ただ休まずは愚行だから④
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「ハルト! 君たちも……ディティアちゃんのことは聞いているよ」
教室の扉を開けると、いの一番に俺の父親が飛び跳ねる勢いで立ち上がった。
ディティアがパーティーに加わったとき、しばらく俺の家を拠点にしていたんで皆とは顔見知りだ。
……そういえば〈爆風〉を置いてきたな、なんてどうでもいいことを考えたとき、母親が肩を竦める。
「あなた、少し落ち着いて。皆さんもいるんだから」
教室にはうちの両親のほかに男性が三人、女性が三人。
「ご無沙汰しておりますわ、お母様」
ファルーアが恭しくお辞儀してみせた先には彼女と同じ金色の髪を高く結い上げた女性がいる。
「父さん元気だったー?」
ボーザックが笑いかけた先には優しい顔立ちの紳士。白髪が多く灰色に見える髪は短く整えてあった。
「グラン、ごめんなさいね。町長邸で気付いていたのだけれど仕事中だと思ったから」
少し困ったような表情をしている女性とその隣の男性、彼らがグランの両親だろう。
アルミラさんのことはまだ知らないのかも……。
俺がちらとグランに視線を送ると、彼は顎髭を擦りながらわかっているとばかりに大きくひとつ頷いてみせた。
そうすると……肩を寄せ合って静かに佇んでいる男女がディティアの両親だ。
女性の髪は背中ほどで、ディティアより明るい髪色。
男性の髪は僅かに目にかかる長さで、ディティアによく似た濃茶色。
どちらも質素だけれど品のある服に身を包んでいた。
目元は母親似、口元は父親似――なのかな。
俺は唇を引き結びながら彼らにディティアの姿を重ねる。
そのときグランが一歩前に出て腰を折った。
「俺――私は〔白薔薇〕のグランです。まずはディティアが連れ去られたことを謝罪させてください。リーダーである私の采配でした。けれど俺たちは必ずあいつを……ディティアを連れ帰ります」
「…………」
俺は無言でそれに倣い頭を下げる。
ほぼ同時にファルーアやボーザックも首を垂れたのが気配でわかった。
「顔を上げて。君たちを責める気はない。あの子は言い出したら聞かないから――飛び出していったのだろう?」
静かに言ったのは濃茶の髪の男性。ディティアの父親だ。
顔を上げると俺たちを見据えるその瞳が目に入った。
ああ、本当によく似たエメラルドグリーンだな――。
彼はどちらかというと気難しそうな顔をしていて、だけど言葉に棘はない。
〈疾風〉として振る舞っているときのディティアを思わせる凜とした雰囲気に、俺はぎゅっと拳を握り締めた。
「私たちは冒険者なんてと反対したんだよ。帰ってきたと思えば酷い顔をしていたし、やはり娘には荷が重かったのだと考えたりもした」
ディティアが家に帰ったのは大規模討伐で〔リンドール〕が壊滅したあと――俺たちと一緒に里帰りをして、パーティーに加わる直前のことだろう。
あのときの彼女はうまく笑えていなかった。それを彼らはちゃんと感じ取っていたんだ。
親ってすごいんだな、と、素直に思う。
でも……そうか。冒険者になるのは反対だったなんて。
もう冒険には行かせない。そう言われるのではと、焦りが鎌首をもたげる。
だからこそ、俺は大きく息を吸った。
「……あの! 俺は〔白薔薇〕のハルトといいます。ディティアの境遇を知ってパーティーに誘ったのは俺たちです。ディティアは強い。多くの冒険者の憧れです。でも俺たちにとっては大切で、一緒に強くなろうって約束した仲間です。いまの彼女はちゃんと前を向いて笑っています。だから連れ帰ったとき、また一緒に冒険させてください」
「ハルト……。ええ、そうね。私からもお願いいたします。ティアと冒険をしたいのです。私たちは〔白薔薇〕なんですもの」
「俺からもお願い――します! ティアがいない〔白薔薇〕なんてもう想像できないから。どうか一緒に冒険をさせてください」
ファルーアとボーザックが俺と一緒に再び頭を下げると、フェンが俺の隣で静かに首を垂れた。
部屋になんとなく緊張した空気が満ちていくけど、知ったことじゃない。
すると、クスッと小さな吐息をこぼし、ディティアの母親らしき女性が微笑んだ。
その目元は――何度見てもディティアによく似ていて胸が鳴る。
「ごめんなさいね、伝わりにくい言い方で。貴方たちがあの子を冒険に連れ出してくれて感謝しているのよ。……このひとも私も、あの子には黙っているけどギルド員なの」
「……はっ? ギル――どッ……」
思わず返した俺の足をファルーアのヒールが襲う。
痛い。
「正確にはあの子が冒険者になってからギルド員になったのよ。働きながら〈疾風〉の情報を集めさせてもらって、あの子の冒険に想いを馳せていたの」
「そりゃまた、すげぇな……」
思わずといった様子でこぼしたグランに一瞥をくれてから、ファルーアは落ち着き払った声音で言った。
「では、私たちの足取りは把握されているのですね?」
「そうなるね。君たちの功績によってこの町の冒険者養成学校に通う生徒は増加。飛龍タイラント討伐を祝しての特別展などもここで開かれ、特産品の酒の売れ行きも上々。この町にとって〔白薔薇〕の恩恵は大きい。素晴らしいことだよ」
「と、特別展? 俺、ちょっと気になるかもー」
「ボーザック、少し黙っていてくれるかしら?」
「うッ……ご、ごめ、ん」
あれは……ファルーアに踏まれたな。
俺は憐憫の眼差しでボーザックに微笑み、ディティアの両親へと向き直った。
「なら、いまはディティアを冒険者として認めているってこと……ですか?」
「勿論だとも。改めてありがとう。娘を頼むよ、どうか連れ帰ってあげてほしい」
深々と頭を下げたふたりに、俺は思わず目を瞠ってぶんぶんと首を振った。
「そ、そんな! 俺、俺がもう少ししっかり動けていたら――」
あ、やばい。
ディティアの姿を彼らに重ね、情けない気持ちが胸の底から溢れ出してくる。
すると、ポンと手を打ってグランの父親――確かエインさんだ――が言った。
「恩恵といえば……実は私たちにもよく取材がくる。どうやって子供を育てたんだ、とな」
「おや、そちらもですか。はは、俺たちのところもですよ。皆さんとお会いするのは初めてですが、よかったら少し話しませんか」
柔らかく応えたのは俺の父親で、彼はちらと俺に目配せするとパチリと片目を瞑ってみせた。
さすが父親というか、なんというか。
このあいだに落ち着けってことだろう。
なんだかむず痒いけど、小さく顎を引いて頷いておく。
「そうね、情報は共有しておけると嬉しい。……こんなに駄目な親なのに、どうしていいかわからなかったから」
静かに言ったのはグランの母親、こちらはグレミラさんだ。
アルミラさんのことを言っているのだとすぐにわかった。
「グラン」
「ああ。親父、お袋。別室で少し話がしてぇんだ、付き合ってくれ。……すぐ戻る」
「ええ。ただ休んでいるのは勿体ないもの。よかったら私たちにも聞かせてくださいますか?」
ファルーアはグランに頷くと集まった家族たちに優雅な笑みを浮かべる。
こういうときファルーアがいるのは心強い。
俺とボーザックだけじゃ余計なことを言いそうだからな……。
それにファルーアの言うとおりだ。
ただ休むのは愚行だって、そう思う。
ゴールデンウィーク後半戦。
引き続きよろしくお願いします✨




