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第1章 黒い瞳の青年 *3*


 砂利の多い川辺で倒れていたのは、茶色い髪に白い肌をもつ二十歳前後の青年だった。

 フウリとハヤブサは馬から下りて青年の傍に駆け寄ると、すぐに状態を確認した。

 武器の類は一切持っておらず、ノチウの男性が農作業をする時などによく着ている簡素な服は土や泥にまみれ、ところどころ破れている。それだけではなく、両肩に深手の傷を負っているらしく、血が滲んだ浅黄色の生地は赤黒く変色していた。

「この傷は……」

 破れた服の肩口から覗いている傷を見た瞬間、二人は眉をひそめた。

「これって、刀傷でも矢傷でもないよなぁ……」

「ああ、これは……」

 身をえぐるようにしてできた傷は、エランクルだけが持つ武器、――銃によるものと思われた。

 ハヤブサが苦笑しながらつぶやく横で、フウリは青年の頬を軽く叩いてみた。

「おい、しっかりしろ! 大丈夫か!」

 二人の幾度かの呼びかけの後、青年のまぶたがわずかに震え、重たげに押し開かれた。

「……っ……」

 言葉にならないかすれた声がつむごうとしたことはなんだったのか。その続きを問おうにも、彼は再び意識を失ってしまい、言葉の先を考えるよりも先に、ハヤブサが叫んだことで、すべてかき消されててしまった。

「コイツの瞳、エランクルと同じ色だ!」

「……!」

 同時に、フウリも別のある物――青年が腰につけていた手巾(しゅきん)に気付き、目を見開いていた。

 血に汚れた手巾に刺繍(ししゅう)されていたのは『六花文様(りっかもんよう)』。

 ノチウの民は皆、一人一人違う、自分だけの文様を持っており、それを自分の持ち物に刺繍する習慣がある。そして、花や植物、鳥獣を(かたど)った文様が多い中、フウリは珍しい文様を持っていた。

 それが、雪の結晶を花びらとして描いた『六花文様』だ。

「私のものと同じ……?」

 偶然とは思えぬほどフウリの文様によく似た刺繍がされた手巾を、会ったことのないはずの青年が持っているのか。

 そして、エランクルだけが持つ武器によって負わされた傷、ノチウにとっては不吉とされる『黒い瞳』を持っている、これらのことは一体何を意味しているのか――?

 フウリの視線の先を追って、六花文様に気付いたハヤブサも一瞬、目をみはった。が、すぐに冷静さを取り戻し、軽いため息をついた。

「で、コイツどうすんの?」

 投げやりにも聞こえるハヤブサの問いの後、長い沈黙を破って、フウリは口を開いた。

「……村へ連れて行く」

「おいおい、本気かよ? やっぱ関わらない方がいいって。だって、シャラが予知したのって、コイツのことなんじゃねーの? だったら、村にとって危険な奴かもしれないじゃん!」

 ハヤブサの言うとおり、シャラが予知夢に見た『村に近づいている者』というのは、彼のことかもしれない。しかし、彼女が不安に思ったというのが、村に連れて行った後に何かが起こるということなのか、傷だらけになっている彼の状態を指してのことだったのか……それは誰にも想像がつかなかった。

「彼が何者かはわからない。でも……なぜ、私と同じ『六花文様』入りの手巾を持っているのか、気になるのだ」

「それが何かの……もしエランクルに奴らの罠とかだったらどうすんだよ!」

「と、とにかく、私は彼を連れて帰るぞ。傷の手当てをするぐらい、問題ないだろう?」

 真っ当な指摘に珍しく動揺を見せたフウリだったが、ハヤブサもまた簡単には引き下がらなかった。

「何かが起きてからじゃ遅いのは、フウリが一番よく知ってんじゃないのかよ!」

 十年前、フウリの故郷が滅ぼされた後も、多くの村がエランクルに襲われ、今なお、この大地のどこかで同胞たちの命が奪われ続けている。

 この場所だって、危険な火山のふもとで、霧に覆われることの多い地ということでエランクルの目を避けてきたつもりではあるが、すでに見つかっている可能性もあるのだ。

「だが……もしも、彼が同郷の生き残りだったとしたら……私は、今ここでこの者を見捨ててしまったら、この先必ず後悔する。わがままを言っているのは承知だ。彼の素性次第では、私が責任を持って……斬る。だから……」

 そう言いながら、決意を瞳に宿したフウリは彼を馬に乗せようと抱き起こした。しかし、女性一人で動けない大人の男一人をどうこうするのは至難(しなん)わざだ。

 しばらく苦戦していると、ハヤブサが無言のまま突然立ち上がり、フウリとは反対側から肩を貸すと、彼を馬まで運び始めた。

「ハヤブサ?」

「……言っとくけど、オレは認めたわけじゃないからな。どうしても手当てする、ってんなら、村じゃなくて親父の工房に連れていくだけだ」

「……ああ、それで構わないよ。ありがとう、ハヤブサ」

「……ん」

 フウリからの感謝に対し、ぶっきらぼうに頷いたハヤブサは、自分の馬に青年を乗せると、来た道を戻り始めたのだった。


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