進退を決するは②
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「そういえばシエリアたち、どうしてるかな」
バフをかけて見張りをしながら言えば、ディティアは少し考える仕種を見せた。
「王子様たち、騎士団の依頼で各国に伝言を運んでいるんだったよね」
「そうそう。正直、色々ありすぎて考える暇もなかったからなぁ」
「それは……面目ないというか、その、ごめんなさい……」
ディティアが首を竦めたので、俺は濃茶の髪がサラリと揺れるのを見ながら思わず苦笑した。
「ディティアのせいじゃないよ。元凶は始祖人だろ」
「うん……だけど私も軽率だったから。ボーザックから聞いたけど皆は海都オルドーアで始祖人と戦って、私もそこで『浄化』してもらったんだよね?」
「そう。ちょっと乱暴に押さえ付けちゃったけどな」
あのときは涙も痛みも堪えてみせると自分を奮い立たせたんだった。
俺がふふと笑うと、ディティアは眉をハの字にして唇を引き結ぶ。
「実は戻してくれたときのこと、ぼんやり覚えてる気がするんだ。すぐ気絶しちゃったみたいだけど」
「ああ、認識してくれてる感じはあったかも」
「……うん。あのねハルト君、連れ戻してくれて本当にありがとう。ちゃんと言えてなかったよね。それに最初、私の忠告を聞いて踏み止まってくれたでしょう? 完全に操られる直前だったけどすごくホッとしたの」
ディティアはゆっくりあたりを見回して警戒を続けながら訥々と言葉を紡ぐ。
「誰かに攻撃することを躊躇わない感覚があった。だから私から離れていてほしくて。こう……こっちに来いって呼ばれるのと同時に、邪魔なものは排除しろって言われて逆らえないような……」
「ホッとしたならよかった……のかな? うーん、俺は自分が不甲斐なくて情けなくてたまらなかったけどな。ディティアが噛まれたときに捕まえられていたらって何度も思ったよ。――遅くなってごめんな。それに俺たちディティアを連れ戻すから一緒に冒険させてくれってお願いした――ん?」
そういえばボーザックのやつ、ディティアの両親と会ったことは話してるのか?
「……? お願い?」
きょとんとした顔こっちを見た彼女に、俺は続けた。
「髪の色や眼の色が父親に似てる。目元は母親そっくりで驚いた」
「え? ええと……?」
「ディティアを頼むって言ってたぞ、ご両親が」
「ええッ⁉ 嘘、ハルト君、まさか私の両親と会ったの? いつ⁉」
「ディティアのっていうか……トールが皆の家族を集めてくれててさ。ディティアを追う直前に少しだけ会ったんだ。ボーザックからこの話は聞いてなかったみたいだな」
「聞いてない! でも、そっか。無事だったんだ……ああ、よかった。ねぇハルト君、フルシュネの町で醸造所に行ったでしょ? 実はあそこで父がお酒を造っているはずで――でも聞ける状況になかったし、結局みつけられなかったんだ」
「え? あ……そうだったのか。そういえば果実運搬用に地下通路があることもサラッと説明してたな」
思い当たって言うとディティアはコクンと頷いた。
「父から聞いていたし、醸造所にも何度かお邪魔したことがあるんだ。……無事だってわかって安心した。ありがとう教えてくれて」
「ん? あ、おう」
実はお前の両親は既にギルド員になってるぞーなんて言ったら驚くかもしれないけど、隠してるのかもしれないし黙っておこう。
とはいえ無事に連れ戻したって報告もまだできていないはず。
もしかしたら、しばらくその機会はないかもしれない。
「心配してるはずだから、早く報告しないとな」
それでも口にすればディティアは小さく微笑んだ。
「うん。泣かれちゃうかもだから、そのときは一緒にお願いしますハルト君!」
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それから間もなくして、俺たちは回復した怪鳥に乗り王都へと発った。
羽虫を作った始祖人と思われる『クトラフ』と操られている人々を捜しながらである。
「ほかの国の情報も気になるよなあ。なあ〈逆鱗〉?」
隣でぼやいているのは何故かボーザックではなく〈爆突のラウンダ〉だったりするんだけど……俺になにか用でもあるのか? このひと……。
「ラナンクロストを陥落したらほかの国も攻めるだろうし、冒険者たちが適切に動いていりゃいいが。なあなあ〈逆鱗〉、お前はどう思う?」
「――次期王国騎士団長様が言ってた精鋭部隊が各国でも動いてるはずだから、そのへんは警戒してるんじゃないかな。王たちにも協力を仰いでいるし」
放っておいたらずっと話していそうなので応えると、彼は上半身を背嚢から突き出したまま肩を竦めてみせた。
「精鋭部隊ってのがどれ程か、だけどな。……俺たち〈爆〉もいい歳だし、老体に鞭打つのはラナンクロストで終いにしたいぜ」
「老体に見えない……」
彼は〈爆風〉より年上のはずだけど、動きは凄まじかった。
〈爆風〉の年齢すら正直よくわからないのに……この話し方も相まって〈爆突〉は彼と同等か若く見える。
「あんたみたいなひとがいたから〈爆風〉は冒険を楽しめたんだろうな」
思わず言うと彼はニッと笑った。
「そりゃそうだぜ、冒険は楽しんだもん勝ちだぞ〈逆鱗〉」
旅はいいぞ、と笑った〈爆風〉を思い出し俺は苦笑を返す。
あまり芳しくない状況だけど、このひとは諦めていない。
だからこうやって……俺も進もうと思えるのかも。
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