英雄がいるので。③
「いくよーイルヴァリエ!」
「お願いする、不屈のボーザック殿」
2人の戦いは、静寂から始まった。
野次馬達も息を呑む程の集中を、2人は見せている。
そして。
ザッ……!
動いたのはボーザック。
夜に浮かぶ白い大剣が、羽のように振り切られる。
かわしたイルヴァリエの一撃、それを避けたボーザックの剣を、さらにイルヴァリエが受けた。
ガイィィンッ
大振りだった剣の側面を撫でるように、直ぐさまイルヴァリエが詰め寄ろうとする。
ボーザックは剣を戻しながら斜めに滑らせて、イルヴァリエを追う。
結局、お互いが飛び離れて距離をとった。
うおおおーー!!
剣術闘技会の時には及ばないけど、熱気が辺りを包む。
激しいぶつかり合いは見応え充分だった。
一撃が重いにもかかわらず、ボーザックのスピードはイルヴァリエを越えている。
イルヴァリエは冷静に対処しながら、隙を突いて剣戟を繰り出してくるのだ。
誰もが、のめり込むような戦い。
2人の剣がぶつかり、離れてはまた斬り結ぶ。
「すごいな…」
思わず感嘆の声がこぼれた。
「ボーザック、強くなったね」
ディティアも試合をしっかりと見ていて、頷いてくれる。
俺達、やっぱり成長してるんだなぁ、とか、ちょっと感慨深い。
「お、イルヴァリエが何かするぞ」
グランが次の酒を頼みながら声を上げた。
煌々と照らされた広場の中央付近、イルヴァリエが切っ先をボーザックに向けて構える。
ボーザックが、笑みをこぼした。
やばい、格好良いぞボーザック!
突き。
剣術闘技会での因縁の一撃。
イルヴァリエはそれを、きっと正々堂々と繰り出すつもりだ。
その心意気は、正直気に入った。
「参る」
「いつでも!」
イルヴァリエが地面を蹴る。
切っ先は一瞬でボーザックに迫り、大剣の腹がそれを受け止めた。
キィーーーン!!
高い音が響き渡る。
突きを弾いたボーザック、弾かせたイルヴァリエ。
2人はすぐに次の行動に移っていた。
大剣が唸り、ロングソードが光る。
ガッ
ギィンッ
打ち合いになった2人が繰り広げる戦いに、市場の熱気は最高潮。
賭けた相手を応援し、客の酒が進む。
そして。
「おおおっ」
「たあぁーっ」
ガッ……キィーーーン!
お互いが持てる力で繰り出した一撃が、勝敗を決した。
ガッ……
地面に突き刺さった剣。
「……参った」
ふう、と息をついて体勢を戻したのは、イルヴァリエ。
突き刺さったロングソードを一瞥して、彼は肩を落とした。
「悔しいが……やはり私はボーザック殿に届いてなかった」
そんなイルヴァリエに、ボーザックは大剣の切っ先を地面に降ろして、笑った。
「何言ってんの?まだ一勝一敗、引き分けじゃん!」
「ちきしょう、あいつ格好良いな」
グランが悪態をつく。
俺も同意して、思わず笑みをこぼしてしまった。
拍手喝采の中、目を見開いたイルヴァリエは、差し出されたボーザックの手を握り返した。
「……そうか。…これもまた、己の未熟さなのだろうな。また、お相手願えるだろうか」
「もちろん!」
「勝者!不屈のボーーーザックーー!!」
ルゥナのアナウンスのタイミングが、ばっちりと市場の雰囲気を後押しした。
わああーーー!
思わぬ感動の瞬間に、会場が沸き立つ。
そこに。
シャアン。
澄んだ音が鳴り響いた。
「え?」
思わず振り返ると、そこに。
「ふふふー」
にこにこと上機嫌に笑う、疾風の姿。
その両手には、何故か……双剣。
彼女はひょいひょいと軽い足取りで、広場に乗り込んだ。
「イルヴァリエ」
「…?何だろうか、疾風のディティア殿」
その名に、市場がざわついたのが分かる。
さすがだなあ。
「まだやれるよね?」
「はっ?」
「ふふふー、10本ね」
「…え?」
「はーい構えてー」
うわあ…。
「ハルト、ティア連れ帰ってきなさいよ」
「ファルーア…それ俺に出来ると思う?」
「あーあ、何かスイッチ入っちゃったねー」
「あらボーザック、もういいの?」
「うん!満足!」
俺達はルゥナが配当金を配るのを待ちながら、イルヴァリエとディティアを傍観することにする。
「ちょっ、いや、ディティア殿!せめて少し休憩しないか?」
「そんなんじゃ強くなれないよー?ふふふっ、楽しそうなんだもんー!」
「お、おおい!逆鱗のハルト-!」
振り返るイルヴァリエに、俺は手を振った。
「ディティアーーがんばれー」
「うん!ハルト君任せて-!」
「お、おいーーー!」
市場は、賭けが終わりその余韻が残っている中で、次の余興に盛り上がっていた。
******
「…では」
イルヴァリエが剣を引き抜き、構えるのを待ったディティアが、ふうーーー、と息を吐いた。
すっ…
その眼が、ぎらりと光を帯びる。
「行きます、イルヴァリエ」
「は、はっ!」
ひゅんっ……
「………く、おぉ…」
イルヴァリエの頬を冷や汗が伝う。
ディティアの双剣が、吸い寄せられるようにその喉元にぴったりと寄せられていた。
速い…。
「はい、1本」
「……っ!!」
ディティアは一度距離を取って、にっこり笑った。
「あと9本ね」
やられたから、わかる。
本当に、身体が動かなくなる程にボコボコにされるぞ、イルヴァリエ。
……。
…………。
ギィンッ
「はっ」
「く、……ぐぁっ」
どしゃっ!
地面に転げるイルヴァリエ。
ディティアはくるくると舞い踊るように、あっという間にイルヴァリエから10本取ってしまった。
「はーっ、はぁーっ、ふうーー」
息も絶え絶えなイルヴァリエは転がったまま、大きく胸を上下させる。
対するディティアは剣を収めると、笑いかけた。
「最後良かったね!」
「はぁっ、はーっ、ふ、……ば、化け物か……」
「……なっ、ば、化け物!?」
ぶはっ
ボーザックが噴き出して笑い出す。
俺もファルーアもグランも、思わず2人から顔を逸らした。
「……イルヴァリエ…」
「……はあっ、はあ……な、何だろうか……ディティア殿」
「貴方は私の逆鱗に触れました。さあ、立って?」
「ゆ、許すまじ!逆鱗のハルトォォーー!!」
何故かとばっちりを受けた俺は、ディティアを徹底的に応援することに決めたのだった。
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