては。そう思いスートの肩を掴み勝手口から逃がそうとした時。
ガチャ
「すみません。此方に短剣を持った少年が居ますよね。」
後ろを振り返ると美しい死神が血の様に赤い唇を三日月の様に歪ませていた。
アイリスは普通に微笑んだだけなのですが、スートの父親は恐怖のあまり、獰猛な笑みを浮かべた様に見えました。




