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逆鱗のハルト  作者:
逆鱗のハルトⅢ アイシャ
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爆には爆の矜持があって④

『脚力アップ』なんてなくても、どういうわけか〈風〉ふたりは屋根に上がった。


 フェンも近場の倉庫らしき建物に跳び乗って、そこから軽々屋根へ。


 俺はそうもいかないんでバフを掛けたけどな!


 さっと空を確認すると……風将軍(ヤールウィンド)と黒い小さな龍のような魔物の群れが見える。


「ロディウルもいるな。だとしたらフェン、誘導できないか?」


「待て〈逆鱗〉。ここだと醸造所に近すぎる。養成学校寄りに移動するぞ」


「ああそうか、了解。グランたちや〈爆炎のガルフ〉も気付いてればいいけど……」


「大丈夫だよハルト君。グランさんたちはきっと気付く」


〈爆風〉に応えるとディティアが空を仰いだまま言うので、俺は頷いて手を挙げた。


「だな。じゃあ移動しよう! 『速度アップ』『脚力アップ』『脚力アップ』『五感アップ』」


 五感を上げたのは皆の気配をいち早く察知するためだ。


 戦闘になったら即消す必要がある。


〈爆風〉やディティアなら五感アップがなくても大丈夫かもしれないけど、俺はそうもいかないからな。


 俺たちは屋根の上を走りながら緑色の怪鳥と黒い魔物がはるか上空で交錯するのを見た。


「こっち、大通りで迎え撃とう! フェン! 呼んでくれ!」


 俺が言うとフェンが四つ脚を踏ん張って体を仰け反らせる。



『オオォ――ンッ!』


 

 その咆哮は空気を切り裂き、すぐに風将軍(ヤールウィンド)が呼応した。


******


「……力は貸せねぇっていうのか?」


 グランが重々しく紡いだ言葉に、斧を担いだ大男が頷く。


「俺たちは町長に雇われた傭兵だ。町長を守るのが仕事でな」


 その部屋は広くも狭くもない。


 町長ひとりが執務を熟すのに程よく、壁際に並べられた落ち着いた色合いの棚には資料と思しき本や書類がこれでもかと詰め込まれていた。


 そんな部屋には傭兵を名乗る屈強な男たちが八人と、グラン、ファルーア、ボーザック、そして椅子に座る町長がいる。


 当然、互いの肌が触れそうな距離感だ。


「町長、わかっているのかしら。これは避難所の民を助けないということよ?」


 ファルーアが棘を含んだ声音で言うが、椅子に座った町長は首を振るだけ。


「養成学校にはギルド機能が移っているそうじゃないか……! それなのに、ここには冒険者は殆どいない。彼らまで出したら誰がここを守るのかね!」


「言いたいこともわかるけどさー。守るなら建物全部守ったら? 避難してきてるひともいるんだよー?」


「そ、それは承知しているが……! それこそ冒険者の仕事ではないかね! 屋敷を使わせてやっているだけでも十分だろう!」


 ボーザックの言葉にも同意はしてくれない。埒が明かないとはこのことか。


 グランは難しい顔で顎髭を擦った。



 ――町長邸に来たはいいが、どうも避難所として機能していないようだとグランたちはすぐに気が付いた。



 冒険者たちが細々と動いて怪我人の処置や食事の準備を行い、見張りこそ立てているが守備まで手が回っていないように見える。


 そのため冒険者への挨拶はそこそこに町長に会いに来たのだが、どうやら彼は自分だけを守るつもりらしい。


 屈強な傭兵が八人もいればやれることが増えるにも関わらず、だ。

 

 因みに、この町長はグランたちが知る町長とは代わっていたため、どんな人物かはわからなかった。


「仕方ねぇ。なら俺たちは好きに動くぞ。あんたらはここで黙ってジッとしてりゃいい」


「わ、私の屋敷で勝手は――」


「黙りなさい。ここは歴代町長が使用する場所であって貴方の屋敷ではないわ。私たちはこの町出身の冒険者よ、勝手を許さないのはこちらだわ。次も貴方が町長になれるなんて思わないことね」


