とあるギルドの一幕
剣と魔法の世界エムフェルト。
王政国家アリアンテスの主要都市ウィールズには今日も冒険者達が夢を求め雑踏を掻き分けダンジョンを目指す。
ダンジョンとはこの世界に人間が誕生した時より存在すると言われる広大な地下迷宮で、生きている迷宮とも言われるその中は常に危険と隣り合わせ。
そんな危険なダンジョンに何故冒険者達は挑むのか、それはまだ見ぬ金銀財宝や、胸が躍るような出逢いや発見を求めてのことである。
今日もダンジョンから帰還した冒険者達が、その勇姿の証明する為にギルド庁舎に集まる。
腕に覚えがある者達が集うこの場所で揉め事があれば、直ぐに冒険者か警備兵が飛んできて牢屋に入れられるであろう。
若い青年はその事を良く知らずにいた。
「だからさぁ、そっちからぶつかって来たんだからそっちが謝れよ!」
その時青年が揉めていたのはこの国でも有数の上位クラン【ウロボロス】のメンバーの一人であった。
四十層までの探索を成功させた彼等は一ヶ月振りにギルド庁舎へ素材を売却に来ていた。
四十層まで潜れるクランは国に十あるか無いかのレベルなのだが、その事を知らない青年は自分より二回りくらい大きいフルプレートの男に食って掛かっていた。
「あのなぁ、俺も忙しいんだ。さっさとそこをどいてくれないか?」
「嫌だね、お前が謝るまでここを退かない!」
もう我儘を言う歳でも無いであろうその青年の言葉を受けてフルプレートの男は深く溜息を吐く。青年とぶつかったのはわざとでは無いし、ウロボロスの一員として、冒険者の集まるこの場で頭を下げるのは躊躇われた。
他のクランメンバーは居ない。下っ端である彼に素材を預けて換金をさせて、一足先にクラン事務所に帰って祝勝会を行っている頃だろう。全く、何でこんな事に、とフルプレートの男は肩を落とす。
「おい!おっさん!あーやーまーれーよ!」
地団駄を踏む青年に少し苛立ちを覚えたフルプレートの男は強引に無視してギルド庁舎を後にする。案の定付いてきた青年を無視してクラン事務所に向けて歩み続ける。
「なぁ、お前がどうしても許せないって言うなら決闘しないか?」
ウロボロスのクラン事務所には広い敷地があり、決闘などを申し込まれた際はそこで命に関わらない範囲で模擬戦を行うことができる。
見た感じ素人丸出しの青年と戦う事に許可が出るかは分からないが、苛立ちから正常な判断を行えない状況にあったフルプレートメイルの男は道中、人差し指を立てて提案する。
「ええ?やだよ、おっさん強そうだし。」
(くっそ、コイツ案外勘がいいな…)
全く乗ってこない青年にどうしようかと悩んでいると目の前から同い年位の少年少女が歩いてくるのが見えた。
「おい、君達。この青年がしつこくて困ってるんだ。何とかしてくれないか。」
「え?俺達ですか?」
先頭を歩いていたローブを着た茶髪の女の子がキョトンとした顔で返答する。女の子なのに俺とか変わった子だなぁ、とフルプレートメイルの男が思っていると後ろの三人が青年に視線を滑らす。
「な、なんだよ!このおっさんが悪いんだぜ?ギルド庁舎で素材を買取に行ったらぶつかってきて折角の素材を床にぶちまけちゃったんだよ!」
「わざとじゃないと言ってるだろう…」
「だとしても謝れよな!」
睨み合う二人を置いて、少女達は無視して通り過ぎようとする。
「ちょ、ちょっと待たないか!君達この子と同じ位の歳だろ?何か言ってやってくれ!」
「いや、どっちもどっちじゃないですか?」
うんざりとした表情でローブの少女が肩に置いた手を払いのける。まるで埃を取るように。
(な、なんだこのガキ…最近の若い子は皆こんな感じなのか!?)
