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逆鱗のハルト  作者:
逆鱗のハルトⅢ アイシャ

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決別を選ぶのは①

******


「ふふふっ、んふっ……ふふふ」


 楽しそうに嗤う声の主はテントの中央、冷たい地面に座らされ、顔に布袋を被せられていた。


 何かを()んだような声音から、袋の下に猿轡を嵌められていることは想像に難くない。


 それだけでなく『彼女』はキツく縛られており、身動きも難しいはず。


 この特殊な状況から危険な存在だと想像が出来る。


 簡素な黒いローブから伸びた白い手足には縄が食い込み血が滲んでいるが、彼女は痛みなど微塵も感じていないようだ。


 正気なのかどうか嗤い声から判断するのは難しいだろう。


「ふふふふ、んん、ふふっ」


 嗤い声は尚も続く。


 刻は闇色の(とばり)が降りた夜。


 小さなランプの灯りで薄く照らされたテント内には『それ』のほかにもうひとり、白銀の髪の男性が黙って木箱に座っていた。


 彼の纏う艶消し金の鎧は薄暗い闇夜に在っても煌めいており、彼の存在感を如実に表していた。


「〈閃光のシュヴァリエ〉様、見張りを交代いたします。少し休まれては――」


 そこにテントの外から金属の擦れる音と声が響いた。


 僅かに揺れる垂れ幕を一瞥した男性――〈閃光のシュヴァリエ〉は小さく吐息をこぼす。


「問題ないよ。このまま僕が見張る。君は移動に備え準備を進めてくれたまえ」


「……は。仰せのままに。……ですが、どうかご無理はなされませぬよう」


「……」


 答えずに無言で吐息をこぼせば、思わず自嘲の笑みが浮かぶ。


 そのとき、遠ざかる気配と入れ違うようにして濃くなった気配が迷わず垂れ幕を跳ね上げた。


「ほっほ、心配されておるな。少し甘えてみてはどうじゃ?」


「やあ〈爆炎の〉。随分見くびられたものだよ。まさか君も僕以外に|彼女〈・・〉を見張れると思っているのかい?」


「さてのう……目隠しの布が巻かれ、袋まで被せてある。口も猿轡されておるのじゃろう? 噛むのもひと苦労じゃろうて。触らなければどうということもあるまい? ……まあ、触らなければの話じゃがな……」


〈爆炎のガルフ〉は自慢の鬚を撫でながら意味深に言葉を濁す。


 シュヴァリエは薄く笑みを浮かべたまま、ゆるりと瞳を瞬いた。


「騎士団のなかに『従属』がいるようだからね。まったくもって不愉快だよ。いっそ彼女の首を刎ねてしまえれば楽なのだが」


 もしかしたら薬を作るのに始祖人の血が必要になるかもしれないのだ。


 既に〔白薔薇〕が始祖人をひとり捕らえているようだが、血が必要なのか不要なのか不明である以上愚行は犯せない。


 シュヴァリエはまだクツクツと喉を鳴らしている女性に目を向けた。


 この『始祖人』を捕らえるのに多くの被害が出ている。


 昏睡状態に陥ったものも多く、操られたものはそれ相応の傷を負わせるか昏倒させるかして行動不能にするしかなかった。


 しかし目の前の始祖人はそれを嗤っているのではない――〈閃光のシュヴァリエ〉が感じているのは、なにかもっと別の嘲りだ。


「おそらく草原の町アーヴェルは片付いているだろう。ならばこちらも動かねばならないね。……動ける騎士はどのくらいだい〈迅雷の(・・・)〉」


 言えば自身の後ろ、テントの布越しに影のような気配が揺れる。


「半数は昏睡、残りのさらに半数は負傷しています。バッファーとヒーラーは既に治療に当たっていますが、すぐに動ける騎士は殆どおりません」


「わかった。では君は怪しい動きをする者があればそれを捕らえてくれ。くれぐれも深追いはしないように。操られるようなメンバーは〔グロリアス〕にはいない――わかるね?」


「はい、心得ております〈閃光のシュヴァリエ〉様」


 影――〈迅雷のナーガ〉の気配はその言葉を最後に溶けるように消えていく。


「まったく彼奴(あやつ)は……入ってくればよかろうに。……まあよいか。さて儂は少し休むとするかの」


「ふ、冗談は休み休み言ってほしいね〈爆炎の〉。――君は動けるものを率いて即刻王都に向かってくれるかい」


「……なんじゃと? 即刻?」


「僕は君の乗ってきた怪鳥を借りるよ。彼女を連れて先に王都へ向かう」


「…………ほっ? ……もう一度聞く。なんじゃと?」


〈爆炎のガルフ〉の白く豊かな眉が跳ね上がるのを見て、シュヴァリエは「ふ」と鼻先で笑った。


「どうにも嫌な予感がしていてね。国取りであれば狙われるのは王都だ。それなのに彼女は何故こんな辺境にいるのだろう。情報によれば始祖人は四人。ここにひとり、〔白薔薇〕が捕まえたものがひとり、手負いで逃げたものがひとり――しかし草原の町アーヴェルに始祖人がいるのかは定かではない。既に王都に居る可能性もある」


「ふむ――まあそれも道理じゃの。草原の町アーヴェルが疾っくに陥落していたとすれば十分に考えられる」


「――あの町は成り立ちがほかの町とは違うからね、始祖人の狙いがあってもおかしくはない。けれどそれは『王都陥落の鍵』になる可能性があるだろう。警戒するに越したことはないよ」


「致し方あるまいの。どれ、老骨に鞭打つとしようか。……気をつけるのじゃぞ」


「ふ、僕を誰だと思っているんだい?」


「ラナンクロストの守護神にして次期騎士団長――いや、騎士団長が手負いとあってはいまや騎士団長代理かのう。ま、〈逆鱗の〉からすればただのシュヴァリエ、それ以上でもそれ以下でもなかろう」


「おや、ここで〈逆鱗の〉の名を出すとは君も意地が悪い。〈疾風の〉をみすみす逃がした彼の罪は重いよ。やはり彼女には我が〔グロリアス〕こそ相応しい」


「よく言うのう。それでも信じて任せたのじゃろ? ほっほ」


「さて、ね?」


 言うとシュヴァリエはするりと立ち上がり、いつの間にか嗤うのをやめていた始祖人に歩み寄った。


「さあ。僕とふたり空の旅といこうか。光栄に思うといいよ?」


 しかしその言葉とは裏腹に、その笑みは酷く冷たい。


 彼から滲み出る空気こそ清廉潔白そのものだが、始祖人の体が強張ったのがわかる。


〈爆炎のガルフ〉はそれを確認し自慢の鬚をゆったり撫でながら踵を返した。


「では儂も往くとするかのう」


ずいぶん空いてしまいました。

なんとも慌ただしい毎日を過ごしております。

ちまちま更新するしかないのですが、引き続きよろしくお願いいたします!

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