たとえば鳥籠のように④
グランがシェイディを担ぎ、俺がディティアを抱き上げて屋上へと移動した。
ちなみにシェイディの体はガッチガチの岩で包まれていて、声も出せず目も見えずの状態になっている。
かなりの重さがありそうだけど――そこはさすがグラン、さすが俺のバフってところだな。
「うまくいったのね、ああ……よかった」
駆け寄ってきたファルーアは真っ先にディティアを確認して心底安堵した顔をする。
ボーザックもディティアを覗き込み、眉尻を下げて泣きそうな笑顔を浮かべた。
「本当によかった……ごめんね、結局俺だけなんにもしてないや」
「なに言ってんだよ、お前はここを守ってくれてただろ。鳥籠がうまくいかなかったりディティアが逃げを選んだとしたら、俺じゃ対応できなかった。お前がいなきゃ俺が動けないってことだからな?」
笑ってみせればボーザックは目を瞬いて頬を掻く。
「へへ……そう言ってくれると少し楽になるよ。なにもできなくて悔しい気持ちもあるけどさ。ありがとうハルト。……それにしてもやっぱ〈爆〉ってすごいね。殺気がここまでビリビリきてた。それに誰よりも早く目覚めたんじゃない? ハルトのバフで治療できる証明にもなったよね」
「ああ。俺も気配を絶たれていることに全然気付かなかった――びびったよ。正直言うとシェイディは彼らのお陰で捕まえられたんだ。完全に戦意を失っていたというか、混乱していたというか……?」
「そうだったんだ。こっちは〈爆炎のガルフ〉が風将軍に乗ってふたりを連れてきたんだけど、ざっと説明聞いただけですぐハルトたちを追いかけていってさー。バフもなしに〈爆呪のヨールディ〉の魔法で下まで降りていったのはびっくりしたよ。〈爆風のガイルディア〉がほっとけって言うから俺たちは作戦決行したってわけー」
俺とボーザックが話し込んでいると、ファルーアがふうと息を吐いて腕を組んだ。
「ハルト、ボーザック。話はあとよ。ティアをこっちに寝かせて頂戴。可哀想に埃だらけだわ。始祖人についてはギルドに対処してもらいましょう」
「ん、ああ」
見れば〈爆〉たちとアイザック、グランが岩塊を囲んでなにやら話している。
ファルーアの言葉に颯爽とフェンがやってきて伏せたので、俺はその体を枕代わりにディティアを横たえた。
目を閉じ規則正しく胸を上下させるディティアの頬、掛かった横髪を指先で払う。
睫毛が頬に落とす影をじっと見詰めてから俺はふと考えた。
そっか。俺……ディティアを捕まえられたんだ。
助けられたんだよな、だからいま、こうして……。
瞬間、ぶわーっとなにかが込み上げてきた。
熱いような、胸がざわつくような、はたまた不安で震えるような。
歓喜のようで恐怖にも似たごちゃごちゃな感情の波。
ディティアが噛まれたと思われる直後、なにもできなかった自分をいまでも不甲斐なく思う。
もっと強くならなくちゃ。ディティアを守れるくらい――。
彼女を抱き上げていた手をゆっくり握り締め、俺は思わず苦い笑みをこぼした。
もう少しのあいだ腕に熱を感じておけばよかったかもな。
******
少し前、建物を鳥籠にすべく魔力を練り始めたファルーアの隣でボーザックは大剣を手に集中し瞼を下ろしていた。
自分がなにもできないことを恥じていたけれど、気落ちしている場合でもない。
〈爆突のラウンダ〉と〈爆呪のヨールディ〉が気配を殺して建物内を疾走し、ハルトたちのすぐそばに留まったのがわかる。
ファルーアはいつも岩を突き出す要領で地面を変形させ、建物を覆う手筈だ。
それにはかなりの魔力を練り上げて形にする必要があり、しかも精密な操作をしなければならないらしい。
――それを邪魔させないこと。それがいまの俺にできることだから。
ボーザックは呼吸を整え、意識を集めて深く深く己の世界に潜り周囲のすべてを投影する。
――こっちが〈爆風のガイルディア〉。大きいのはフェンだ。このモヤモヤしたなにかは魔力で……それを練り上げているのがファルーア。
空に待機するのは〈爆炎のガルフ〉と緑色の怪鳥。
建物の内部にはグラン、ハルト、アイザックと〈爆〉ふたり。
そしてシェイディと思しき謎めいた気配と――三人の気配。
その三人のうちひとりは〈疾風のディティア〉だ。
――空に黒い魔物の気配はない。どこかに隠れているのかもしれないけど、少なくとも近くにはいないみたいだ。
不思議なことに自身の周りが酷く静かに感じる。
気配が本体の姿を形作って視えるような気にさえなった。
「ふむ。始まったか」
〈爆風のガイルディア〉の渋い声が耳に触れ、目を閉じるボーザックの世界にさざ波を立てる。
グランが、ハルトが、アイザックが動き出し、同時にディティアの気配が凄まじい速さで移動していく。
――ほかのふたりも動き出してる。大盾と……弓使い。
その間にハルトが飛び出してディティアと交錯する。
速さでいえば〈疾風〉は抜きん出ていたけれど、それでもハルトが躱して進むのが視えた。
シェイディに近付く彼とそれを追うディティア。
そうこうしているうちにボーザックのすぐそばで魔力が高まり――。
『アオオオォォンッ!』
フェンが嘶いた。
瞬間、ハルトが転じて〈疾風〉を捻じ伏せる。
本当に一瞬の出来事だった。
「覆いなさいッ!」
ファルーアの凜とした言葉に、地面が低く唸り声を上げる。
メキメキと音を立てながら太い岩の蔦が建物を這い、文字通り鳥籠のように絡み合う。
「はあ、はあ……ッ。ボーザック、首尾はどうなの⁉ ティアは!」
額に汗を浮かべたファルーアが煌めく龍眼の結晶が填まった杖を翳しながら言うので、ボーザックは頷いた。
「大丈夫、ハルトが押さえてるよ。〈爆突のラウンダ〉と〈爆呪のヨールディ〉も動き出そうとしてる」
「やったのね――なら私も気張らないと」
ファルーアが続けた言葉に、なにもできないのが恥ずかしく歯痒くてボーザックはただ苦笑を返しただけ。
けれどひとり――〈爆風のガイルディア〉はボーザックをチラと見て小さく笑みを浮かべた。
「まさか〈爆突〉と〈爆呪〉の気配を感じ取れているとは……たいしたものだな。ここでひと皮剥けたようだ」
「……え、なに? 〈爆風のガイルディア〉、なんか言ったー?」
「いや。万が一にも逃がすわけにいかん。大事な任だ、あいつらが戻るまで警戒を続けるとしよう」
「うん、わかってる! 任せてよー!」
返したボーザックは気持ちを切り換え、もう一度集中し始めた。
皆さまこんばんは!
本日もよろしくお願いしますー!




