進退を決するは①
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「〈爆突〉、フェン! 交代するから飯にしてくれ。そんですぐ発つことになりそうだから準備も頼む」
俺が言うと、広場の真ん中に座っていたひとりと一匹が軽やかに立ち上がる。
「こっちは静かなもんだぜ。羽虫は大丈夫そうか?」
「うん。石板から離れすぎると餓死するよう作られてるって」
「はぁん、なるほどな。まだ人間には応用されてないんだろ?」
「え? あ、うん。そこは大丈夫みたいだ」
「なら始祖人を叩くだけだな。よぉっし、食って働くとするか!」
『がう』
すぐに察したらしい〈爆突のラウンダ〉はフェンと目配せして颯爽と歩き出す。
細かい説明がなくても理解できるっていうのは彼が聡いからだろう。
そういうところも相まって伝説の〈爆〉なんだな、きっと。
考えながら〈爆突〉と擦れ違った――その瞬間。
彼の全身から殺気が膨れ上がり、その腕に携えられた槍が暗くなった空間を斬り裂く。
その目標は――俺。
「……ッ!」
反応できたのは〈爆風〉に鍛えられたからだ。
上半身を反らすことで切っ先から逃れていた俺に〈爆突〉がニヤリと笑ってみせる。
さらに俺の後ろにいたはずのディティアは双剣を抜き放ち、俺を庇おうと一歩踏み出していた。
「な、なん……ッ」
なんだよと言いかけた言葉は言葉にならず。
心臓が大きく跳ね上がり、呼吸が浅く速くなっている。
「はっは! いい反応だぜ〈逆鱗〉! 〈疾風〉はさすがあいつの〈風〉を継いでるだけある。よく動けたなあ?」
俺が避けなかったら本当に首を斬られてたんじゃ……と思いきや、彼の槍はちゃんと手前で止められていた。
まあ寸止めせず斬り込まれていたとしてもディティアの剣が弾いていたはずで、俺が傷付くことはなかっただろう。
とはいえ背筋に冷たい水を流されたと感じるほどに〈爆突〉の放った殺気が強かった。
動揺は隠しようがない。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか……〈爆突〉は笑みを消してスッと瞳を細めた。
「なあ〈逆鱗〉。この前の始祖人は斬らないでやったけどな、危険だと思ったら次は躊躇わないぜ。わかってるよな?」
「…………」
なるほど、これは警告か。
俺に殺気をぶつけることで実力差を感じさせ、問答無用で実行に移すと宣言しているのだ。
俺は姿勢を正して真っ向から〈爆突〉を見据える。
ディティアはなにか言いたそうにしていたが、そっと剣を収めて俺の隣に立ってくれた。
目の前にいるのは仮にも伝説の冒険者だ。
でも、いまは退けない。退いたら駄目なんだ。そう思う。
だってそうだろ? 〈爆風〉のときだってそうしたんだから。
俺たち〔白薔薇〕ならどうするか。それをちゃんと伝えないと――きっと認めてもらえない。
「それでも俺たち〔白薔薇〕は止める。絶対だ」
「……そうか。ならやってみろ」
返された静かな言葉は俺の胸の奥、ずんと重く響く。
落ち着いて見えるのに、この苦しそうな……痛みを堪えるような声音は……どうしてなんだろう?
考えて――気付いたんだ。
「そっか。〈爆突〉は〈爆辣のアイナ〉さんのことを引き摺ってるんだな」
思わず口にすると〈爆突〉は瞳を瞬いてから眉間に深々と皺を寄せた。
「ん、んん? なんだ急に?」
「〈爆風のガイルディア〉より……あんたのほうがずっと痛そうだからさ」
「…………痛そう?」
「うん。考えてみたら当たり前だよな。パーティーを纏めてたのは〈爆突〉なんだから。それで〈爆辣のアイナ〉さんが命を落とした。責任を感じないはずがないし」
「……いや、まあ……責任は感じちゃいるが……」
「だろ? 〈爆風〉はとっくに前を向いてるぞ、あんたも前向いたらどう? だから俺たちは俺たちのやりたいようにやる。ここで曲げたりしないからな」
「……は?」
〈爆突〉はポカンと口を開けると、白髪交じりの髪をガシガシ掻いて笑った。
「はっは! 前ね。これは一本取られたぜ。悪かったな、お前の……お前たちの理想を捻じ曲げたいわけじゃないんだ。俺がやることも変わらないし、覚悟はしてもらおうと思っただけで」
「〈爆風〉も最初似たような反応だったよ。むしろ甘すぎるってボコボコにされたし……」
「おお、そうなのか?」
思い出したら震えるな、あのとき一撃も入れられなかったし。
「でもいまは〈爆風〉も認めてくれてるって……俺は信じてるよ。きっとあんたも認めてくれる。そうだろ? だからまずは俺たちを手伝ってくれよ」
言うと〈爆突〉は観念したように両手を挙げた。
「手伝えって? 俺に? 言ってくれるぜ……」
『がうぅ』
そこでおとなしくしていたフェンが鳴く。
呆れて『諦めろ』とでも言っていそうな気がするけど、そうそう、そのとおりだ。それが俺なんだし!
「ま、頼まれりゃ応えてやりたくもなるが……確約はできないぜ? それじゃ飯だ飯! 見張りは任せたぞ」
「おう。……〈爆突〉!」
「ん?」
「ありがとな!」
「……」
〈爆突〉は背中を向けたままヒュッと槍の穂先を振って歩いていく。
その口元はきっと笑っていると――俺は確信した。
すると黙ってくれていたディティアがふふっと笑う。
「ハルト君、格好よかったね!」
「……え? そうか?」
「うん。伝説の〈爆〉相手に全然退かなくてびっくりしちゃった」
「ははっ、その〈爆〉相手に双剣抜いたディティアのほうが格好よかったけど?」
「うっ……! あれは、その、ハルト君を……えぇと、傷付けられたら嫌だから……その」
「うんうん。わかってる。……ありがとな」
「……わあッ」
その髪をそっとひと撫ですれば、頬がみるみる紅潮する。
俺は胸のなかが温かくなるのを感じて、思わず頬を緩めた。
目覚めてくれたことが嬉しい。
自分の不甲斐なさは――いまだけは棚に上げよう。
「よし、じゃあ見張り頑張るか!」
言えば、ディティアはううーっと唸ってからキッと眉を寄せた。
「もう! ハルト君はこれだから……! 頑張りますッ!」
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