温泉は好きですか。④
はー。
お湯にゆったりと浸かって、身体を伸ばす。
目の上に、入る前にお湯で濡らして絞ったタオルを乗せて、上を向いたままでいると、凝り固まってた筋肉がほぐれていくような気がする。
せっかくだから露天に入って、暮れていく空が茜色から紺色に塗り変わるのを眺めた。
流れていく雲がうっすらとピンク色に染まって、絵画のようだ。
「あー、気持ちいい」
ぽつんともらすと、隣で同じようにしていたボーザックが応える。
「うんー、あー、気持ちいいーー」
少しそうしてから、ストレッチを始めた。
温まった身体を、先からほぐしていく。
ずっと馬での移動だったんで、結構疲れてたみたいだ。
ところどころが固まってるような感じがする。
そんな時である。
「ひゃーーー、ファルーア、やっぱりきれーーーい!」
ディティアの声が、仕切りになっているのであろう岩壁の向こうから聞こえる。
黒っぽい石を丸く磨き上げたものを重ねて造ってある、趣のある岩壁。
「やめなさいよティア、そんな弾く歳じゃないんだから」
「うっそだーぁ!すべすべじゃないファルーア!」
…………。
「これ、気付いてねぇだろうなぁ」
髭を整え終わって満足そうだったグランが、ため息まじりに露天に入ってくる。
「女性陣は楽しそうだな」
イルヴァリエもやってきた。
……こいつ、肌白いな。
もっと外出ろよってレベルだ。
そう思っても意識は切り替わらなかった。
ぱしゃぱしゃと派手な水音もするし、不可抗力なのにいたたまれない気持ちにたなる。
ボーザックはちょっと困った顔をして、肩まで温泉に浸かった。
「時に、ファルーア」
「?、何かしら」
「それは、どうしたらそんな風になるのかな」
「ぶっ…ちょ、ティア…?」
「だって、やっぱり気になるよー!覚えてる?湖畔の街アデルド。あの時のずぶ濡れのファルーアったら、惜しげも無くぴったぴたにくっついたローブだったよね?」
「え?…あぁ…あまり覚えてないわね」
「絶対ね、あれは目の保養だったよ!」
「それを言うなら目の毒じゃ…」
「違うの!保養なの!もう、私女神様かと思ったんだからー」
テンションが高いのか、ディティアは楽しそうだ。
でも、俺達は顔を見合わせた。
「女神様……?あれ、どう見てもゾンビだったじゃねぇか」
「わかる……ちょー恐かった、ファルーア」
「うん……俺も、服が張り付いて色っぽいってのまでは認めるんだけど、女神は無いなー」
「女性にゾンビだとか貴殿等は失礼だな」
「想像してごらんイルヴァリエ、ファルーアが青を通り越して白っぽくなった顔してて、眼は虚ろ。全身雨でずぶ濡れで、ゆらぁゆらぁって歩くんだよ」
「…………」
「も、もうっ、ティア…!やめなさいってば!くすぐったいわ」
「今日は教えてもらうまで逃がさないんだから」
さらに重なる、じゃれ始めたらしい女性陣の声。
「あはっ、あははっ、もー!悪い子はこうよ!」
「ひゃあーっ!?」
ばしゃばしゃと続くじゃれ合い。
俺達は思い思いに温まってたんだけど……。
「どうしようかーこれ」
「まあ実害はねぇからほっといてもいいんだが」
「でもなんか精神衛生上どうかなと思う」
ボーザックにグランが答え、俺が続けた時。
イルヴァリエが、徐にざばりと立ち上がった。
「ファルーア殿、ディティア殿、どうもこちらは困っているようなので小声にしてはもらえないだろうか?」
空気が、一気に凍り付いたのを感じた。
「ばっ……おま、馬鹿か!?」
グランが立ち上がる。
俺とボーザックも、慌てて露天を飛び出した。
「……?何だ、困っているのではないのか?」
その瞬間、小さな氷の礫がばらばらばらーーーっと降り注いだのが見えた。
「おおおっ!?な、何をっ……おおおおお!?」
「は、恥を知りなさい!?」
「最低っ!」
ファルーアとディティアの絶叫がこだまする。
「な、何故の攻撃だろうか!?……って、おおお!?皆何処に行かれたのだ……!?ちょ、冷たい、ファルーア殿!!冷たいぞ!!」
「馬鹿は凍り付きなさい!グランっ、ボーザック!ハルト!!逃がさないわ!!」
キィーーーンッ
高い音と共に、露天の入口辺りに氷がはじけた。
いやいやいや!
加減してんだろうけど、危ないって!!
「知るかファルーア!温泉壊す気か!?」
「問答無用っ…そこね!?」
びしいっ!
っていうか、音で位置察するとかファルーアやばすぎだろ!
咄嗟にかわしたところで、足が滑る。
「とぉわっ!?」
どばしゃーーーんっ!!
屋内風呂にひっくり返った俺の傍に、氷の礫。
「冷たっ!無理無理!ファルーア!温泉が冷める!」
「熱してあげるわよ!」
「うぉあちっ!?」
「じゃあハルト!頑張って」
ボーザックが小声で言って、そそくさと出て行く。
グランの姿も無い。
「ふざけっ……うわーーー!」
「はははっ、逆鱗のハルトも形無し……おおお!!?」
残されたイルヴァリエに氷の礫。
俺には炎。
ちくしょーグラン!ボーザック!!
後で覚えてろよ……!!
******
「…………」
結局、相当湯冷めするはめに。
ついでに、青痣もたっぷり出来た。
宿の部屋に戻って傷だらけの俺を見たファルーアとディティアは、さすがにやり過ぎたことを悟ったらしい。
「は、ハルト君……お茶……」
「…………」
おずおずと差し出されたお茶も無視。
今回はさすがに腹が立っていた。
「ちょっと……ハルト…」
「…………」
グランもボーザックも『あーあ』って顔。
置いて行かれた俺の身にもなってくれよと思うけど、2人はそっとしておいてくれるからまだいい。
イルヴァリエは冷え切ってしまって寝込んでいる。
ひとりすまし顔のフェンは、こういう時だけ俺の横に寝そべっていた。
あざとい。
「は、ハルト君……」
懲りずに話し掛けてくるディティア。
「そっとしておいてあげなよティア」
珍しくボーザックが釘を刺す。
「あ……」
ディティアが傍を離れる。
ファルーアはため息をつくと、彼女を連れて出て行った。
「ハルト」
「……わかってるよグラン。落ち着くまでだから」
「ああ。とりあえず身体温めておけよ」
温泉は好きだけど、こんな目に遭うのは不本意だ。
俺はため息をついて、立ち上がった。
馬に乗っているのとは違う、青痣の痛みに、余計に腹が立った。
「ちょっと寝る」
布団にもぐると、冷えた身体が少し温かくなった。
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