たとえば鳥籠のように①
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高台の上にある建物は広場の展望台だった。
煉瓦造りの古いもので、登れば町を一望できそうだ。
とはいえ、あちこちガタがきているのか中に入れないようになっている。
俺は『脚力アップ』バフを活かして少し高い位置にある窓から侵入した。
ディティアのためには仕方ない。近くに気配はないし大丈夫だろう。
そうして見下ろした町は綺麗だった。
波の音が聞こえるほど近くに広々とした青い海。
煌めく水面を滑るように飛び交う海鳥たちの唄。
並んだ建物に陽の光が射して眩しい。
落ち着いたらディティアと……皆と見たいと思った。
俺はそこでふう、と息を吐いて気持ちを切り替え、老舗商店を確認する。
――窓と屋上だったな。
高台側から見える範囲に窓はいくつかあるようだ。でも……そうだな。始祖人が移動に使っているらしき黒い魔物が二体ずつ通れるかどうかってくらいだろう。
あとは屋上。階段の最上部らしいでっぱりに扉がひとつ。
当然、鍵くらい掛けてあるかもしれないけど、出られるのは間違いない。
位置からしても店員たちの詰所から直接繋がっている可能性が高い。
俺はそれだけ確認して展望台から身を躍らせた。
よし。急いで戻ろう。
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「『知識付与』……これで窓と屋上の位置取りは伝わっただろ? あとは作戦だな」
戻ると既に〈爆風〉が合流していたので、すぐにバフを広げる。
本当に便利なバフだよな。
皆が頷きを返してくれて、グランが腕を組んだ。
「よし。屋上と屋内、二手に分かれて突入するぞ。目標はディティアとシェイディだ。話にあった大盾と弓使いもいるかもしれねぇ。俺とハルト、ボーザックは中から。〈爆風のガイルディア〉とファルーア、フェンは屋上から頼む。〈祝福〉、中を抜かれる心配はねぇと思うが後方で援護してくれねぇか?」
「おお、任せておけ」
アイザックがドンと胸を叩くのを横目に俺は少し考えた。
気配はちらほら感じるしシェイディ以外も中にいるのは確実だ。
なによりあっちにはディティアがいる。
戦闘になったとして数的優位ではあるけど……屋内でボーザックの大剣やファルーアの魔法がどれだけ使えるだろう。
天井はそれなりに高くても箱の中だ、頭に入れておかないと。
……いや、待てよ? 箱の中……?
「なあグラン……」
俺はそこである思いつきを口にした。
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「よし。いくぞ」
グランの言葉に強く頷いて、右足を踏み出す。
早鐘のように鳴り響く自分の心臓の音が聞こえる。
ともにいるのは俺とグラン、そしてアイザックの三人だけ。
そして目の前にはシェイディがいると思しき部屋の扉。
俺はグランに目配せをして大きく息を吸い、一気に扉を開け放った。
バアンッ!
「シェイディ! いるんだろ? 仲間を返してもらいにきた!」
半身を引いて声を上げた俺の前、グランが大盾を突き出す。
なんの前触れもなく飛んできた矢がガツンと音を立てて跳ね返った。
「はっ、こっちが正面から来てやったってぇのにご挨拶じゃねぇか」
「来るぞ〈豪傑〉ッ!」
グランの言葉を遮るように警告するアイザック。
間髪入れずに飛んできた次の矢を大きく踏み込んで弾き返す白い大盾の影で、俺はさらに口にした。
「お前が怪我をしていることもわかってるし〔ラミア〕のことも調べてあるぞ。おとなしく捕まれば悪いようには――」
刹那。
一陣の風が舞った。
ガキィィンッ!
「……ッ」
グランの大盾を搔い潜り閃いた白銀の双剣。
俺はそれを受け止め、彼女に言った。
「待ってろ、必ず連れ戻す……ッ」
紅い瞳を爛々と光らせたディティアはすぐさま身を翻し、俺たちから距離を取る。
そのあいだにグランがまた一歩踏み込み、俺とアイザックが続く。
「いけるか、ハルト」
「おう。攻撃の方向さえわかれば受けられる」
俺は『反応速度アップ』と『速度アップ』の二重で対応していた。
彼女の気配、その動きを察知できるからこその戦法だし、おそらくほんの数回だけしか効果がないとわかっている。
普段のディティアだったら一撃目で沈められた可能性だってあったはずだ。
そのとき、満ちていた殺気が弛緩して幼い声が響いた。
「貴方たちこそ、おとなしく出ていけば今回だけ見逃してあげるわ。私たちの邪魔ばかりして目障りね」
グランが黙ったまま大盾を下げると、その向こう、部屋の一番奥に赤いドレスを纏った少女が佇んでいた。
髪は金色で、まるで人形のような端正な顔立ち。
ギルド長マローネが言っていたとおりの人物だ。
「私たち……ね。例えばセウォルのことか?」
俺が応えるとシェイディと思しき少女がスッと目を細める。
「アレと戦ったのもお前たちだったの。でも残念ね、貴方たちじゃ私の人形にはなれないわ」
「残念だ? はっ、こっちから願い下げだ。ディティアを返してもらうぞ」
グランが吐き捨てると、少女はフンと鼻を鳴らして左腕をすいっと持ち上げた。
それを合図に壁際に立っていた大男が盾を構え、俺たちに向き直る。
弓使いの女性も下ろしていた弓に再び矢を番えたようだ。
「そんなにお望みならお相手してあげるわ」
どうやら誘いに乗ってくれるらしいな。
俺は双剣を構え、グランの一歩後ろで腰を落とす。
「こっちはせっかく集めた人形を殆ど壊されてイライラしているの。この子は飛び切り可愛いから気に入っているし、今度は壊させない」
「ふん、誰が壊すか! ディティアは俺たちの仲間だ――お前の思うようにはさせないッ!」
思わず歯向かうとシェイディが汚物でも見るような顔をした。
「私の人形にもなれないくせに、よくも言えたものね」
瞬間、シェイディが左腕を振り下ろす。
大盾の男が踏み切り、弓使いから矢が放たれる。
グランは俺たちの前で大盾をドンと構えると間髪入れずに駆け出した。
「遅れんじゃねぇぞハルト、アイザック! おおらあああぁぁぁッ!」
「『肉体強化』『肉体強化』『腕力アップ』『精神安定』ッ!」
グランのバフを書き換え、自分とアイザックを含めて『精神安定』を上書きする。
大盾同士が派手な音を轟かせたと同時、俺はグランの盾を潜って前方に飛び出した。
「おおおおッ!」
俺の前、シェイディとのあいだに当然のように立ちはだかるのは〈疾風のディティア〉だ。
緊張なんてどこかにぶっ飛んでいて。
俺は揺れる濃茶の髪に、紅い瞳に、彼女の握る双剣――その切っ先に全神経を集中させた。
絶対に連れ戻す。俺が、絶対に!
「いくぞディティアッ!」
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