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第2章 センリュオウジュの下で *6*


 ニタイ村というのは、ワッカ山とムルラン山を越えた先、ノチウ大陸東部の半島にある小さな村だ。

 深い霧に包まれた森の中で隠れ住んでいる彼らは、古くから農業技術にひいでており、質の良い作物の種を持っていることで知られている。この付近のノチウの村々は、その種を目当てに交流しているところが少なくなかった。

 センリュ村もまた、年に一度はひそかに行き来しており、昨年は数名のサムライと共にハヤブサが種の買い付けに行っていた。


 シャラの予知夢では、その村がエランクルに襲われ、火に包まれていたのだという。

 この話を受けて緊急に開かれた会議で、ニタイ村には急使と救援を兼ねた者を数名向かわせることに決まったのだったが――。


「なぁんで、よりによってその面子(メンツ)なんだよっ?」

 今にも降り出しそうな曇天(どんてん)の下、身支度を整えて馬を取りに小屋にやってきたハヤブサはカケルの同行を知り、顔をしかめた。

 すでに荷を積み終えて待機していたフウリは、月毛つきげの愛馬ミコゼの首をポンポンと優しく叩きながら苦笑する。今、カケルが馬小屋ではなくココにいたら、ハヤブサのあからさまに嫌がる態度に、やはり苦い笑みを浮かべていただろう。

「私はこれが最良さいりょうだと思ったからなんだが……そんなに不満か、ハヤブサ?」

「あぁ、ものすごくな! オレはまぁ……フウリと一緒に行けて嬉しいからいいとして、なんでアイツ? レオク(にい)じゃダメなのかよ? 他にも、ニタイ村ってんなら、妹がとついでいったルランのおっちゃんとか、いるじゃん。なのに……」

 なぜ、どこから来たのかすらいまだにわかっていない青年を連れていくのか、その理由が、ハヤブサには理解できなかった。

 ちなみに、事が急だったこともあり、人選は筆頭サムライであるフウリに任されたのだが、長老や家長たちの承諾は既に得られている。

「レオク殿の刀の腕は村の皆も知っての通りだし、家長たちにも薦められたよ。もちろん私だって、彼を連れて行きたいのは山々だったさ」

「じゃあ、なんで?」

「私とレオク殿、二人とも村を離れてしまったら、今度は村の守りが手薄になってしまうではないか。だから、万が一、センリュ村で何かが起きた時のために、彼は残しておくことにしたんだ。ルラン殿については、奥方に引き止められてしまってな。当人は行きたがっていたのだが、さすがに無理やりというわけには、ね……」

「ふぅん……それはわかった。でも、アイツは? 一番関係ないじゃん」

「関係……ね。それがどうやら、あるかもしれないんだ」

「はぁっ?」

「私も最初は、軽い気持ちで選んだつもりだったんだ。ほら、カケル殿の刀の腕前は、先の私との打ち合いを見たハヤブサならばわかるだろう? 彼はおそらく、センリュ村の誰よりも強い。だから、ニタイ村で万が一何かが起きた時に、彼の力があると助かるな、って」

「それは……まぁ……わからないでもないけど……」

 その点については、ハヤブサも認めざるを得なかった。何せ、村一番の刀の使い手であるフウリが、危うく負けそうになった相手なのだ。

 本気で、とは言っていたが、彼の性格からして、女性相手に全力を出していたとは思えない。そして、もしあれが手加減をした状態だったとしたら、彼は恐ろしいほどの強さを秘めていることになる。

 フウリは密かに、彼が敵に回るようなことは起きないで欲しいと願っていた。

「それに、家長(かちょう)たちは、彼が村にいることは許したとはいえ、まだ信用してはいないように思えたからね。ならば、良くも悪くも、私に同行してもらった方がいいと判断したんだ。『彼に関する責任はすべて私が取る』と言っておきながら離れていては、責任も何もないからな」

 とそこまで説明してから、フウリは小さくため息を吐いた。

「そんなわけで、彼に同行を頼みにいったわけだったんだが……」

 そこで予想外のことが起きた。

 ニタイ村の名を出した瞬間、カケルが突然、激しい動揺を見せたのだ。

「どうやら、彼はニタイ村のことを知っているみたいなんだ」

「知ってるって、何か思い出したのか? まさか、ニタイ村出身だったとか?」

「いや……出身だったかはわからないが、村の名に聞き覚えがあったのと、ニタイ村のイコロのことを詳しく知っていたんだ」

 なんでも、ニタイ村のイコロは人ではなく《神鳴(しんめい)(ゆみ)》という物で、これは空に向かって放つと激しい雷雨らいうをもたらすと云われているらしい。

 その昔、日照りで作物が枯れかけ、困った村人たちが水の神様に祈りを捧げていると、どこからか弓を携えた白梟(しろふくろう)が飛来した。その弓を使って降らせた雨によって作物が豊かに実ったことから、以降、ニタイ村の人々は農業に精を出すと同時に、《神鳴の弓》をあがめ、弓術の鍛練にも励むようになった、と伝えられている。

「それは、でも……この辺の村のヤツなら多少は知ってることだろ。どっかで聞いたことあるとか、その程度じゃねぇの?」

「でも、それを知っているくらいなら、センリュ村の名前や《神謡姫》のことだって知ってたはずじゃないかと思うんだ。なのに彼は、シャラが神謡姫だって話した時、まったく意味がわからない様子だったんだぞ?」

