実験が示すのは②
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「いいか〈逆鱗〉。俺が扉を開けたらお前は噛まれないよう気を付けろ」
「…………」
噛まれな……えっ? いや、どうやってだよ。
突っ込みたいのは山々だけど、言ったところでほかに案が出るわけでもないだろうけど。
俺は溜息をこぼして力なく頷いてみせる。
まあ、あの羽虫なら町中で何匹か見たしな。
振り払うだけで大丈夫――のはずだ。いまは数が多すぎるだけで。
ああ、ここにファルーアが居てくれたらなぁ……消し炭にしてくれただろうに。
「俺はあいつらを貫いて仕留める。そのあいだ、お前は周りを警戒してろ」
そこで警戒という単語が耳朶を打ったので、よくわからず一瞬呆気にとられた俺はすぐに「ああ、そうか」と口にした。
虫だけとは限らない。どこかに始祖人がいる可能性もあるからだ。
『統べる者』なのか『従ずる者』なのかはわからないけど、時間を掛けて準備していたのなら研究施設に入り込んでいたかもしれないし。
考えるだけでゾッとするな。
扉の向こうからはブンブン羽音が聞こえているけど、いまのところ羽虫のほかに気配は感じられない。
俺は〈爆突〉に向き直って彼の『五感アップ』を消し、『速度アップ』と『反応速度アップ』、『精神安定』と『浄化』をかけて四重にした。
自分には『五感アップ』『魔力感知』『精神安定』で三重だ。
「いいぞ〈爆突〉」
「おぉっし! 行くぜ!」
そこからはもう、言葉にするのが難しい。
というか……ただただ圧倒された。
開け放った扉から影が膨らむように侵入してくる黒っぽい羽虫たちを〈爆突のラウンダ〉が突いては斬り捨て突いては斬り捨て……。
速い。恐ろしく速い。
速さだけなら〈爆風のガイルディア〉が勝っているんだけど、なんていうのか。
体捌きが〈爆風〉よりもキビキビしていて、突き出した槍がブォンと鈍い音を立てるのがわかる。
大きく位置を変えることがないのは虫を引き寄せるためだろう。
俺はどうかといえば、必死で双剣をぶん回し一所に留まらず動き続けながら羽虫を振り払っていた。
警戒もしたいし〈爆突〉の戦いっぷりも見たいけど、案の定余裕なんてないわけで。
頭をぐわんぐわんさせる羽音がずっと鳴り響いてるし、本当にそれどころじゃないんだよ、くそ。
「ハッ! そら、まだまだァ!」
〈爆突〉は弾んだ声に合わせて槍を回転させ、足をダンッと踏み鳴らす。
結局、彼が噛まれているのかどうか俺にはさっぱりわからない。
……やがて、俺たちの足下には斬られたり貫かれたり踏み潰された黒い羽虫が堆く積もっていた。
もう羽音もない。
〈爆突〉はフウゥーと息を吐き出し、槍を引き戻してから双眸を見開く。
「……しまったッ!」
「⁉ どうしたんだ〈爆突〉」
「噛まれるのを忘れちまった!」
「……は?」
「実験つったのに悪いな〈逆鱗〉。つい楽しく……いや、夢中……じゃなくてだな……そう、集中してたぜ!」
「ああ……そう……」
まったく理由になってないけどな。
始祖人らしき気配は結局感じられなかったし、いまも感じない。既にいないと考えるべきだろうか。
考えてみたら人形みたいな容姿の始祖人『シェイディ』は〈爆突〉と〈爆呪〉、そして〈疾風のディティア〉をも操ってみせた。
俺たちにとってかなりの脅威だったんだよな――商人に扮していた『セウォル』といい始祖人ってのは本当に厄介だ。
俺は考えながら足下の虫を見る。
羽虫を使うっていうのも畜産業を営む町なら効果が高い。
実際、外では違和感すらなかっ…………あれ?
俺は思わずぶるりと身震いした。
「……まずいぞ〈爆突〉」
「ん、どうした?」
「この羽虫、外にもいたんだ。全部駆除なんてできるか?」
「そりゃまずい。さすがにそこまでの時間は取れないぜ? やられたな。とりあえず戻って策を練るべきか」
「うん……一応数匹持ってく。もしかしたらなにかわかるかも」
「おう頼んだ。にしても、ご丁寧に施設内の魔物は排除されてんだな。緊急事態への備えはあったってことだ」
「……そっか、気配がないんだもんな……」
さっさと歩き出す〈爆突〉を横目に、俺はそのへんにあった袋へと羽虫を数匹入れて口を結んだ。
いや……触りたくはないんだけど仕方ないしな。
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「早かったじゃないか」
戻った俺たちに言ったのは〈爆風〉だった。
彼はどこか面白がるようにこっちを見ている。
さっと見回したけどディティアもボーザックもフェンもまだ来ていないようだ。
虫を見せることを思えばよかった……かもしれない。
「どうだったのハルト」
ファルーアに聞かれて、俺は手にしていた袋を〈爆風〉に放った。
「羽虫の塊っていうか、群れっていうか。そいつらが始祖人の血を媒介していたんだと思う。〈爆突〉がひとりで全部やったんどけどさ」
「虫……? 行かなくてよかったわ……あら、失言ね」
ファルーアは溢したあとで眉を顰めた俺に向かって妖艶な笑みをみせる。
するとグランが顎髭を擦った。
「ああ、だから町が綺麗だったんだな? 羽虫を使うってのは……魔物を改良でもしたんだろうよ」
俺が頷きを返すと、袋の中身を検めた〈爆風〉が言った。
「ふむ、町中でも見かけたな。これは魔物の掛け合わせで間違いないぞ。駆除が必要ということか」
「えっ、魔物の掛け合わせってわかるのか?」
思わず言うと〈爆風〉は羽虫を一匹摘まみ上げ、反対の手で指差した。
「羽根と顎、腹に違う魔物の特徴がある。獲物に毒を注入する魔物が数種類混ざっているようだ。……そいつらは煮ても焼いても食えん」
「食えんって貴方……いえ、なんでもないわ」
心底嫌な顔でファルーアが視線を逸らすけれど、聞いていたアイザックが被せる。
「おいおい、そこらの羽虫を駆除なんてしている暇ないぞ⁉」
「……ふむ。研究施設になにか手掛かりがあるかもしれん。どうする〈豪傑〉」
「放っておきてぇが羽虫の行動範囲くらいは特定しておかねぇと危険だろうよ」
グランが〈爆風〉に答えるけど……彼の言うとおりだ。
もし羽虫がもっとたくさんいて、この町以外にも飛んでいっていたとしたら。
昏睡するひとも操られるひともずっと増え続けることになるだろう。
「ならもう一度地下だな! で、誰が行く?」
〈爆突〉の言葉に、皆の視線がグランへと集まった。
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