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第2章 センリュオウジュの下で *1*


 爽やかな小鳥たちのさえずりが一日の始まりを告げる頃、うっすらと霧のかかった山道を、馬に乗った二人の兄弟がゆっくりと進んでいた。

 一方は十六歳になったばかりで、まだ顔に幼さの残る背の低い少年、ハヤブサで、隣にいるのはその三歳年上の次兄(じけい)、レオクだ。

 早朝から食料調達に出ていた二人の馬の背には、捕まえたばかりの鹿や野兎(のうさぎ)の肉をはじめ、色鮮やかな果実や山菜などがたくさん詰まった竹籠(たけかご)が積まれていた。

 今日一番の大物、鹿を仕留めたのはハヤブサの方だったが、その顔にいつも狩猟の後に見せていた満足げな笑みは見られない。考え事をしていても簡単に獲物を射ることができてしまう弟を、レオクは少し羨ましいと思いつつ、不満そうな表情を浮かべている理由を尋ねることにした。

「お前、最近やけに機嫌悪いよなぁ。もしかして、背が縮んだ?」

「……縮んでねぇよ。伸びてもいねぇけど」

「じゃあ、告白に失敗したとか?」

 レオクは冗談半分に聞いたつもりだったのだが、ハヤブサは明らかに動揺した様子で、手綱たづなを強く引いた。

 馬が驚き(いなな)く声が辺りに響き渡り、しかしすぐに霧の中へと吸い込まれていく。

 次の瞬間、腹の底から絞り出したかのような唸り声が、レオクに耳に突き刺さった。

「……レーオークー(にぃ)ぃぃぃ」

「え、もしかして当たっちゃった? なんだ、そっかぁ、振られちゃったのかぁ。そりゃ、ご愁傷様(しゅうしょうさま)~」

「振られてねぇよ……まだっ! ただ、『夏の暑さにやられて、頭に悪神(ガッシム)でも取り憑いたのか』って心配された。あと、冗談だと思われて笑い飛ばされた……」

「うわぁ……」

 なるほど、それは男として落ち込むのも当然だ。

 そもそも恋愛対象として見られていないのでは、とレオクは思ったが、さすがにそれを言うと弟を本気で落ち込ませそうだったので、苦笑するに(とど)めた。

 こういう時、長兄(ちょうけい)のリュートなら上手く励ましの言葉でもかけられるのだろうが、レオクは違った。

「ふーん、じゃあ、今度は俺がフウリちゃんに告白してみちゃおうっかな~」

 どちらかと言うと父親似のリュートやハヤブサとは異なり、レオクは、かつて村一番の美女だったという母親に似たらしい。鼻筋の通った綺麗な顔立ちと、フウリにかたなの腕前、均整のとれた身体つきだけでなく、明るく話しやすいその性格に惹かれる女性は、村の内外ないがい問わず存在する。

 自分でもそれを理解しているレオクは、もちろんからかうつもりで言ったのだったが、ハヤブサは、そんな次兄の軽口を意外と簡単に受け流した。

「あー、無理ムリ。どうせ、今のフウリは誰が告白してもなびかないぜ」

「え、そうなの? なんで?」

「なんでってそりゃー……」

 つい思い浮かべてしまった青年の姿にを振り払おうと、ハヤブサは苦々にがにがしげに首を振る。

「もしかして、例の助けた彼……カケル殿だっけ? に惚れちゃったとか?」

「……あんなヤツ、知らねーよ!」

「っと、噂をすればその彼とフウリちゃんだ……って、何あれ、どういう状況?」

「えっ!?」

 霧の向こうに見えてきた村の東はずれでは、なぜか刀で打ち合っているフウリとカケルの姿があった。

 村の東にある広場は、毎朝決まって、フウリ率いる村のサムライたちが刀の稽古(けいこ)をする場として使われている。今日は狩猟の当番だったから参加していないが、普段はレオクもその稽古に参加している一人だ。

 馬から下りて広場に近づいたレオクとハヤブサは、鬼気迫ききせまる様子で刀を交わしている二人を、そしてそれを興奮した様子で見ている大勢の野次馬たちを眺めやり、その中に一人の少女を見つけた。

 神謡姫しんようきであり、フウリやハヤブサの幼馴染おさななじみでもあるシャラだ。その足下あしもとには、彼女とこの村を守る役目を負っている守獣(しゅじゅう)白狼(はくろう)、ガセツの姿もある。

「おはようございます、シャラ様。これは一体どのような状況なのか、よろしければ教えてくださいませんか?」

 レオクは自分よりも背の低い彼女の視線と合わせるように、わずかにかがみながら微笑みかけた。

「まぁ、レオクさま、おはようごさいます。これは、その……」

 フウリたちの打ち合いによほど集中していたのか、突然話しかけられたシャラは小さな瞳を丸くした。

 そして彼女が説明に困っていると、すぐ横で話を聞いていた少年が、胸を張って割り込んできた。

「僕、見てたから知ってるよ! フウリねーちゃんが、あのおにーさんに刀を渡してね、『本気でかかってこい』って言ったんだよ!」

「そうそう、腕試しするんだって!」

 別の少年が説明を付け加えのに対し、レオクとハヤブサは納得げに頷き合い、それから少し呆れたようにため息をついた。

「ふぅん、なるほど。そういうことか」

「……なぁ、レオク兄。あれってどう思う?」

 ハヤブサに袖を引っ張られ、視線を子どもたちからフウリたちの打ち合いに戻したレオクは、思わぬ光景に息を呑んだ。

「嘘だろ?」

 この村や近隣の村を含めても、刀剣術で彼女の右に出る者はいないと言われているフウリが、カケルに押されているように見えた。

 次の瞬間、刀を振りかぶったフウリの左脇に、彼女としては珍しく隙が生まれた。

 レオクをはじめ、刀剣術の流れを知る幾人かのサムライがそれに気付き、

「危ない!」

 同時に叫び声が上がった。

 二人が持っているのは、稽古用の木刀(ぼくとう)竹刀(しない)ではなく真剣(しんけん)だ。切先きっさきが相手の身体にかすればケガをするし、まともに食らえば重傷などでは済まない。

 その危険性に気付き、レオクが止めに入ろうと自らの刀の(つか)に手をかけたその時――。

 キィン!

 刀が激しくぶつかり合う甲高かんだかい音が、異様な緊迫感に包まれた広場に響き渡った。

 左脇にできた隙を狙って振られていたカケルの攻撃は、いつの間にかフウリの左手に握られていた短刀によって弾き返されていた。

 ワァツ、と野次馬たちから大歓声が上がる中、レオクはいまだ対峙(たいじ)している二人の間に(おのれ)(さや)を突き出すと、「両者それまで!」と叫んだのだった。


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