英雄がいるので。④
翌日。
筋肉痛に呻くイルヴァリエを引き摺るようにして愛馬に乗せ、収穫場の街、ニルスを後にした。
出発の前には市場が機能してたんで、生でもかじれるらしい人参を馬達のおやつに買う。
「くおぉ……」
「今日も天気良さそうだな」
グランが空を見上げて、言った。
「つうぅ……」
「そうね、快適でいいわ」
ディティアの後ろに横向きに乗ったファルーアが同意する。
「くふぅ……」
「ねぇイルヴァリエ…その、呻くの何とかならないのー?」
堪らず、ボーザックが声を上げた。
イルヴァリエは愛馬の手綱を握りながら、ゆるゆると首を振った。
「私の筋肉が未熟なばかりに……つぉぉ……これは、厳しい。ボーザック殿」
簡単に言うと、筋肉痛なところに乗馬してるんで、振動が伝わって痛いらしい。
ファルーアを乗せた馬を御するディティアは終始眼を逸らしている。
まあ、確かに昨日ボコボコにされてたからなあ……。
「すまない……お前のせいではないんだ、ルヴァルステンバリーン」
愛馬を撫でるイルヴァリエに漂う哀愁。
馬を先導しているフェンが、スピードを落としてちょっと振り返った。
「いいよフェン、今日は結構進む予定だから」
大丈夫と言うと、彼女は尻尾をくるりと回して、またスピードを戻した。
「くおぉぉ、これも、修行!!」
奮い立ったイルヴァリエは、背筋を伸ばして気合を入れるのだった。
******
「そういえば、イルヴァリエはシュヴァリエを補佐するの?」
ふと思い付いたのか、ディティアがイルヴァリエに聞く。
馬達はスピードを落とすことなく、順調に道を進んでくれている。
周りを一面に覆う畑には色々な野菜と、農家の人たちがちらほら。
長閑な一日になりそうだ。
「……いや、私では補佐役などという重要な場所には恐らくつけないので、とりあえず騎士であるだけしか考えてはない」
そっかあ、と返して、ディティアは首を傾げた。
「イルヴァリエにとって、シュヴァリエはどんなお兄ちゃんなの?」
「それはとても語り尽くせない……」
「あ、あはは……じゃあ何かエピソードを聞かせて」
「もちろんだ!」
特に話すことも無かったし。
俺達は、その昔話を聞くことにした。
イルヴァリエがまだ幼い頃。
……当然シュヴァリエも幼いわけだが、まだ幼い頃から厳しく騎士団長になるための教育を受けていたシュヴァリエは、めきめきと頭角を現していった。
(イルヴァリエ視点の話である)
そんな兄に劣等感を感じる……ことは無く、イルヴァリエはただただブラコンだったみたいだ。
「兄上は幼い頃から美しい顔立ちでな」
(イルヴァリエ視点の話である)
「それはもう皆から愛されていた」
(イルヴァリエ視点の話である)
うっとりと恍惚の表情をするイルヴァリエ。
こいつら兄弟、イケメンだとは思うけど本当に残念だな。
まあ、そんな当時のこと。
ある日イルヴァリエは、冒険者である父と共に、討伐依頼に向かった。
10歳にも満たなかったらしいけど…何の知識も無い子供を連れて行くなんて腕に自信が有ったのかなんなのか。
当然、シュヴァリエも一緒だったわけだけど、ここで問題が起きた。
討伐対象が異常繁殖していたらしい。
「王都から程近い森の泉だ。メルゴフロッグ達が溢れんばかりでな。私は気持ち悪くて剣すら振るえなかった」
メルゴフロッグ。
大きなカエルを意味する名の魔物は、その名の通り大型のカエル型をしている。
俺達白薔薇も討伐依頼を受けたことがあるし、結構メジャーな魔物だ。
擬態能力があって、繁殖する場所によって体色は様々。
この時は湖の横で草花が多く、緑色だった、とイルヴァリエが語った。
その中でも、シュヴァリエは父と共に戦っていたらしい。
「そういえば、イルヴァリエ。お前いくつなんだ?」
グランが髭を擦ると、イルヴァリエは言った。
「兄上の三つ下だから、23になるな」
シュヴァリエの歳を基準とするその答え方もどうかと思うけどなぁ……。
「ってことはシュヴァリエは俺達より1個上なんだね」
ボーザックがふぅんと頷く。
つまり、その討伐依頼の時、シュヴァリエはまだ養成学校に入学すらしてないはずだ。
「その時。メルゴフロッグは私にターゲットを変えた」
恰好の餌食。
がばりと口を開け、メルゴフロッグの舌が伸びてきた。
「ぼさっとするな!イルヴァリエ!」
それを、シュヴァリエが庇う。
足を舌に絡みつかれ、まだ子供のシュヴァリエは踏ん張ることが出来ずに引き倒される。
「兄上ッ」
シュヴァリエがメルゴフロッグの口に収まるのを止めようとしがみついた時、シュヴァリエが怒鳴った。
「離せイルヴァリエ!」
「イヤですッ」
「いいからっ」
振りほどかれた腕が、空を掴む。
シュヴァリエはそのまま引きずられ、メルゴフロッグの口に吸い込まれた。
「兄上ーーっ」
……すると。
ずっ、ぶしゅうっ
「……あ」
腹の内側から、剣が突き出してきて。
シュヴァリエが姿を現した。
「……ふう。汚いな」
唾液を払い、次のメルゴフロッグへと向かうシュヴァリエ。
イルヴァリエはその時、自分も強くなることを決めたらしい。
その時のシュヴァリエは神々しかった、と。
イルヴァリエは結んだ。
そして。
「目の前に英雄がいる。そのなんと素晴らしきことか」
と、自慢気に胸を張った。
「英雄ね…」
思わず呟く。
言動、行動を抜けば、その容姿は英雄に相応しいかもしれない。
まあ、俺は絶対認めないけどな。
ディティアを見て思う。
彼女も、英雄視されるほどの知名度を持っているはずで。
これから俺達白薔薇も、そうならないといけなくて。
「まだまだ遠いな」
思わず話し掛けたら、ディティアは首を傾げてから、笑った。
「…きっとすぐそこ、遠くないよ、ハルト君」
意味はわかってなかったかもしれないけど、それでも。
その言葉は、俺の胸を熱くしたのである。
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