「おい!なんだよその態度!お前何様だよ!」
フルプレートメイルの男が昨今の若者の礼儀の乱れを嘆いていると青年がローブの少女に絡み始める。自分の事を棚にあげる青年が払った方と逆の肩を掴み無理やり振り向かせる。
その様子に一緒にいた他の三人は眉を顰めて青年を睨む。
「…はぁ、じゃあどうして欲しいの?ぶつかって謝らないオジさんもオジさんだし、そんな事でそこまで目くじら立ててる君も君だろ。はい、おしまい。」
「何だとテメェ…!」
青年が怒りに顔を耳まで真っ赤にしていた。コケにされたフルプレートメイルの男もこの発言は捨て置けないと思いある事を提案する。
「じゃあこうしよう、君達全員で俺と決闘して勝ったら土下座して謝ってやるよ。」
「ええ!?良いのかよオッさん、流石にこの数じゃ結果は見えてるぜ?」
不敵に笑うフルプレートメイルの男と数を増やせば勝てると踏んだ青年が勝手に話を進めるのを見ながら関係無い四人は溜息を吐いた。
「どうします?このまま面倒に巻き込まれるよりも手早く済ませてしまった方が良いのではないでしょうか?」
「そうだなぁ、あのオッさん弱そうだし兄貴なら楽勝だろ。」
「どうしよう、レイリー。」
「うーん…まぁさっさと終わらせて昼食食べに行こうよ。」
フルプレートメイルの男は話が上手いこと進んだことに心の中でほくそ笑み、そのまま五人をギルド事務所へと案内した。
▶︎▶︎
「さぁ、ここだ。」
フルプレートメイルの男が案内した場所はウロボロスのクラン事務所の練武場。新人の訓練様に整備されたそこには数々の武器や的が並んでいた。
「これは…凄いですね。」
「そうだろう?我がウロボロスが誇る自慢の練武場だ。ここなら少々派手な戦闘でも大丈夫だぞ。」
感嘆の声を漏らす眼鏡を掛けた青年にふふん、と鼻を鳴らし胸を張るフルプレートメイルの男。
「君さぁ、ここが子供の遊び場じゃないって分かってる?」
「ま、マスター!すいません…コレには事情がありまして。このギルドの鉄の掟に反するわけにもいかず此方へ連れてきた所存です。」
後ろに突然現れた少年に跪き弁明を始めるフルプレートメイルの男。長い黒髪に金と赤のオッドアイ、小さな体からは異様な程の圧力を感じた。
「ふーん、要は舐められた訳だね。」
「返す言葉も御座いません…」
まぁ良いけど、と軽く溜息を吐いた少年は連れてこられた五人の方に向き直り自己紹介を始める。
「僕がこのクラン、【ウロボロス】のクランマスターであるシャルト・エルファウストだよ。」
そう言って笑顔を向けられた瞬間フルプレートメイルの男と揉め事を起こしていた青年が恐怖のあまり悲鳴を上げながら走り去っていった。
「ちょっとなぁに今の声…ってえ!?何コレ!誰か決闘すんの?誰がすんのー!」
「ん?マギウス、貴様帰りが遅いと思ったら面倒ごとを起こしていたのか。」
「ひゃっはは!こりゃいい余興だなぁ!やれやれー!」
逃げた青年の悲鳴を聞きつけて次々と集まってくるクランメンバー。酒の肴に集まった野次馬達を一瞥して、マギウスと呼ばれたフルプレートメイルの男は「すまんな。」と一度礼をして剣を構える。
「じゃあ立会人は僕がやろうか、それでいいかな?そこのボク達?」
「あ、はい…まぁ良いですけど。」
そう言ってローブを着た少女一人が前に出る。それを見たウロボロスのメンバー達がゲラゲラと腹を抱えて笑い出す。
「あっちゃー、決闘で命のやり取りはないって言っても怪我はしちゃうよ?素直にそこの三人も一緒に参加した方が良いんじゃないの?」
と、シャルトが呆れた表情で言うが手を上げてヒラヒラと振り、その必要はないと伝える。
「へぇ…自信満々だね。マギウス、君全力でやった方が良いよ。殺す気でね。」
「は、はい!?しかしこの子達はまだ…」
「聞こえなかったのかい?全力でやれと言ったんだ。」
「…畏まりました。」
シャルトが目を細めて再度警告すると、マギウスは剣を上段に構えて大気を震わす。周囲の魔力の残滓がマギウスの剣に収束していく。マギウスのスキル魔剣術の最大出力の一撃が放たれる前の兆候だった。
「はぁ、俺関係ないのに…」
「レイリー!がんばれー!」
「オッケェ!俺頑張る!」
目の前の少女達が間の抜けた会話をしているのにマギウスは青筋を立てる。その余裕の態度がどこから来るのか確かめてやろうと決意した。
「それじゃ、はじめ!」
シャルトの合図と共にマギウスの最大出力の魔剣術【ダンシングエッジ】が、振り下ろされる刀身から解き放たれる。
まるで踊っているかの様に縦横無尽に飛び回りながらローブの少女を目掛けて殺到する。
着弾と共に振動と轟音を周囲に響かせながら長い間土煙を巻き上げる。
「おい馬鹿!殺しちゃダメだろーが!」
「あっちゃー、マギちゃんのアレタメが長くて援護なしじゃ使えないけど凄い威力なんだよね〜」
「流石に無事では済むまい、回復班を向かわせよう。」
「ダメだよ、まだ終わってないから。」
騒ぐクランメンバーをシャルトが黙らせる。シャルトが放った一言が理解できなかったメンバーはお互い顔を見合わせて首を傾げる。視線を戻しローブの少女の方を見ると、やがて土煙が消え姿を表す。
ローブの少女の体を覆う様に、無数の傷が付いた鉄の壁がドーム状に展開していた。
「まさか、無詠唱であのレベルか…!?」
「【敵を 穿て 無数の 空弾】」
瞬間、マギウスが突如地から足を離し、空中で錐揉み回転を繰り返して地面に顔から落下する。
「【敵の 四肢を 拘束しろ 無数の 氷の 鎖】」
更に糸に吊られた操り人形の様に、宙に現れた氷の鎖に全身を拘束されたマギウス。全身の筋肉が弛緩しているのかダラリと力なく垂れる頭と手足首からは、既に意識を刈り取られていることが分かる。
「勝者、そこの…えっと。」
「レイリーです。レイリー・メイルティーン。」
「勝者、レイリー・メイルティーン!」
「う、嘘だろ…」
「………」
全員が目の前で起こった惨劇に目を疑っていると、シャルトの勝者宣言と同時に少女がパチンッと指を鳴らして拘束を解除する。
地面に落下するマギウスを受け止め、シャルトは少女に熱の籠った目線を向ける。
「君、女の子なのに随分と男らしい戦い方するんだね。」
「そりゃそうだよ、だって俺男だし。」
そう言って仲間を連れて帰っていくレイリーをウロボロスのメンバーは二重の意味で驚きながら、呆然と見送るしかなかった。




