爆には爆の矜持があって⑤
〈爆風〉の言葉どおり〈爆呪〉の妨害はない。
『五感アップ』を消し、閃く魔法の光がぶつかり合って弾けるのを見ながら俺は大きく両手を振った。
「ロディウル! 降りてこい!」
ひときわ大きな怪鳥アロウルに続き、黒い魔物たちの塊が次々と地面に降りてくる。
ほかの風将軍たちは上空に留まるよう指示したのか旋回を続けていた。
「っはー! 数が多くてひと苦労や! 誘導助かったで〈逆鱗〉」
ロディウルはひらりと身を躍らせて言うと、ぐるっと周りを見回す。
「〈豪傑〉たちは別行動やったな。俺が迎えにいったるわ。この数、押さえておけるんやろ?」
「任せろ。あっちの尖塔がある建物が町長邸だ。グランたちを頼む」
応えながらすごい数の黒い魔物が飛び上がっていくのを見送り、俺は双剣を構える。
残されたのは黒い魔物によって運ばれてきた紅い眼の老若男女たちだ。
俺たちを取り囲んだ彼らは隣の大陸のトレジャーハンターとは違う。
どちらかと言えば戦うことが主なだけあって鎧を着込んでいる者が殆どで、まさに冒険者らしい出で立ちである。
――そのなかに、ひときわ強い存在感を持つ男性がいた。
〈爆風〉は彼の前に歩み出ると腰を落とす。
「久しいな〈爆突〉。随分と手間をかけさせてくれるじゃないか。今日はとことん相手をしてやろう」
伝説の〈爆〉を纏めていた存在と〈爆〉のなかで最強の存在がぶつかるのだ。
本当ならその一挙一動をつぶさに見守りたい。
「ハルト君、急いで押さえよう!」
俺の想いに呼応するように、どこか熱の籠もった声で言ったディティアが一番近くにいる冒険者に躍り掛かる。
うん。当然同じ気持ちだよな。
振り下ろされた剣を半身で躱した彼女は擦れ違いざまに双剣の柄で相手の顎を強打し、易々と昏倒させた。
こんなときだけど――やっぱり〈疾風〉は速くて強い。
「俺も負けてられないな。フェンは始祖人を捜してくれ。ロディウルも行っていいぞ。そのあとは〈爆炎のガルフ〉の援護を。『精神安定』『精神安定』!」
『ガウッ』
「了解や。おっと、オマケでひとり仕留めたる」
ロディウルは束ねた緑色の髪を靡かせ、細身の剣で彼に斬り掛かった女性の首に手刀を振り下ろす。
ガクンと膝を突いた女性をサッと支えて横たえると、彼は颯爽とアロウルに乗って飛び立った。
「今度はそっちの番や〈逆鱗〉! そんじゃ頼むで!」
そういや砂漠で相手したときも強かったもんなぁ……。
思わず唇を引き結んだ俺はまだ睨み合ったままの〈爆〉に視線を奔らせ、バフを練って上書きした。
「『肉体強化』『反応速度アップ』『精神安定』『精神安定』!」
〈爆風〉へのバフは精神安定の二重だけ。
邪魔するべきじゃない。その空気はそれほどに張り詰めて他者の介入を許さない。
〈爆突〉は静かに〈爆風〉を見詰めていて、真剣に向き合っていると感じる。
きっとそれは〈爆〉なりの矜持。
操られていようが、意識がなかろうが、胸の奥底で心身を支える屈強な芯なのだ。
俺は〈爆〉たちの想いを尊重したい。こんな状況でも、だ。
だから俺は俺のやることを。
〈爆風〉だって言っていたじゃないか。「俺が鍛えているんだ、その程度なんとかしてもらうぞ〔白薔薇〕」って。
人数はざっと四、五十人。
グランたちも来てくれるんだ、それまでにできるだけ多くを昏倒させてやる!
「いくぞ! おぉッ!」
気合い一閃。
俺は踏み込んできた双剣の相手に右の剣を突き出し、すぐさま引き戻しながら左の剣を振るう。
ガッ!
左の剣で受け止めたそいつは踏み込んだ左足を軸に俺の左側から右の剣を突き出してくる。
一歩跳び離れて躱した俺はギュ、と足を踏ん張った。
「『脚力アップ』ッ」
肉体強化を書き換え、一気に踏み込んで鳩尾に肘を叩き込むと、体をくの字に折った冒険者が膝を突いた。
「ひとりめ! おやすみッ!」
ゴッ……!
その後頭部に一撃入れて、すぐに次の相手を確認。
しかし横から飛んできたのは火の玉で、俺は慌てて跳び退いた。
「メイジか! ッと⁉」
ギィンッ
そこに長剣の男がひとり剣を振り下ろし、双剣を交差させて受け止める。
そいつが退いたと思ったら足下にぞわぞわした感覚が奔り、咄嗟に横っ跳びに躱す。
ビシィッ! と氷が突き立ち、俺は踵を返してメイジに目標を定めた。
「遠距離は厄介だし、なッ! 『速度アップ』『速度アップ』ッ!」
書き換えた『脚力アップ』と『反応速度アップ』に上書き。
肉薄した俺に杖を振り下ろすメイジだけど――遅いッ!
「ファルーアのほうが速いぞ! おおぉッ!」
俺は走る勢いそのままに左足を軸に体を回し、杖を躱しつつ思い切り側頭部に蹴りを入れる。
「グッ」
老若男女、誰であろうと手加減する余裕はない。
倒れたメイジの長い髪が尾を引くように追随して地面にはらりと落ちる。
「ふたりめ! おやすみッ」
そこに俺を追ってきた長剣の男が剣を振りかぶりながら突っ込んできた。
そういえばこいつら、仲間意識はあるんだろうか?
俺が避けてあの剣がそのまま振り下ろされてしまったら――と瞬時に考えた俺は倒れたメイジから離れ、攻めに転じる。
ディティアはどんな動きをしていた? たしか――こう!
振り下ろされた剣を体を捻って躱し、その顎に双剣の柄を突き込む。
ゴガッ……!
手応えは十分だった。
「三人め、おやすみッ!」
――やれる。戦える。俺を取り囲む気配がわかる。
だけど油断はするな、集中しろ。
俺は崩れ落ちた男を振り返ることなく、正面で弓を引き絞る女性に向かって走り寄った。
風がすごいです。
人間飛びそうな勢いです。
皆さんもお気を付けて!
引き続きよろしくお願いします✨