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*序章*

 ある秋の――新月の夜のことだった。

 本来ならば、その日は年に一度の収穫を祝う祭、星神祭(せいしんさい)で賑わっていたはずだった。

 が、空を支配する深い闇は赤々と燃ゆる炎を不気味に映し、村にはがくや人々の歓喜ではなく恐怖や絶望が溢れていた。

 そんな中、かつて聞いたことのない空を切り裂くような発砲音にも怯まず、村の男たちはかたなを握り、弓を構え、果敢かかんにも向かっていった。

 ――みな、大切な者たちを守るために、必死だった。

 敵陣に駆けていく男たちの頭上高くには白い羽根をもつ大鷲(おおわし)の姿、最後尾を走る少年の肩の上には、小さな白いけものの姿もある。

 強襲(きょうしゅう)された村の民は皆一様に、白い肌に茶色の髪と瞳、対する敵方は褐色(かっしょく)の肌と黒い髪と瞳をしており、まるで正反対だ。

其方(そなた)は何者ぞ! 我らになんの恨みがあってこのようなこと!」

 先頭に立ち、多くの男たちを率いている赤銅(しゃくどう)(いろ)の髪をした男が、襲いくる敵に向かって叫んだ。

「……ぐぁっ!」

 返事の代わりに流れてきた銃弾に、叫んだ男の背後で鮮血が散り、うめき声が上がる。

 さらに、村人たちを援護するように上空を舞っていた白い大鷲おおわしが打ち落とされ、悲鳴が上がる。

 なぜならその大鷲は、『村の宝(イコロ)』と村を守るために星の神様からつかわされたと考えられている聖なる守護神獣(しんじゅう)……守獣(しゅじゅう)だったからだ。

「なんてことだ……」

 村の男たちが残る神に(すが)るように振り返ると、残りの守獣である小さな獣もまた、ひざをついた少年の足下で真っ白な毛並みを(あか)く染めていた。

「もう、おしまいだ……」

 心の支えとも等しき存在を失った衝撃に、銃弾を受けて動けなくなっている男たちから先頭の男を心配する声も上がり始める。

村長(むらおさ)、どうかお引きくださいっ!」

 村人たちからの悲鳴にも近い言葉を受けつつ、まったくひるまず相手のふところに飛び込んだ男――この村の(おさ)である男は、鍛冶師(かじし)として自らがきたえた真剣しんけんで敵を()ぎ払っていく。

 そこでようやく、敵の大将と(おぼ)しき黒い外套(がいとう)の青年が表情を変えた。

「…………」

 品定めするかのごとく村長と呼ばれた男を見やり、闇色の瞳を輝かせ口元に笑みを浮かべた黒髪の青年は、脇で大剣たいけんを構えていた長身の男……副将の名を呼んだ。

「…………」

 ただそれだけで青年の意図を察した副将は、やはり無言のまま村長の男に向かって剣を振り下ろした。

 ギィィン!

