皇帝は偉そうなので。①
空っぽの胃が締め付けられるような空腹感に目が覚めた。
窓の外はうっすらと明るく、まだ静かな時間帯。
夕飯も食べずに寝ちゃったのか……。
寝返りをうつと、あちこちが鈍く痛む。
あーそっか。
痣だらけだったっけなあ。
俺は横になったまま、そっとバフを練る。
「治癒活性」
これを考えたカナタさん曰く、活性化させた細胞がバフが切れた時に休んでしまうので、同じ箇所への攻撃はダメージが大きくなる可能性があるらしい。
だから本当はこんなのに使わない方がいいバフなんだけど、ディティアとファルーアを思うとそうもいかなそうだしなー。
腹は立つものの、元々そういうの長続きしないタイプだし、もう大丈夫だ。
俺はゆっくりと起き上がった。
女性陣とは部屋が分かれていて、俺の隣にはグラン。
その向こうにボーザック、イルヴァリエが見えた。
イルヴァリエが寝息を立てているのを見るに、風邪の心配は無さそうだ。
俺はそっと布団を抜け出して、外に出た。
…もしかして朝風呂とかやってるかもしれない。
******
もくろみ通り、温泉が開いていた。
ふたりだけ先客がいたものの、広い風呂なので気にならなかった。
「ふぅ……」
空きっ腹には多少きつかったけど、温まっているうちに落ち着いて、俺はじっくりと温泉を堪能することが出来た。
宿場街カタルーペを出たら、後は帝都まで真っ直ぐだし。
地図を頭に思い描き、大体の予定を考えながら、伸びをする。
ここまでくると、ディティアとファルーアに対する腹立たしさも幾分落ち着いてた。
あの反応はどう考えてもやり過ぎだけど、2人にとっては照れ隠し程度の気持ちだったんだろうしな。
俺は俺で、バフさえ重ねとけばもう少しマシだったはずだ。
たかだかじゃれ合い、されど、じゃれ合い。
バッファーである以上、本気で迎え撃つべきだったような気もする。
顔を出した日の光に照らされて、温泉と立ち上る湯気がきらきらと輝いた。
******
かなり上機嫌で宿に戻った俺は、同じように目が覚めたのであろうイルヴァリエと出会った。
「よお。おはよ」
「おお、逆鱗のハルト。腹が空いたのだが」
「ははっ、俺もそうだったしな。…何か食うか?」
「ああ。頼みたい」
機嫌が良いこともあって、2人で先に食べることにした。
宿の食堂は、早朝から開いている。
騎士団の制服に身を包んだイルヴァリエ。
しゃんとした立ち振る舞いからは気品が溢れてもいる。
もちろん、いつもの凛とした空気も纏っているし、貴族はすごいもんだと感心した。
……けど、そこまでなんだよな。
俺は漠然と思って、口にした。
「実戦したこと無いんだっけ」
「ん?……ああ。騎士団の鍛錬での模擬戦だけだ」
「冒険者は選択肢に無かったのか?シュヴァリエみたいに」
「……兄上は……特別なのだ。騎士団長に成るべくして成る、英雄でなければならない。私はそれを真似してはならないのだ」
そこまで聞いてから、俺は朝ご飯のセットをふたつ頼んで、イルヴァリエに席を取ってもらった。
農業大国らしく、朝から漬物がたっぷり添えてある定食をテーブルに運ぶ。
食堂には出発前の冒険者がちらほら。
きっと彼等も温泉を楽しんだことだろう。
使い古されて艶が出た木製の椅子に座って、俺達は朝食をとる。
「あのさ、イルヴァリエ。あいつは……たぶん、もっとお前に期待してると思うぞ」
白身が膨らんだ新鮮な卵の目玉焼き。
上質な野菜達を飼料に育った鶏の、よくしまった肉。
それらを堪能しながら、俺は思ったことを言った。
「どういうことだ?」
当然、イルヴァリエが返してくる。
「いや、なんか……自分を犠牲にしてまであいつを立てること無いと思う」
「犠牲になど…」
「そうか?……やりたいことをやりたいって言えない末っ子感があったんだけどな。ならいいんだ。頑張れ」
イルヴァリエの凛とした空気が、揺らいだ気がして。
皿に落としていた視線を上げると、呆然としたイルヴァリエが目にとまった。
「何だよ、そんな顔するようなことじゃないと思うぞ」
「あ、いや。まさか、逆鱗のハルトに労われるなどと……」
「あ、そこですか」
俺はあきらめて、朝食に専念することにした。
本日分……ちょっと過ぎたけど更新です。
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