待ち合わせはしてないので。③
次の日、イルヴァリエは凛とした空気を纏いながら、晴れた空を仰いだ。
「では、まずはヴァイス帝国帝都までだな」
ぱか、ぽこ。
「……」
ぱかぽこ、ぱかぽこ。
「って、何でお前、馬なんだよ!……俺達、馬車乗れないじゃん!」
思わず突っ込む。
栗色の艶のある身体をした立派な馬が、フフー、と鼻を鳴らす。
「ルヴァルステンバリーンだ。私の愛馬でな」
「聞いてないよ…まあ、でも立派な馬だな」
褒めると、ルヴァ……何とかは誇らしげにポクポクと蹄を鳴らした。
「そうだろう、そうだろう?」
得意気なイルヴァリエ。
俺はもう諦めて、嬉しそうに見送りまでしてくれたギルド長を思い返した。
『よかった!助かるぞ、よろしく頼む』
何か、すみませんと謝ると、向こうも首を振った。
『あれは天災だからの。お前達も難儀だがこちらでは受け止められん』
はあ。
憂鬱だ。
まあでも、イルヴァリエ自体は悪い奴ではない。
ちょっと、かなり、行き過ぎたブラコンを除けば、それなりに礼儀正しい気はする。
「そうだ、不屈のボーザック殿」
「うん?何?イルヴァリエ」
「休憩にでも、手合わせ願えないだろうか」
「おー!いいよー、やろう!…手首のナイフは無しだからね?」
「そ、それは……申し訳なかった、すまないと思っている」
「いやいや、謝罪はもう受け取ったから!次は使わないでやろうってだけだよー!」
「それと……逆鱗のハルト」
「今思ったけど、お前はどうして俺は呼び捨てなんだろう?」
「兄上から気に入られている以上、私の敵なためだ」
「いや俺、本当に嬉しくないからな?それ」
前言撤回、礼儀はどこに置いてきたんだよこいつ?
「とりあえず。……貴殿にも手合わせ願いたい」
「ん?……え?俺?」
「そうだ。バフも使ってもらって構わない」
「………」
一瞬、迷った。
俺は、そんなに強くない。
バフをかけても、ディティアに程遠い自分を、強いなんて自惚れたりはしない。
だから、イルヴァリエの申し出の意図がわからなかったんだ。
そしたら。
「いいぞ、やってやれハルト」
「はっ?グラン!?」
「私も良いと思うよ、ハルト君」
ディティアまでそんなことを言い出す。
「なら、決まりだ。よろしく頼む」
悪そうな笑みで髭を擦るグランに、俺は肩を竦めた。
「…どうしてくれんだよ」
「どうもこうもない。やってみろハルト」
「うう…」
たぶんだけど。
勝とうと思えば勝てるような気はする。
俺には五感アップバフがあるから、イルヴァリエに攻撃の瞬間にかけてやればかなりのダメージになるはずだ。
あとは、素早いイルヴァリエをどう押さえるかだけ。
自分の速さを上げるか、いっそ肉体硬化で攻撃をあえて受けるか。
いろいろ考えていると、ディティアがぽんと肩を叩いた。
「難しく考えなくてもいいよハルト君。普通に戦ってみたら?」
そのくったくの無い笑顔。
彼女は拳を突き出した。
光るブレスレット。
「大丈夫、ハルト君」
「……わかったよ」
俺はこつんと自分の拳をぶつけて、笑った。
******
歩きだと、帝都までは相当な時間がかかってしまう。
なので。
俺達は馬を借りることにした。
ここ、農業大国のヴァイス帝国では、広大な農場を往き来するのに馬が多用されていたのだ。
1人一頭は高いので、女性陣を2人乗りにしてもらう。
「私が乗せてもいいが?」
と言うイルヴァリエはとりあえずスルーした。
冒険者養成学校で、馬の扱いは一通り学ぶから、全員乗ることが出来るからな。
フェンに馬の先導をしてもらって、俺達は街道に繰り出す。
左右はずーっと畑。
たまに農作業をしている人が見てとれる。
青々とした葉を広げて、作物が日の光を浴びる様は、壮観だ。
それが視界いっぱいに広がっているヴァイス帝国は、他の国とは一線を斯くしている。
「馬も気持ちいいねー」
ボーザックが楽しそうに言うのを、イルヴァリエが拾った。
「同感だ。ルヴァルステンバリーンも嬉しいと言ってる」
「バリーンも気持ちいいんだ、良かったねー」
「バリーンではない、ルヴァルステンバリーンだ」
「うんうん、良かったねバリーン」
「……おい、逆鱗のハルト」
「いや、俺のせいにするなよ」
イルヴァリエをからかっているんじゃなく、ボーザックは素だと思う。
俺は、俺のせいにしようとするイルヴァリエをあしらった。
「ただでさえ、何かと俺のせいにされてるんだからな……」
元凶はわかってる。
あの、爽やかな空気をまとった、あいつだ。
「ふふ、でもハルト君、逆鱗が板についてきたね!」
ファルーアを後ろに乗せたディティアが馬を寄せてくるので、俺は大袈裟に肩を竦めた。
「何だよそれ、褒められてない気がするぞー」
「兄上からの2つ名に何の不満があるのだ逆鱗のハルト」
「イルヴァリエ…頼むから、ややこしくしないでくれ…」
こうして、旅は始まった。
待ち合わせはしていないけど、一時的に戦力も増えたり。
旅は、飽きないものなんだって、そう思う。
……目指すは帝都。
その前に、今日は農産物を集めてガライセンに送る役目を果たす街、ニルスに向かう。
ニルスは、街道沿いにある宿場町だ。
ガライセンからは一日あれば着く距離のため、馬車が何台も往復する街である。
「よし、今から鍛錬だな」
意気込むイルヴァリエに、呆れ半分、尊敬半分の視線を送る。
やるからには負けたくない。
俺は、小さくため息をついて、戦術を練ることに気持ちを切り替えた。
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