 思わぬところで見つかった彼の『記憶の欠片(かけら)』が、何にどう繋がっているのかを確かめるためにも、カケルはニタイ村への同行を快く引き受けてくれたというわけだったのだ。

「ふぅん……そういうことなら仕方ねぇ。我慢してやるか」

 そこまで聞くと、ハヤブサは不満げながらも、ようやくカケルを連れてきたことに納得したようだった。


 そこへ折り良く、準備を整え終えたカケルが馬を引いて小屋から出てきた。

 彼の馬はフウリの乗るミコゼや、ハヤブサが乗るイザヨイのような月毛馬つきげうまではなく栗毛馬くりげうまだ。これは、同行できないのを悔しがったルランが貸してくれた馬だった。

「カケル殿、その子……ユヅキとは気が合いそうか?」

「ああ、落ち着いていてとても良い子だね。俺にはもったいないくらいだ……っと、ハヤブサ殿、おはようございます。俺なんかが同行しては不満もおありでしょうが、よろしく頼みます」

 図星をさされたハヤブサは、思い切り気まずそうに視線を逸らす。

「……ふ、ふん。せいぜい、足を引っ張らないようがんばってくれよ」

「おいハヤブサ、そんな言い方は失礼だろう!」

 慌てて間に入ったフウリを無視して、ハヤブサは逃げるように自分の馬を取りに小屋へと駆け込んでいった。

「あ、おいっ! ハヤブサってば……」

「いいよ、俺は気にしていないから。彼はとても、まっすぐな人なんだね……なんというか、懐かしい感じがするよ」

 カケルはハヤブサの入っていった馬小屋の方へ視線を向けると、どこか楽しそうに微笑んだ。

「懐かしい感じ……か」

 それはもしかすると、カケルが失った記憶の中にもそういう人がいたということだろうか。ニタイ村のことといい、彼は記憶を取り戻し始めているのかもしれない。

 フウリはそう思う一方、このまま順調にカケルに記憶が戻っていくことを、なぜだか素直に喜べない気がした。

 そうしてフウリは馬を撫でながら悶々もんもんとしていたが、やがて遠くから駆け寄ってきた親友の姿を見つけ、ハッと我に返った。

「シャラ、大丈夫なのかい? そんなに走ったら……」

 (つまづ)くよ、と言いかけた瞬間、

「きゃっ!」

 何もないところで見事に前のめりに転びかけたシャラを、フウリのすぐ横にいたカケルが機敏にも駆け寄って受け止めた。

 その二人の姿に、なぜかフウリは自分の鼓動がトクンと不規則に跳ねるのを感じていた。

「大丈夫ですか、シャラ殿」

「……は、はい。ありがとうございます、カケルさま」

「いえ、お気をつけて」

「……それで、シャラはそんなに慌ててどうしたんだい? 具合はもう良いの?」

「ええ、おばあさまにかけて頂いた眠りの(まじな)いのおかげで、あの後はちゃんと休めましたもの。それで、わたくし、どうしてもフウリさまに尋ねたいことがあってきたんですの」

「聞きたいこと?」

 シャラは笑みの下にわずかな緊張を浮かべると、おずおずと尋ねた。

「フウリさまは、昨夜(ゆうべ)見たご自分の夢を……覚えていらっしゃいますか?」

「え……」

 問われた途端、フウリの脳裏にセンリュオウジュの花びらが舞い散る光景が蘇った。

 そういえば、起きた瞬間、甘い花の香りが漂っている気がして、今は夏なのに季節はずれな夢を見たものだな、と不思議に思っていたのだった。

「……うん、なんとなくだけど、覚えてるよ」

 胸が妙にざわつくのを感じながら答えたフウリに、シャラはさらに問いを重ねる。

「そ、それは、どんな夢でしたか?」

「えーっと……センリュオウジュの花がたくさん咲いている不思議な場所で……確か、白い子犬を拾ったんだったかなぁ?」

 フワフワと柔らかくて、あったかい子犬を抱いた時の感触が、生々しく胸元に残っている気がした。

 しかしシャラが求めていた答えはそれとは別だったようで、少し迷うような素振りを見せてから聞き方を変えた。

「その場所で、他に……どなたかにお会いしませんでしたか?」

「あぁ、言われてみればシャラも出てきたっけ。そうそう、それで、シャラが何か言おうとした瞬間に目が覚めてしまったんだ。でも、それがどうかしたのかい?」

「……い、いえ、少し気になることがありまして。あの、それで、フウリさまが村に戻ってらしたら、またその夢についてお話ししたいことがあるんですけど、よろしいですか?」

「それはもちろん。シャラの話ならいつだって喜んで聞くよ」

「ありがとうございます。あの、それから……」

 躊躇(ためら)うように言葉を区切った後、シャラがフウリの耳元でそっと(ささや)いたのは、カケルに関することだった。

 ――カケルさまの心の奥に、昨日まではなかった『暗闇』のようなものが見えていますわ。どうか、お気をつけて差し上げてくださいませ。

 フウリは「わかった」と頷くと、カケルとハヤブサの準備が整ったのを確認し、ヒラリと馬に(またが)った。

「では、行ってくるよ、シャラ!」

「はい。どうか皆さま、お気をつけて。それから……フウリさまに《風のご加護》がありますように……」

 そうしてフウリ、カケル、ハヤブサの三人は、ニタイ村へ向けて旅立ったのだった。

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