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逆鱗のハルト  作者:
逆鱗のハルトⅢ アイシャ

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ただ追うだけでは駄目だから④

 黒い魔物の隙間からディティアの左手がちらと覗き、手首で俺の贈ったブレスレットが揺れる。


 黒い魔物がその腕を掴んでいたが、血が伝うほどに爪が食い込んでいた。


 やめろ、ディティアを放せ……! 放してくれ!


 胸のなかで繰り返し願い手を伸ばす。


 ……けれど。


 その願いを嘲笑うかのように魔物はディティアの姿を覆い隠し、俺の腕や体にぶち当たる。結局指先すら届かないまま――落下が始まった。


 あと少しなのに。


 どうして届かないんだよ、どうして!



「く っ そ お お お ぉ――ッ!」



 俺の絶叫は魔物の羽音さえ掻き消すほどに響き、やがて呑み込まれていく。


 上空に手を伸ばしたまま落下する視界には自分の足があって、このままじゃ頭から落ちるな――なんて他人事みたいに感じた。



 瞬間。



「ハルトッ!」


 ガッ……!


 呼ばれたと同時に俺の足首が掴まれてガクンと重力が掛かった。


「……ぐッ、ボーザック⁉」


「手ぇ出して……ッ、結構、体勢が、キツい……っ」


 羽ばたく怪鳥の羽毛を右手で握り、左手で俺の足首を掴んでいるのは黒髪の大剣使いだ。


 投げ出した自身の体と俺の体を右腕一本で支えるボーザックが、ギリリと歯を食い縛っている。


 見れば、腕に血管が浮いていた。


「早くッ!」


「あ、ああ! 『腕力アップ』『腕力アップ』!」


 我に返った俺はバフを広げながら腹筋と背筋を思い切り使って上体を折り、なんとか彼の手を握る。


 そのままふたりで怪鳥の上に這い上がったときには――黒い魔物の塊は遥か先にいた。


 まるで黒い川が空を流れているみたいだ。


「は、届かなかった…………見つけたのに、そこにいたのに……なにもできなかった」


 肩で息をしながら呻く俺に、同じく肩で息をしたボーザックが頸を振る。


「そんなことない。ハルトが跳んでくれたから魔物が動いて視界が開けたんだ。はあ、はー……。だからもうひとりも跳んだ(・・・)わけでー……ふう」


「え?」


「大丈夫。きっとなにか掴んでくれてるよ」


「もうひとりって……あ、〈爆風〉か?」


「そう。上から魔物に向かって跳んだんだ」


 そのとき、ぶわっと胃が浮く感覚とともに風将軍(ヤールウィンド)が急降下した。


 ずん、と地面に降り立つ怪鳥のそば、グランが血相を変えて走ってくる。


「馬鹿野郎ハルトッ! 無茶しやがって……!」


「うわっ、ええ……そんなに無茶だったか?」


「当たり前でしょう! ボーザックが掴んでいなかったら貴方、大怪我じゃ済まなかったわ……!」


 隣接して着地した怪鳥からひらりと飛び降りたファルーアからも怒鳴られ、俺は首を竦める。


 そういえば脚力アップで泥の壁を登って、さらに跳んだもんな……落ちるときに下は見てないけど、ボーザックが血相変えて掴むくらいだ。


 かなりの高さがあったのかも。


「ごめん……」


「ティア心配なのはわかるけど結構危なかったかんねー」


 ボーザックもそう言って……俺の肩にガツンと拳を当てた。


 飄々とした言葉や声音とは裏腹に、その拳は重たくて。


 俺はぐっと唇を引き結ぶ。


「俺たち皆、届かなかったんだ。ハルトだけじゃない」


「……ああ」


 応えれば、眉尻を下げたままボーザックが必死に笑みを浮かべてくれた。


 俺だけじゃないんだって思えた。皆が皆、ディティアを思ってるんだって。


「とりあえずちょっと落ち着く。はー……」


 俺は息を大きく吐き出し、考える。


 風将軍(ヤールウィンド)が降りたのはグランや〈爆風〉を回収するためだよな。


 始祖人に子供の容姿のやつがいることはギルドや王国騎士団に共有する必要があるし、指揮権を持つ俺たちが勝手に町を離れるわけにはいかないし。


 このまま魔物を追うのは最善じゃない。この判断はきっと正しい。


「悪いな、勝手に降りさせてもらったで」


 俺は難しい顔でアロウルから降りてきたロディウルに胸のなかで賞賛を贈り、大丈夫だと合図を送る。


 そして。


 こちらに向かってくる気配に向き直った。


「〈爆風〉。なにか掴めたか?」


 彼が着地に失敗するなんて想像できないし、無事を疑うことは一切しなかったんだけど。


 その手で魔物を引き摺っているのを見るに、あれを利用して降りたんだろう。


 さすがというかなんというか。


「確実とは言い切れんが手掛かりは掴めたかもしれん」


 迷いない足取りでスタスタとやってきた〈爆風〉は魔物をポイと放るとゆっくり頷く。


「それと一撃入れてやったからな。すぐには動けんだろう。ただ追うだけではまた逃げられるぞ。次は準備をしっかり――」


 ……は?


 俺はその言葉で血の気が引いて……次いで体がぶわっと熱を持つのを感じた。


「ふざけるなよッ⁉ 一撃ってなんだよ! あんたまさかディティアを斬ったのかッ?」


 思わず胸元に掴みかかった俺に〈爆風〉は真っ直ぐ琥珀色の瞳を向ける。


 だけど目が合ったのはほんの一瞬で、瞬きすらできたか怪しいほどの勢いで世界が回った(・・・)



 ドッ……!



「うぐっ、は!」


 叩きつけられた地面はそこまで固くなかったけれど、肺が絞られて口から空気が漏れる。

 

 俺の足を掬い上げた〈爆風〉は俺を見下ろして呆れた顔をした。


「落ち着け。いつものお前ならいまの殺気を察知して躱したぞ。まあ逆鱗に触れにいったのは悪かった。……安心しろ、斬ったのは魔物のなかにいた始祖人で〈疾風〉じゃない」


「…………はっ?」


「あぁ? あのなかに始祖人がいたってぇのか⁉」


 声を張り上げたのはグランで、ボーザックもファルーアも眼を皿みたいにして呆けている。


「そうだ。〈疾風〉を回収しにきたのだろう。セウォルもそうだったが、始祖人とはそれなりに戦えると考えていい」


 まあそれは〈爆風〉だからかもしれないけど……。


 頭がサーッと冷えた俺はぼんやり考えてから首を傾げた。


「えっ? あれ、じゃあもしかして俺、噛まれる可能性があった?」


 思わず呟くとファルーアから背筋が凍るほど冷たい視線が向けられる。


「もしかしなくても危険だったわ?」


「すみませんでした……ッ」


 ガバッと頭を下げれば、ファルーアはため息をついてから困ったように微笑んだ。


「まあ、どうあってもティアを追いたい気持ちは理解するし、自分だけでも行かなきゃと考えるのはあんたらしいわ。さ、それじゃあ急いで動きましょう」



こんにちは!

本日もよろしくお願いします!

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