ただ休まずは愚行だから③
「こんなところで食事? 随分目立っているけれど」
『あおん』
「丁度ハルトに〈爆〉を連れていく話をしたところだ。治療も終わったみてぇだしな」
応えたグランにちらと目を向けたファルーアは「そう」とだけ口にして俺たちに包みを放った。
「……っと。なんだこれ?」
布の袋の中は細長い棒状のなにかが詰まっているようだ。
ファルーアが手を小さくさっさと振ったので、俺は袋を開けた。
「お、おお? 見覚えがあるぞ。これは……」
携帯するのに向いており、かつ栄養をふんだんに含んでいるらしいあの菓子。
「高栄養バーだ! 結構重宝したんだよねー」
ボーザックが歓声を上げる。
すんごく旨いわけでもないが、決して不味くはないそのバー。
時間のない冒険者でも手軽に栄養補給できる優れものだ。
商業都市ノクティアの老舗菓子店「ナンデスカット」の創業者ナンデスカの孫であるナンデストが作ってくれたものだった。
ややこしい。
「懐かしいなぁおい。どうしたんだ?」
「あのお坊ちゃん本当に商才があるのね。冒険者ギルドと提携して普及させているらしいわ。忙しくてもサクッと栄養補給ができるっていうので人気が出ているそうよ。保存が利くのは勿論、高栄養なのに重さがそれほどないのも魅力のようね。味も何種類か増えていたわ」
グランの言葉にファルーアは金の長い髪をさらりと払い、自分の分と思しき袋を振ってみせる。
「ナンデスカットってなんですかっと……なーんて思ったっけなー」
ボーザックはカラカラ笑いながら言って、袋をそっと閉じた。
「会う機会があれば『菓子白薔薇』も仕入れてやらねぇとな」
グランもにやりと口元に笑みを浮かべ、袋を懐にしまう。
「よし、今日はもう休んで明日早朝出発だ。ロディウルが戻り次第俺が伝えておくから、お前らは……」
けれど彼は言いかけた言葉を飲み込み、顎鬚を擦る。
その眉間には深く皺が寄せられていて、俺は思わず眉を顰めた。
「どうした? グラン……?」
「――あー。お前ら、家族に会えたか?」
「!」
俺はその言葉にぐっと口ごもる。
いま気にするわけにはいかないと思っていたし、避難所には老若男女数多のひとがいるわけで。
捜している時間なんてなかったといえばそれまでだ。
きっと俺の親は元気なら雑務を手伝っているだろうし、怪我しているならおとなしく眠っているだろう。
それ以外の選択肢は――考えたくない。
「……俺は会えてないー。町長邸でも見かけなかった。どこかにいたのかもしれないけどー」
「私もよ。まあ、私はそこまで仲良し家族ってわけでもないから。これでいいわ」
ボーザックとファルーアが答えたけれど、二人とも眉尻が僅かに下がっている。
気にならないわけがないのだ。
けれど、そのとき。
「そーんなことだろうと思ってたぜ!」
つい最近聞いた声がした。
「あれ、トール?」
ボーザックが歩いてくる彼に気づいて立ち上がる。
彼は片手を上げながら人懐っこい笑顔で俺たちを見ていた。
「お前たちの家族、俺のパーティーで手分けして集めてきたぞ! ……〈疾風〉のことは聞いたよ、でも……彼女ならきっと大丈夫だよ、お前らがいるんだからさ。もう彼女に悲しい思いはしてほしくないって〔リンドール〕も願ってるはず。勿論、俺もな!」
〔リンドール〕はディティアの所属していたパーティーだ。言うまでもないけれど、ディティア以外は皆もういない。
トールはそのなかのひとり、弓使いのナレルと幼馴染だった。
だからなのかディティアを仲間にした俺たちに良くしてくれるんだよな。
「集めてきたって……貴方、本気? この短時間で……?」
ファルーアが心底驚いたような、呆れたような顔をした。
「おう! こういうの得意みたいでさ、俺! 教室借りて集まってもらったから向かってくれ」
清々しい笑顔で言い切ると、トールは俺を見る。
「〈疾風〉の両親も一緒にいる。話、するだろ?」
「……ああ、勿論」
俺がしっかり頷くと彼はどういうわけか嬉しそうな顔で踵を返し、肩越しに腕を振って俺たちに付いてこいと示した。
彼の向こうで大きな焚火が爆ぜ、その姿は影になっていたけれど……。
「ああいうの格好いいよねー」
「それ、俺も思った。すごいなトールの奴」
「恩を売るわけでもねぇしな。あの姿勢は見習わねぇと」
ボーザックと俺、グランで呆けていると、先に歩き出したファルーアが妖艶な笑みを浮かべる。
「お人好し加減ならいい勝負よ、私たちもね」
『がうぅ』
その足元、大きな白銀の狼が楽しそうに鳴いた。
明日も更新します!
すみません遅くなりました!
引き続きよろしくお願いします。