「……!」


 町長が頬を引き攣らせ、言葉を呑み込む。


 ファルーアは氷のように冷たい視線で町長を射貫き、長い金髪をサラリと払って踵を返す。


「さっさと動くわよグラン、ボーザック。故郷がこんな状態だっていうのに時間の無駄だったわ」


「ああ。あんたらも時間取らせて悪かったな。……ヒーラーとバッファーでも捜しておくか」


「だねー。そろそろ〈爆炎のガルフ〉もメイジ部隊集めたんじゃないかな?」


 グランとボーザックが続いたとき、斧を担いだ傭兵が言った。


「なぁお前たち、その名前。もしかして〔白薔薇〕か?」


「あ? ああ、そういやギルドの遣いだとしか名乗ってねぇか。そうだ、俺たちは〔白薔薇〕で、いまは王国騎士団とギルドと協力して敵に対処してる」


 途端に傭兵たちが顔を顰め、町長を見る。


「おい町長。たしかあんた〔白薔薇〕とは旧知の間柄だとか豪語してたよな? 顔がわからないってぇのはどういうことだ?」


「え? 俺たちが町長と? ……ふーん」


 ボーザックは珍しく双眸を眇めて不快感を露わにするとそれ以上なにも言わずに部屋を出ていく。


「まあ金さえ貰えりゃ俺たちは構わないが――嘘は不愉快だな町長さんよ」


「…………ッ」


 続いたグランたちの後ろ、部屋の中に不穏な空気が満ちた。


******


「すまねぇ。町長は協力する気がないらしい」


 冒険者が集まる部屋でグランが言うと、彼らから呆れのため息がこぼれる。


 何度も襲撃を受けその度に凌いできたのだろうから、町長が非協力的であることはわかっていたのだろう。


 大きな混乱はなく、むしろ静かなものだった。


「とにかく俺たちでやれることをやろう。昏睡状態のやつは治療ができるからヒーラーとバッファーがいたら集めておいてくれ」


 グランは淡々と指示を出し、足りないものがあれば養成学校に掛け合うからと情報を集めるよう言ってハッと顔を上げた。


 はっきりと感じるわけではないが、迫る気配があるような気がしたからだ。


「……グラン」


 彼を呼ぶボーザックも同じように窓の外を仰いでいる。


「ち。まさかもう来たのか? なんにも準備できてねぇが――ボーザック、ファルーア、行くぞ」


 グランは歩き出し、すれ違う冒険者たちに声を掛けた。


「襲撃だ。俺たちで制圧を試みるが冒険者たちは備えておいてくれ」


******


 ロディウルが指揮する怪鳥と黒い魔物が(もつ)れ合うようにして上空を旋回する。


「メイジ部隊がいれば撃ち落とせるかもしれないってのに……〈爆炎のガルフ〉はまだか?」


 俺はそう言ってバフを広げた。


「『精神安定』『精神安定』」


 書き換えたのは『脚力アップ』と『速度アップ』。屋根の上を移動するあいだ、ひとつは『脚力アップ』を残しておきたかった。


「……む」


 そのとき〈爆風〉が眉を寄せる。


「跳べ〈逆鱗〉!」


「え? ……っとぉわッ⁉」


 突き飛ばされた俺の足下、黒っぽい蔦のような触手がギュルと動く。


 それは伸び上がったかと思うとベチャリと音を立てて屋根に張り付いた。


「な、なんだこれ……泥?」


「足を取られるなよ、動きを鈍らせるだけならいいが――」


 屋根の上、いくつもの触手が伸びては崩れベチャベチャと不穏な音が響く。


「――おそらく、こんなものでは済まん。警戒しろ、これは〈爆呪〉の魔法だ」


 言うが早いが〈爆風〉が駆け出し、旋回しながら舞い降りてくる怪鳥たちの少し外側へと回り込む。


「これが妨害か……って、うわッ!」


 今度はその泥から細い針のようなものが何本も突き出る。


 あれか、ファルーアがよく「突きなさい」とか言って使う魔法――!


 踏んだらただじゃ済まないだろう。


「この魔法、私たちを離そうとしてるみたい。発動するのが的確」


 俺の近く、ディティアが軽やかに針を躱しながら言った。


「なんか嫌なやり方だなぁ……いや、むしろ〈爆〉らしいのか……?」


 フェンは既に〈爆風〉の傍にいるので問題ない。


 確認して俺が応えたそのとき、白い稲妻が空を裂いて駆け抜けた。


 僅かに遅れて轟音が鼓膜を震わせる。


 緑色の怪鳥はもう目と鼻の先。それを追う黒い魔物たちが一瞬だけ広がり、いくつもの塊に分かれてまた戻った。


 あの塊ひとつにひとり、始祖人もしくは操られたやつが運ばれているようだ。


 そして冒険者養成学校方面、離れた位置には複数の気配。


「来たか爺さん! よし〈逆鱗〉〈疾風〉、降りるぞ!」


 珍しく〈爆風〉が気合いのこもった声を上げ、俺とディティアは顔を見合わせた。


 その瞬間に再び稲妻が閃き、散った塊のひとつを追尾して撃ち抜く。


 数匹の魔物が落下していくのが見えた。


「〈爆呪〉は爺さんに任せていい。お前たちは雑魚を片付けろ。〈爆突〉は俺がやる」


 なるほど、あれは〈爆呪〉がいる塊なんだな。


 魔力かなにかで特定したんだろう。


 さすが〈爆炎のガルフ〉だと胸のなかで賞賛を贈り、俺は大通りに飛び降りた。


②話分くらいあります!

よろしくお願いしますー。

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― 新着の感想 ―
爺さんズには頭が下がるなぁ
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