表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
逆鱗のハルト  作者:
逆鱗のハルトⅢ アイシャ
801/845

指先に温もりを託して③

******


 どこまで行ったんだろ――この先はまだ(くすぶ)ってるけど……。


 俺は『精神安定』の二重と『五感アップ』『脚力アップ』をかけ、屋根の上からディティアを捜す。


 視界がいいとは言えないけれど気配なら察知できるはず――なんて思っていたのは甘かった。


 髪をなぶり駆け抜けていくのは煙る風。強化された嗅覚が()えた香りを捉え、フェンの鼻は大丈夫だろうかと心配になる。


 かといって大声で呼ぶのも始祖人に見つかりそうだし……ここは地道に捜すしかない。


 どうしてだろうな。ファルーアの言っていたとおり嫌な予感がするんだ。考えれば考えるほど焦りが募って脈が速くなる。


 俺は大きく胸を逸らせるようにして息を吸い、開いた胸を弛めるために上体を丸めながらゆっくり吐き出した。


 よし。大丈夫、落ち着いてきたぞ。


「『五感アップ』」


 脚力アップも書き換え、眼を閉じて集中。


 遊びだとか言いながら何度もやってきただろ。


 そこにいるのがディティアなら、俺にはきっとわかる。



 ……そのとき。



 微かな気配を捉えた俺はフェンの鳴き声を聞き取り、はっと肩を跳ねさせた。


 遠吠えに似ているけれど、違う。もっと切羽詰まったような。


 これは――助けを呼んでる?


「ッ、ディティア……!」


 俺はすぐさま屋根の縁を蹴り飛ばして駆け出す。


 始祖人が見つかったのならディティアが戦っているはずだ。


〈疾風〉は強い。負けることなんてあり得ない。


 わかってるけど、少しでも早く彼女のもとに行きたかった。


 俺だって――ともに戦ってともに背負いたいんだ。


 ディティアがそうしてくれるように。


「はあ、は……」


 全力で駆け、跳ねて、息が上がる。体が熱い。


 俺は屋根から屋根へと煙る空気を全身で掻き分けながら進む。



 ――そして。



「ディティア!」


 見つけた。


 そこは町で一番大きな商業施設で、冒険者や養成学校に通う生徒向けの道具を多く扱っていた場所。


 外観はちょっとした城のようになっていて、当時は巨大な扉を見上げてから入るのが癖だったっけ。


 外壁は煤で黒くなり少し抉れているけど、ドッシリと構えた佇まいは健在だ。


 そして、当のディティアは白銀に煌めく双剣を手にしたまま建物二階のバルコニーに佇んでいて、俺は隣の屋根から跳び移って駆け寄った。


「ディティア! 大丈夫か、フェンは――?」


 手を伸ばし、黙っている彼女の肩に触れようとする。



 だけど。



「……え」


 彼女はビュッと空気を斬り裂いて双剣を閃かせ、風のような速さで俺から距離を取った。


 俺の眼と鼻の先を掠めた刃が震え、ゆら、と体を揺らした彼女と目が合う。


 エメラルドグリーンの瞳が――紅く明滅(・・・・)していて。


 全身から血の気が引いた。


 嘘だ……そんな。


「は、ると、君……」


 ディティアが泣きそうな顔で俺を呼ぶ。


 俺は肩を――いや、全身を跳ねさせて手を伸ばした。


「……ッ! ディティア、どうして……いや、大丈夫、大丈夫だから! いま……」


「ごめ、なさ……私……う、ぐ」


 震える手で双剣を収め、ディティアも手を伸ばす。


 その温もりが俺の指先に触れるか、触れないか。



「ああぁぁアアァ――ッ」



 彼女は腹の底から絞り出したような絶叫を響かせ、凄まじい勢いで一度収めた双剣を再び抜き放つ。


 シャアァンッ


 澄んだ音が耳朶を打ち、ディティアが腕を小さく震わせた。


 その瞳はチカチカと星が瞬くように、繰り返し、繰り返し、紅く光る。


「は、はぁッ……は、小さ、女の子……助けよう、として。噛まれ……始祖、だった」


 歯を食い縛り、必死で紡がれる情報。


 ディティアを昏倒させればいい。たったそれだけでいい。


 わかっているけど、踏み出そうとした俺に震える切っ先が向けられる。


「駄目、来ちゃ……わた、傷付けたく、な……ぐ、うぅっ……ううぅ」


 彼女の言葉どおり、いま踏み込めば瞬きのうちに狩られるだろう。


「たったそれだけ」が俺には届かない。バフを練る暇さえ与えてはもらえない。


 それほどにディティアが放つ殺気は研ぎ澄まされ、鋭利だった。



 情けない。



 指先の温もりを感じられる距離にいるってのに、なにもできない自分が。


 彼女が自身を律することで、ただ守られているだけの自分が。


 瞳の明滅は段々と紅が優勢となり、ディティアは剣を握り締めたまま己を掻き抱く。


「はる、と、君……お願い、おねが、わた、しを……」


 その瞳から、ひとしずくの光が転げ落ちる。


 胸がぎゅうっと締め付けられ、俺はすぐに応えた。


「誰も傷付けさせない。約束する。だから――安心して。俺が助けるから、必ず」


 言いながら再びゆるりと腕を伸ばす。


「大丈夫、すぐ会える。待ってろよディティア」


「――うん。待ってる」


 そのひと言。


 はっきりと紡がれた優しい音色。


 彼女はもう一度だけ俺に手を伸ばし、指先の温もりを残して……バルコニーから跳んだ(・・・)



 五感アップを重ねているのに、急速に遠のき薄れていく気配。



 俺は手を伸ばしたまま……唇を噛み締める。


 視界が揺らぎ、鼻の奥がつんと痛む。


 頬を伝った雫が顎先からポロリと離れてバルコニーに弾け、あとから、あとから、新しい染みを作り出す。


 バフを重ねても追い付けなかっただろうし、俺ひとりじゃ治療だってできない。


 すべてが情けなくて不甲斐なくて自分に嫌悪感すらある。


 でも。


 助けるって約束した。だから立ち止まったりしない。


 指先に託された彼女の温もりを逃さないよう、ぎゅっと手を握り締める。


「待ってろ……絶対に助けるから」


 乱暴に目元を拭い、俺は踵を返した。


おはようございます!

本日もよろしくお願いしますー!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
うう、悲しいよな。自分が強ければすぐにでも助けれるのにって
[一言] うわぁ・・・
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