待ち合わせはしてないので。①
「うわぁーおっ、すっごいな!海みたいだね」
ボーザックが船の上ではしゃぐ。
「もう、少し静かにしなさいよ。恥ずかしいわね」
ファルーアがため息をつくが、ボーザックは聞いてない。
「フェン、ちょっと探検しよう」
「がう」
他の人はそんなに多くないから迷惑にはならないだろうけど。
駆け抜けていく嵐みたいな1人と1匹を、俺達は生温く見送った。
「最近、あの2人仲良しだね」
ディティアが笑うから、俺も苦笑を返す。
「確かに」
ボーザックにもかなりの頻度でもふらせるようになった銀狼は、ハイルデン王都を出た辺りからボーザックがお気に入りらしい。
俺には相変わらずもふらせてくれないんだけどなあ。
……船は、そこそこ大きかった。
河なので流れを利用して斜めに横断するそうで、上流と下流にそれぞれ出発用と到着用の桟橋がある。
到着した船は、人工の運河を通って上流に戻るらしい。
良く出来てるよなあ。
今回の船は、ハイルデンとヴァイス帝国の間を月に1回運行する商船とのこと。
荷物が多い代わりに、基本的には人を乗せることが無い船なんだってさ。
乗ってる船乗り達もどことなく強そうだった。
「ハルト君はどうする?」
「ん?」
「探検する?」
「とりあえず、対岸まではそんな無いしのんびりしとくかな」
「そっか」
甲板に申し訳程度のスペースが設けられ、椅子が肩身狭そうに並べられている。
俺達はそこに座って、晴れた空を見上げながらぼーっとした時間をすごした。
「ねえ!ねえ皆!」
そこに、ばたばたと戻ってくるボーザック。
フェンは置いてきたのかな…?
ちょっと眠くなってきてた俺は目を擦った。
「どーしたぁ?」
グランも欠伸してる。
「とりあえず、ちょっと来て。早く」
辺りを窺うボーザックは、どうも冗談で言ってるわけじゃなさそうだ。
俺達は後について、船内に入った。
******
「こりゃあ……どういうことだ?」
目の前に積まれた荷物。
それらは、その前に座るフェンにじっと視線を合わせていた。
「何、これ……」
ディティアが表情を曇らせた。
目の前に積まれたのは、檻。
その中には、見たことも無い魔物が積まれていたのである。
1つの檻に1匹。
それが数十はある。
サイズはまちまちだ。
明らかにおかしかった。
美しい羽を持ち、人に似た容姿をもつフェアリー。
色取り取りの鳥形の魔物。
そして、横たわる、瘦せ細った……フェンリル。
「くぅん……」
鼻先を寄せるフェンに、痩せたフェンリルは小さく鳴いた。
痩せてはいるけど、フェンよりずっと大きい。
知的な眼は、力無く虚空を見ているようにも見える。
「これ…もしかして前に聞いた…」
確か、あれはラナンクロストとノクティアの国境の街、タパのギルド長ササクからだったと思う。
珍しい魔物を狩っている、ならず者の集団がいる。
つまり、この魔物はそいつらの『商品』じゃないだろうか?
すうっと背中が冷えた。
「おおい、あんた達ー、噛まれないように気を付けろよー」
船員から声がかかる。
見ると、後ろのドアの辺りにバンダナを巻いた大柄の男が立っていた。
「おお、船長。いいところに。こいつらは?珍しい魔物に見えるが」
グランが平静を装って答えてくれる。
船長のさも当たり前のような対応が引っ掛かった。
「なんか慣れてそうだけど…よくあるの?」
俺が付け足すと、船長は頷いた。
「そうなんだよ。最近は…つってもここ1年くらいかな、定期的に積んでるんだ。どうも貴族なんかが好きこのんで買うみたいなんだけどよ」
俺にはわからねぇやと笑う船長に、俺達も顔を見合わせた。
「まあ、あんたらはフェンリルも連れてるしな、大丈夫だとは思うが」
気を付けろよ、と。
もう一度だけ言って、船長はいなくなった。
…確かに、こいつらは魔物だ。
人を襲う奴だっている。
そんな時、俺達だって戦うし、命も奪う。
けど、ぐったりと横たわる、艶の無い毛並みのフェンリルを見たら、胸が痛んだ。
「やるせないな」
思わず零れた言葉に、皆が静かに同意する。
何も出来ないことが、ただ虚しかった。
******
「おっと、これが入国証だ。持っとけ」
船が到着し、船長が俺達に小さな札を持たせてくれた。
「無くすなよ、たまに提示を求められるからな」
「わかった、恩に着る」
グランはそれを受け取ると、荷下ろしを始めた船員達を見やった。
「……とりあえず、ギルドに行くぞ」
「うん。……フェン、行こう」
じっと座っていたフェンが、ボーザックの呼びかけにゆっくり立ち上がった。
「何も出来なくてごめんね……」
ディティアがそっと声をかける。
フェンは頭が良い。
だから、きっとわかってる。
それでも、言わずにはいられなかったんだろうな。
……農業大国、ヴァイス帝国。
国境の河岸の街の名はガライセン。
なんと、ガライセンは河を挟んだ1つの街なのだそうだ。
なので、ハイルデンとヴァイス帝国の間で半分ずつを統治しているという、物凄く珍しい事例だった。
ハイルデン側のガライセンと同じく、石造りの建物の軒先に色取り取りの布が張られた露店が並び、賑やかだった。
船を下りた時点で早速入国証の提示があり、俺達はヴァイス帝国に足を踏み入れる。
「ちょっと暗い気持ちにはなるけれど、うじうじしている暇は無いわ!行くわよ!」
ファルーアが俺とボーザックの背中を、竜眼の結晶の杖で殴る。
「いったぁ…」
「折れる、折れるってファルーア!」
でも、気持ちは少し楽になる。
俺は、前を向いた。
「さんきゅーファルーア」
ファルーアの表情はわからなかったけど。
こういう、言いにくいことを指摘してくれる姉御肌なところが、俺達白薔薇には必要なんだと思う。
そんなことを思ってたら。
「ぐおっ…」
グランのうめき声がした。
「リーダーがそんなだからこうなるのよ!シャキッとする!」
「ファルーア、おめぇなあ…そ、そこは殴ったら…ぐうぅ」
……俺とボーザックは冷や汗をかきながら、前だけ見ることにした。
見てはいけない、本能がそう言っていた。
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