皇帝は偉そうなので。⑦
その日の夜に、ボーザックとフェンを先行させ、離れた場所から残りで付いていって、ギルドに移動。
五感アップで会話を拾い、辺りを警戒しながら歩く。
「東側はまだ駄目なのか」
「そうみたい。早く何とかしてくれないかしら」
「皇帝は何をしているんだ、パレードなんておかしいだろう」
「駄目よ滅多なこと言っては」
「偉そうなだけで、帝都民を馬鹿にしてるわ」
「まあそう言うな…」
聞こえてくるのは、不安の声ばかりだった。
皆、囁くように、声を殺して、不安を語っている。
「何か…やな感じだな」
思わず言うと、ファルーアが竜眼の結晶を撫でながら、ふうと息をついた。
「今回の出来事で、不満が爆発しないといいわね、この国」
「うん…何だか不穏な空気しか感じない」
その向こう側で応えながら、ディティアがゆっくりと辺りを窺っていた。
彼女の耳にも、数々の声が聞こえているはずだ。
「やっぱり皇帝は偉そうなのかしらね」
「うん、この感じだとかなりの確率で高圧的だよなぁ」
「…早いところ済ませたいわね、色々」
ボーザックがフェンと一緒に無事にギルドに辿り着いたのを確認して、俺達は離れたまま見守った。
結局、怪しい集団らしき奴らはひとりも引っ掛からない。
ほっとするのと同時に、胸がざわざわした。
やがて、ボーザックだけが出てきて、俺達と合流。
「…フェンは大丈夫?」
ディティアが聞くと、頷いた。
「ギルドで預かってもらえるって。フェンには可哀想だけど、しばらくはギルド内でこっそり過ごしてもらうことになっちゃうね」
早いところ解決してあげないとな。
俺達は宿に戻った。
******
皆、あまり良い情報は聞けなかったらしい。
唯一、ファルーアが聞いてきた中に、最近貧民街に変な奴等が増えたって情報があったくらいだ。
何て言うか…ちょっといっちゃってる感じの奴等らしい。
「もしかしたら俺達が探してる集団かもしれないな」
腕組みしながら言うと、鬚を整えたグランが頷いた。
「とりあえず明日、貧民街の闘技場に行って考えるとしよう。皇帝に会うにも情報が足りなさすぎる」
「そうですね。このままじゃ、どう動いて良いかも…そもそも私達が何したいかも不明確です」
ディティアは新しい砥石で双剣を磨きながら言った。
その手元で鋭く光る剣は美しいが、彼女の躍るような戦い方を思い出して軽く背中が冷える。
何もわからない状況でぐだぐだしていても変わることはないし、俺達は明日に備えてさっさと寝ることにした。
******
闘技場は昼と夜に開場される。
ギルド長オドールから聞いていたので、早速昼の部へやって来た。
貧民街と言われている場所は、少しだけごみごみして見えたけど普通の街並みで、時折子供達がわいわいと走っているのを見かけるくらいには平和だった。
ふうん…これで貧民とか言われちゃうほどの国なんだな。
俺は念のため皆に五感アップのバフをかけて、進んだ。
「あれか」
グランが立ち止まる。
その先に、一際大きな建物が構えていた。
その建物だけはレンガではなくて、土を塗り固めたような外壁。
ここからだと全貌は見えない。
入口らしき場所には大勢の人が集まっていて、ある種、異様な雰囲気だった。
あんまりにうるさいからバフは消しておく。
ちらほらと冒険者の姿もあるんで、手近な所にいた男2人に声を掛けた。
「何か面白そうなことやってるって聞いたんだけど、まず何したらいいの?」
「お、新入りか?あそこの入口で賭け札を買って、中で賭けるんだ」
男のひとりがにやにやと教えてくれる。
「おっ、いいね!景品は?」
こういう時は、ボーザックの話し方よりも俺の方が向いてるような気がするんだよなー。
何て言うか、胡散臭そう?軽そう?なんだと思う。
「そりゃお前、すげーやつだ」
「すげーの!?じゃあもうそれ経験済み?」
「もちろん。1度手に入れたら、冒険者やってんの馬鹿らしくなるぞ」
「へー!ありがとな!」
「おう、頑張れよ!」
適当にぴらぴらと手を振って見送ってから、ふうーーと息を吐き出す。
「ふふ、ハルト君そういうの上手だね」
「茶化すなよ、結構神経使うんだからさ」
「ごめんごめん、お疲れ様!」
屈託の無い笑顔。
しかし彼女は今日はローブ姿である。
怪しまれないようにって配慮なんだけどさ。
「さて、どうするグラン?」
「そうだな、手ぶらってのも具合が悪そうだ。適当に買うぞ」
「了解ー」
俺達は、問題なく中へと通された。
******
席の前には賭けるための箱が2つ。
魔物同士の戦闘が始まる直前に、賭けた分が徴収される。
変わりに、賭けた魔物名と札数が書かれた紙を受け取り、これが換金出来る仕組みだ。
その掛け金を徴収する奴等が…。
「グラン」
「ああ」
ものすごく怪しい。
柄の悪そうな、目の落ちくぼんだ男や女。
一様に「いっちゃってる」雰囲気がすごい。
帯剣している所を見るに、何かしら、起きた問題を鎮圧する役ももってるんだろうと思う。
「この人達が貧民街に新しく来た人達かな?」
ディティアも身体を縮めて、息を潜めていた。
出てくる魔物は最初はどこにでもいる奴等だったんだけど、3戦目、4戦目となるにつれて珍しい魔物に変わっていく。
それを嫌悪感と共に見つめて、俺は眼を逸らさなかった。
確かに魔物は疎まれてて、俺だって闘うし。
そこは否定しない。
でも、玩具のように扱われながら懸命に生きる姿は、苦痛にまみれ、それでも、躍動していた。
そんな彼等から、眼を逸らしちゃ駄目な気がしたんだ。
そして、5戦目。
俺は、戦慄した。
「ま、待って…あれって…?」
ボーザックが声を絞り出す。
細い身体。
血走った、理性など感じない狂気の色をした眼。
黒く…血にまみれた毛並み。
涎をまき散らして、そいつは鼻息荒く、舞台に立った。
うおおおおおーーーー!!
会場が、揺れる。
歓声が、迸る。
「フェンリル……」
きっと、あれは。
ヴァイス帝国に降り立つその時に、檻に囚われていた銀狼だ。
細くとも尚、フェンより大きい身体は、俺を恐怖させる。
「さあ!本日のメインディッシュだぞ皆の者!数多の戦いを生き抜いたフェンリルだ!!」
そこで、はっとする。
フェンリルと共に現れた巨躯の大男。
ギラギラとした金の眼が、放たれるオーラが、吹き荒れる嵐みたいな男。
オレンジ色の髪がまるで炎みたいで、俺は思わず息を飲んだ。
ヴァ、イ、セン!
ヴァ、イ、セン!!
歓声が建物を揺らす。
紅いマントには金の刺繍。
その模様は獅子。
背負った大剣は厚く、鈍色をしていた。
……あれが。
「帝都民ども!今日も賭けろ!我が野心のために!!」
ドガアーーーッ!!
振り下ろされた大剣が、地面をえぐり取る。
おおおおおーーーー!
熱気と歓喜が、辺りに満ちた。
「…ッ、化け物かよ…」
グランが、呻く。
俺は、身体が竦むのをなんとか堪えた。
武勲皇帝、ヴァイセン。
その名に違わぬ男が、そこにいた。
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