決別を選ぶのは③
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ラナンクロスト王都は山ひとつを丸々町に仕立て上げた都市だ。
山のてっぺんに王が住まう美しい城。そこから下に向かって貴族街、商人街、一般国民街が連なっている。
家の壁は基本的に白で統一されており、屋根はラナンクロストの特徴ともいえる蒼。
――騎士団のマントにも使われる色だから、この国の住人はそれなりに見慣れているだろう。
そのなかでギルドは貴族街と商人街の間にあり、建物は原則から外れた赤茶色のレンガ造りだ。
移動には五連トロッコを使用するのが一般的だけど、当然と言うべきかいまは動いていない。
……まあ俺たちは飛んでるから関係ないんだけどな。
とにかく。
ギルドの屋根に降り立った俺たちはすぐに辺りを見渡した。
俺たちを指差して転げるように遠ざかっていくひとや、荷車を引く商人らしき人影――不安と困惑の入り混じった声。
「混乱してるね。俺たち見て逃げるひともいる……」
そう呟くボーザックは既に背中の大剣の柄をしっかり握り、いつでも構えられる状態だ。
「うん。無理もないよ。空に黒い龍があんなにいるんだもん……でも町の被害は思ったより少ないみたい……というより建物には被害が出ていないようにも……?」
ディティアは双剣を手にぐるりと視線を奔らせる。
彼女の表情は困惑に満ち、眉はぎゅっと寄せられていたけど……そうなんだよな。町はどういうわけか静かで倒壊した建物や火災は見当たらない。
つまり、なんていうかこう……混乱は感じ取れるのに戦闘が起きているわけでもなければ、逃げる群衆でごった返しているって感じでもないっていうか。
――いくら夜明け前とはいえ、こんな状況にも関わらずひとが明らかに少ないんだ。
「龍が襲っているのは城だけなのかもしれねぇが……ひとが少なすぎるのはどういうわけだ? 逃げたってわけでもねぇだろうよ。道中でそれらしい集団は見掛けてねぇはずだ」
同じように思ったであろうグランも渋い顔で顎髭を擦るけど、体の前には左手でしっかりと大盾を翳していた。
すると俺の後ろ側にいたファルーアの呆れ声が耳朶を打つ。
「とりあえずギルドで情報を集めましょう。そのために来たのよ? ほら……中から冒険者が私たちの迎撃に出てきたわ?」
「ははは、どう見ても正気の冒険者たちだな。固まった体をほぐしたかったが残念だ」
「おい、お前ら! ヒコッコどもが集まっても俺たちには勝てないぜ? 諦めるんだな!」
「いやなんで楽しそうなんだよ〈爆風〉と〈爆突〉は……っていうか煽ってどうすんだよ……」
思わず突っ込んだ俺に〈爆風〉は肩を竦め、〈爆突〉はといえば人混みに向けて跳躍したじゃないか!
「いやいやいや、なんで向かってくんだよ!」
「わぁお、ここ屋根だったよね?」
ボーザックがこぼしたが心配しているようには感じない。
まあ〈爆〉だもんなぁ……なんて納得しかけた俺の耳には間髪入れずに悲鳴なのか雄叫びなのかよくわからない音の塊が次々と飛び込んできて――いや、だから! なんで戦ってんだよ!
「あー、わー……」
信じられないという顔をしたボーザックと一緒に身を乗り出して地面を見下ろしたが、目も当てられない状況だったので見なかったことにする。
「ねぇ貴方、同じ〈爆〉でしょう。なんとかしてくれないかしら?」
「うん。〈爆突〉は不安なときほど体を動かしたくなると言っていたな――」
ファルーアの溜息を意にも介さず〈爆風〉は涼しい顔で言ってのけ、手近なバルコニーへと飛び降りた。
「冒険者に怪我をさせることはない。放っておけ。ここから入るぞ〔白薔薇〕」
『がうぅ』
一番最初に彼に続いたのはフェンで、アイザックは眉間を指で揉みながら唸っている。
「あー……大丈夫か? アイザック」
「ん? ああ……大丈夫だ。むしろお前ら、随分と気楽そうだがどんな気分なんだ?」
「あぁ? 気楽だ? はっ! 逆だ、逆! こうでもしてねぇと身動き取れなくなっちまうだろうよ。……なあ?」
グランが苦笑するとディティアが「あはは……」と応える。
それが同意だとわかるから、俺も思わず苦い笑みをこぼした。
「まあ……気楽そうに見えるかもしれないけど当然不安だよ。軽口叩くのはその裏返し。だからこそ城に向かうにしても万全で行かなくちゃな」
「お前らが〔白薔薇〕だってのを再確認させられたぜ……」
アイザックは深々と息を吐き出すと、顔を上げて頷いた。
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