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第1章 黒い瞳の青年 *4*


「久々にフウリちゃんが顔を出してくれたと思ったら、まさか男連れたぁ、おじさんビックリだよ!」


 太い眉と口の周りを覆う灰色のひげが特徴の男は、鍛冶工房(かじこうぼう)に突然現れたフウリとハヤブサを笑顔で迎え入れてくれた。

 この男、シュンライといえば、センリュ村でただ一人の鍛冶師(かじし)であり、その腕はかつて鍛冶の村で有名だったユゥカラ村でも一目いちもく置かれるほどのものであった。

 フウリがいつも腰に差している刀もシュンライの手によるもので、斬れ味はもとより、女性でも扱いやすいようにと工夫を(ほどこ)された渾身(こんしん)の作である。

 それら数々の名刀を鍛えたこの工房は、村近くの山中にある洞窟だ。まっすぐに細長く続いている洞窟の最奥さいおうには、照明具として重宝されている『蛍石(ほたるいし)』や、刀の材料となる『玉鋼(たまはがね)』などの鉱石が採れる貴重な場所でもある。 

 洞窟の中は小さな室のようないくつかの空間に分かれており、そのひとつに、シュンライとその一番弟子でありハヤブサの長兄であるリュートが寝泊りできるよう、造られた室があった。

 その室の端に置かれた寝台に、馬から下ろして背負ってきた青年をとりあえず横たえると、ハヤブサはすぐに(きびす)を返した。

「オレ、ユィノ(ねえ)さん呼んでくる!」

 ユィノというのは、村で唯一の薬師くすしの女性だ。青年を連れてくることを反対した割に、ハヤブサはちゃんと傷の手当てをしてもらうつもりらしい。

「あっ、でも、ユィノ殿は安静にしていた方が……」

 彼女は今、身籠(みごも)っているのだから……とフウリが止める間もなくハヤブサは飛び出していってしまった。

 あっという間に遠ざかっていった馬の足音に、寝台脇の丸木椅子に腰を下ろしたフウリは、小さくため息をいた。

「はっはっはっ! あの(せがれ)め、フウリちゃんに良いトコ見せようって必死だな。まぁ、ユィノちゃんのことだ、ケガ人がいると知ったら誰が止めても飛んでくるだろうよ」

 シュンライはそう言って豪快に笑ってから、ふと青年の方へと視線を移した。

「……それはさておき、コイツぁ、どうしたってんだ? エランクルどもにやられたのか?」

「いや、それはまだわからない。しかし、彼がコレを持っていて……」

 フウリが六花文様入りの手巾を差し出すと、それまでの明るかったシュンライの表情が瞬時に曇った。

「こりゃあ……どういうこった?」

 フウリの文様を知っているがゆえに同じ疑問を持ったのだろうシュンライが、眉間みけんに深いしわを寄せる。

「シュンライ殿は私と同じユゥカラ村の出身だったのだろう? この男に見覚えは……」

「ない。が、おじさんがあの村を出たのは二十年以上前のことだからな。フウリちゃんのことだって、たまたま里帰りしてる時に産まれたから会ったことがあったってだけで、顔なんて覚えちゃいなかったんだぜ。すまんが、思い出せって言われても難しいなぁ……」

「そう……ですよね」

 わずかに抱いた期待が外れ、フウリは肩を落とした。

 かく言うフウリはといえば、村や家族すべてを失った衝撃からか、センリュ村に連れて来られた以前の記憶をすべて失っている。したがって、目の前にいる助けた男が同郷のものであったとしても、わかりようがなかった。

「しっかし歯がゆいな。他に何か手がかりがあればいいんだが……」

「ええ……」

 フウリにとっては二度と思い出したくない悲惨な過去だったが、こんなことなら、と初めて、思い出したい衝動に駆られていた。

 自分の文様入りの手巾を持っているということは、近しい存在だったのではないか――思い出せないのが悔しいような、悲しいような、複雑な想いがフウリの胸に広がっていく。

 しかし同時に、思い出すのをはばむかのように、頭の中に霧がかかっていくのだった。

「ま、コイツが目を覚ませば、何かわかるだろうよ。だからフウリちゃん、そんなに不安そうな顔しなさんな。せっかくの可愛い顔が台無しだぞ」

「シュンライ殿……すまない。迷惑をかけて」

 気にするな、とシュンライが豪快に笑ったのにつられ、フウリはわずかに頬を緩めた。


 それからまもなく、馬に二人乗りでやって来たユィノを、フウリは工房の入口で迎えた。

 しかし、馬上にハヤブサの姿はなく、ユィノを乗せて連れてきたのは、妻の身体を案じた夫のリュートだった。

 リュートはハヤブサに似た顔立ちながら、目元は弟よりも優しげで、まだ二十二歳とは思えぬほど落ち着いた大人の雰囲気を醸し出している。

 また、ユィノは物静かな妹のシャラと異なり、くっきりとした目鼻立ちに、明るい茶色の短い髪から、溢れんばかりの生気を漂わせていた。

「ユィノ殿、無理をさせてすまない……」

「やぁだ、何言ってんのよ、フウリ。あたしは薬師(くすし)なのよ。ケガ人がいるのに何もせずにいられますかっての! さぁさぁ、ケガ人はどこ?」

 わずかに膨らんだお腹を撫でながら、茶目っ気たっぷりに瞳を片方パチリと瞬かせて微笑んだ。

 そのたくましい言動に、シュンライは「ほれ、言ったとおりだったろ?」とフウリに白い歯を見せて笑った。

 さすがユィノ、センリュ村の男たちから『(ねえ)さん』と慕われているだけのことはある。

 フウリは八歳年上のこの女性にユゥカラ村からセンリュ村に連れてこられ、育てられたのだが……男勝りな性格に関しては、このユィノに似たのかもしれない。

 そんな彼女をケガ人を寝かせている室に案内すると、ユィノは持ってきた竹編みの小箱から、薬草や医療道具をテキパキと取り出した。

 それから何かを思い出したかのように、勢いよく振り返る。

「ここはあたしに任せて、フウリは早く長老のとこに行きなさい。緊急会議で、アンタとハヤブサに事情を話してもらうんだそうよ」

「わかった。では、彼が目を覚ましたら呼びに来てくれると助かる」

 そう言い残し、フウリはシュンライの鍛冶工房を後にしたのだった。


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