 村長の白く輝く刀が、多くの血を吸って濁った大剣の重みを受け止め、火花が散る。

何故(なぜ)……なのだ! 我らが一体、何を……何をしたというか!」

 幾度となく交わされる打ち合いの中で、再び投げられた問い。

 しかしなおも答えられることはなく振り下ろされた大剣に、村長の赤銅色の髪がひと房、切り払われて舞う。

その瞬間、わずかに体勢を崩した村長の胸を、大剣が勢いよく貫いた。

「……ぐはぁっ!」

 激しい剣戟(けんげき)を制した長身の男が、抜き去った剣に付いた血を振り払う。

 ビシャリ、と音を立てて飛んだ赤黒い飛沫(ひまつ)に、後ろで微笑(びしょう)を浮かべ、無言で眺めているだけだった青年の瞳が不快げに細められた。

「あぁ、服が汚れちゃったじゃないか。だから銃を使えって言ってるのに……」

 それが、苦悶くもんの表情を浮かべて倒れ伏した、村長の耳に届いた最期の言葉となった。


 ――ノチウれき三五六年。

 ノチウ大陸の南西部に位置し、鍛冶師の村で有名だったユゥカラ村は、他大陸から突如現れた『黒い民』エランクルによって一夜にして滅ぼされたのだった。


 しかし。

 敵が去り、生きているものの気配がすべてなくなった村で、焼け落ちた家の一つから、声にならない嗚咽(おえつ)がわずかに漏れた。

 かつて村で最も立派な佇まいだった村長の家には、食料を貯蓄しておくための小さな(くら)があった。 その狭い暗闇の中で、息を殺し、震える膝を抱えている少女が、独り生き残っていたのだ。

 

 ――僕が戻ってくるまで、ここで静かに待っているんだよ。約束だからね。

 

 敵襲の際、少女は一番近くにいた少年にそう言われた。

 約束を交わし、少女を守るために外へ駆け出していったその少年は依然として戻らない。それどころか、もはや村のどこにも人影はなかった。

 けれども、そうとは知らぬ少女は、ただひたすらに約束を守り、彼の帰りを待ち続けていた。

 くらの外、どこか遠くで家族の名前が叫ばれ、姉や母の悲鳴のようなものが聞こえてきても、飛び出していきたい衝動を抑え、歯を食いしばり、独りで必死に耐えていた。

 真っ暗闇の中、恐怖に止め処なく溢れる涙を何度もぬぐい、嗚咽が漏れないようにと必死に口を手で(ふさ)いでいた――が。

 やがて限界に達した少女が、睡魔の波に身をゆだねようとしたその時。

「――――」

 小さな歌声が聞こえた。

 どこからか風に乗って流れてきたその声は、澄んだ水のように清らかで、春の陽射しのように優しく温かで。

「……だれ?」

 少女はその美声に誘われるようにして、庫の扉の小さな取っ手に手を伸ばした。

 押し開けた瞬間、射し込んだ朝の光が、少女の白い肌と栗色の髪を照らした。

 陽光の眩しさに細められた(はしばみ)色の瞳は、やがて目の前に広がっている無残な光景を映し、見開かれていった。

「……っ」

 家族の姿や、約束を交わした少年と、いつもその肩に乗っていた白い獣の姿を求めて、名を叫びながら、フラフラと歩き出す。

 しかし、そこに見慣れた風景はなく、聞き馴染なじんでいた刀を打つ音も、村人たちの声も一切聞こえず、辺りは不気味なほどの静寂に包まれている。

 黒く焼け焦げた家や木々、元は何であったか、考えるのを無意識に拒絶した多くの『かたまり』を前に、少女はペタンと力なく座り込んだ。


 ここには誰もいない。何もない。

 こんな世界なんて――知らない。


「……ここは……どこ……?」

 ふと見上げた空の色は昨日と変わらぬ(あお)のはずなのに、少女にはその色がひどく冷たく(かな)しい色に映った。

 そんな空を見ているのが辛くて目を逸らすと、視界の端に見覚えのある文様(もんよう)の刻まれたひと振りの刀が飛び込んできた。

 何かを主張するように大地に突き立てられているそれは、少女の父親であり、村一番の鍛冶師でもあった村長がきたえた刀だった。

 光を反射して白く輝く刀身。

 あれを己の首に当てて少し引けば、自分もすぐに皆のもとへ()けるだろうか――。

 しかし、ひらめいた考えを実行に移そうとしたその時、背後から馬の駆ける音が近づいてきたかと思うと、突然、少女は抱き上げられた。


 ――もう大丈夫よ。


 耳元で(ささや)かれた女性の声に、優しい母親の声が重なった。

 力強く抱きすくめられたら、なんだか姉と同じ温かい陽の匂いがして。

 力強く握ってくれたその手は、父親や、大好きな少年のように温かくて。

「……うわぁぁぁ……」

 少女はようやく、六歳の子どもらしく、声を上げて泣いたのだった――。


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