必勝の刺突たるや
******
その戦いは唐突に始まった。
いや、睨み合った時点で既に始まっていたのかもしれない。
同時に踏み出したふたりの冒険者、片方は双剣で黒みがかった鈍色と白みのある銀色の刃を煌めかせ、片方は長い槍を中ほどで握り締め体に寄せて構えていた。
キンッ……
最初の一撃は互いの刃を軽く打ち合わせたような軽い音。
けれど次の瞬間。まるで示し合わせたかのような凄まじい剣戟が交わされる。
右、左、上から下から。
繰り出される双剣の刃を弾き、いなし、受け止め、突き放す槍の動きはまるで自身の腕のよう。
僅かな隙には槍の切っ先が突き出され、双剣の冒険者――〈爆風のガイルディア〉が半身を退いて躱す。
槍の冒険者――〈爆突のラウンダ〉は無表情のまま紅い瞳をギラリと光らせ、突如動きを変えた。
右から左への薙ぎ払いのあとに槍を返して石突きを叩き込み、今度は縦に円を描くように槍を回して刃を上から振り下ろす。
ガッ、ギィンッ……!
空気を震わせる金属音が周囲に響き渡るが、聞こえた瞬間には別の一撃が音の波へと変わっている。
「ふ、鍛練は続けていたようだな」
〈爆風〉は思わず笑みをこぼし、一旦退いて双剣をくるくるっと軽やかに回して逆手に持ち替えた。
「だがまだ遅い。もっとやれるだろう、お前なら」
ひとの気配がなかった町の空気は乾き埃と煙の臭いがしたが、〈爆風〉の鼻はどこか懐かしい匂いを感じていた。
槍を磨く油の匂い。柄に撒かれた魔物の革で作った紐。
丁寧に武器を手入れする〈爆突〉の姿が脳裏に閃く。
『…………』
〈爆突のラウンダ〉はなにも言わない。
声が届いているのかもわからない。
彼が操られた切っ掛けは不明だが、久しぶりに顔を見られたと思えば儲けものだったか、などと考えながら〈爆風〉はトントンと地面を確かめた。
慣らされ、煉瓦が敷き詰められた大きな通りはよく整備されている。
しかし一部で凹凸が大きくなっており、利用できそうだ。
「いくぞ」
〈爆風〉は再び踏み込むと剣を閃かせた。
体が、心が、熱く高揚している。
その動きはキレを増し、一撃の速さがどんどん上がっていく。
右下から左上へと右の剣を振り抜き、体をぐるりと回して左の足で頭を狙う。
初撃を躱した〈爆突〉は縦にした槍の柄で蹴りを受け止めると、〈爆風〉の足に柄を密着させたまま槍を回転させてその足を絡め取りにかかった。
「甘い」
予期していた〈爆風〉はその槍に体重を乗せ、踏み切ると同時に右足を蹴り上げる。
〈爆突〉は顎を大きく逸らしてそれを避け、地面に背を突いて転がりざまの一撃を繰り出す。
着地を狙った正確な薙ぎ払い。
〈爆風〉も体を捻り、足ではなく手を突いて躱し、再び距離が開く。
互いに体勢を整えた彼らの間に乾いた風が流れる。
周りでは〈爆風〉の風を継ぐ〈疾風のディティア〉と未知の力を秘めた〈逆鱗のハルト〉、白銀に煌めく美しい毛並みを持つ〈銀風〉のフェンリルが冒険者たちを次々と昏倒させていたが、ふたりには視えていないし聞こえていない。
「来い〈爆突〉。お前を負かしてやろう」
〈爆風〉は荒々しい嵐のような笑みを浮かべ、瞳をギラギラと光らせた。
対する〈爆突〉は肘を折って体に槍を引き寄せ、ふぅ――ッと息を吐く。
――そして。
『シッ!』
瞬時に吸った息が気合いと共に吐き出され、弾かれたように体が動いた。
その突きこそが〈爆突〉の二つ名の由来だ。
当時〈爆〉の誰にも負けなくなっていた〈爆風のガイルディア〉が『必勝の刺突』なんて揶揄したこともある凄まじい一撃。
届くはずのない距離まで伸びたように感じる突きは、相手に触れるその瞬間に最大の威力を発揮する。
〈爆風〉は場違いな笑みを浮かべ攻撃をいなしたが――。
槍はいなされるままに向きを変えて地面へと突き刺さり、小さな土塊を弾き上げた。
「……!」
狙い澄ました目眩ましが〈爆風〉を捕らえ、その視界が煙る。
〈爆突〉は槍を引き寄せ、もう一度強力な突きを繰り出そうと踏み込んだ。
――しかし。
足が捉えたのは深い凹凸のある場所で、僅かに重心がズレる。
〈爆風〉は霞む双眸を見開き紙一重で切っ先を躱すと――そのまま〈爆突〉の額に自分の額を叩きつけた。
ゴッ……!
『グウッ……』
「最初から目眩ましが狙いか。お前が操られていなければ勝ちをもぎ取られたかもしれん」
彼は反動で仰け反った〈爆突〉が頭を戻す瞬間、顎に強烈な一撃を見舞う。
「とはいえ〈爆〉最強の名を簡単に手放すつもりはない。お前はあとで若者の糧になってもらうぞ〈爆突〉」
崩れ落ちる〈爆突〉を腕で抱えるようにして支え、〈爆風〉は清々しい顔で笑った。
「さて。〈爆炎〉の爺さんはどうだ?」
爆風メインの1話を書きたかったので。
引き続きよろしくお願いします!
いつもありがとうございます。