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始まりは酷く単純で分かりやすいものだが、これから紡がれて行くだろうこの物語は酷く複雑なものとなる。
それはきっと、『ゆき』も承知していた。
否、そのように進行することは他でもない『ゆき』が望んでいたことなのだ。
「花柳さん、」
「なんだい、ゆき」
「『ひょう』は、何て言ってたかな」
小柄の少女の傍らに立つ青年は、少女に悟られぬよう顔を歪めた。
彼もまた、自らの持つ愛に溺れ、愛を求めさまよう者なのだ。
しかし、彼は彼で知ってもいた。
『自らの求めている愛は、手に入るはずがない』ということを。
自らが愛した少女は、愛を知らぬとする愚か者だと言うことを。
だからこそ、憎かった。悔しかった。狂おしかった。
少女が、自分ではない男を思い涙を流したことが。
涙には、『愛』が表れる。
喜び、悲しみ、苦しみ、慈しみ。
全ての愛による感情から構成される涙には、『愛』が含まれるのだ。
ああ、腹立たしい。
けれど唯一の救いは、愛する少女が自らの愛に気づいていないことか。
『出来れば気づかずにしまっておいてくれ』と、ほくそ笑みながら「どうだろう」と曖昧な返事を返した。
ーーーこんな、歪んだ者達のお伽話。
開演に先立ちまして、自己紹介をさせていただきます。
わたくし、『橘氷』と申しまして、この物語の語り手とさせていただきます。
以後、お見知りおきを。