爆には爆の矜持があって③
そうだよな。
ずっと一緒に旅してきた仲間が誰かに操られ、戦わなくちゃならないなんて想像もしないだろう。
だけどいま、俺にもその可能性があるってことはわかってる。
「絶対に〈爆〉ふたりを止めよう。この先、誰かを傷付けたりしないように」
「ふ、当然だ。そのためにはお前のバフも必要不可欠だからな。注意しておけよ?」
「おう、わかった。よし、なんか気合い入ったかも」
口角を上げれば〈爆風〉も笑みを浮かべる。
そうこうしているうちに醸造所は目の前で、入口に降り立った俺に外にいたフェンがぐるんと尾を回してみせた。
甘い果実の香りと酒が持つ独特の鼻を抜けるような香りがしていて、そういや昼飯はまだだったなーなんて暢気な考えが過る。
あー、落ち着いたら昼から一杯やりたいな。ロディウルが喜びそうだ。
「フェン、異常はなさそうか?」
聞くと、フェンは同意を示すように頭を上下に揺らした。
『ぐるぅ』
大丈夫らしい。
労おうと手を伸ばすと尻尾でバシリと叩かれたので、俺はふんと鼻を鳴らして中に入る。
相変わらずだな本当に。
入ったところは広間で、長椅子や長机、土嚢が積まれてちょっとした要塞みたいになっていた。
なるほど、万が一のときはここで敵を迎え撃つつもりなのか。
するとディティアが奥で手を振った。
「ハルト君!」
その傍らに立っているのは――杖を持つ三人と、軽装の冒険者。
「おう! 養成学校の治療は途中だけどヒーラーに休んでもらっててさ。先にここの治療を始めたくて」
俺が言うとディティアはぱっとはにかんだ。
「だと思いました! こちらの三人がヒーラー。そしてなんと! こっちの彼はバッファーだよハルト君!」
「ば……? ッえ、本当か? バッファー? うわっ! 俺カナタさん以外でバッファーと会うの初めてかも! ハルトだ、よろしく!」
思わず駆け寄って右手を差し出すと、軽装の男性は目を泳がせて俺の手を握った。
ん、まだ駆け出しかな。
細い指は柔らかく、腰に下がった短剣を扱うことには慣れていないようだ。
「あ……いや、その。僕は、その」
「パーティーは組んでるのか? バフ、役に立つよな! えぇと『精神安定』と『浄化』は使えるか?」
畳みかけると、あとから来た〈爆風〉が笑った。
「ははは。いきなり喋りすぎだ〈逆鱗〉。困らせるな」
「うっ……! ごめん、そうだよな。えぇと……とりあえず使えるバフを教えてほしいんだけど」
すると彼はしおしおと瞳を伏せて消えそうな声で言った。
「あの……すみません、僕、本職はヒーラーを目指してて……仮のバッファーというか……」
「えぇっ、そうだったんですか! ごめんなさい、私が勘違いを……」
これにはディティアが申し訳なさそうに首を竦める。
よく見れば彼の手首に水晶の填まった腕輪が光っていて、なるほどこれが変換具らしいとわかった。
俺は思わず笑って彼の肩を軽く叩く。
「ははっ、残念だけどよくあることだし謝らないでくれ。俺こそごめんな、勘違いして。バフは補助になるしヒールと両方使えたらすごく助かるはずだから頑張って。……あれ、いや待てよ……そういえば養成学校でアイザックたちに持久力アップを使ってたらもう少しいけたか……?」
しまった、自分のことに夢中で肝心の補助をやってなかったなんてバッファー失格である。
俺が顔を顰めると、目の前の冒険者はおずおずと手を挙げた。
「あの、でも。『浄化』は使えます。『精神安定』は混乱を防ぐバフでしたよね、混乱は魔法で治療できるから覚えていません……」
「え、本当か? すごい! じゃあ早速君のバフで治療しよう。ヒーラーも手伝ってくれるか? ディティア、昏睡状態のひとはどこにいるんだ?」
「あ――こっち。案内するね」
ディティアは頷いて踵を返す。
俺はその隣に歩み寄って、ヒーラーたちが着いてくるのを確認してから続けた。
「責任者には会えたのか?」
ちなみに〈爆風〉はひらひらと手を振ったので、ここで見張りをするようだ。
「うん。責任者さんには現状を報告したところ。冒険者の数がそんなに多くないから、ここから人員を割くのは難しいかもしれない。でも備蓄はかなりあって、生活には余裕があるみたいだよ」
「なるほどな。室内で戦うつもりみたいだけど、その場合に避難の準備はできてるのかな」
「地下に果実運搬用の通路があるんだ。丘の畑まで繋がってる」
「それは……すごいな。室内なら大人数が攻めてきても相手を絞れるし、その隙に地下から逃げるわけか」
「うん。……ここだよ」
大きく頷いたディティアが扉を開ける。
そこは客室のようだけど、いまは家具が廊下に出されて床に人々が横たわっていた。
「ギルドがこの避難所を護るために冒険者を派遣したけど、半数以上が眠ったり操られたりしたみたい。……一般のひとも何人かは昏睡状態に」
ディティアが唇を噛んだので、俺はその肩をそっと叩く。
「大丈夫だ。治せるよ、絶対に」
「ハルト君……うん。そうだね」
俺は微笑んでからヒーラーと仮のバッファーを部屋に入れ、説明をした。
絶叫が上がったとしてもやめないよう、しっかりと言い含める。
仮のバッファーにはバフの広げ方を教えてみたけど、これはどうも練習がいりそうだ。
「じゃあひとりずつやってみようか。ヒーラーは念のため同時にヒールを。大丈夫そうなら人数を減らしてみよう。魔力の温存になるからな」
「わ、わかりました。……えぇと、じゃあ……一番端からいきますね。……『浄化』」
仮のバッファーは結構優秀みたいだ。
早速かけたバフで昏睡状態のひとの体が淡い銀色に光ると、ヒーラーたちがヒールを始める。
絶叫こそなかったけれど、その体が蝕まれていくさまは壮絶でヒーラーたちの表情が強張っていた。
けど……うん。体が蝕まれる速度はそんなに速くない気がするな。
「これなら大丈夫――」
俺が言いかけた瞬間、ぞわりと肌が粟立った。
「……ハルト君」
「ああ。なにか来る……?」
耳を澄ませばフェンが激しく咆えるのが聞こえる。
「行きましょう〈逆鱗のハルト〉」
言うが早いがシャァンッと双剣を引き抜き、ディティアが頷く。
凜とした佇まいに気持ちが引き締まった。
「君たちは治療を続けて。襲撃の可能性が高い。俺たちが応戦するから、万が一には避難を」
「え、は、はい!」
「『持久力アップ』『持久力アップ』『威力アップ』!」
俺は応えた仮のバッファーとヒーラーたちにバフを広げて重ね、自分も双剣を抜いて駆け出した。
「俺たちは屋根に上がろう。〈爆炎のガルフ〉も準備してくれてたはずだ、きっと」
「グランさんたちはフェンに頼んで、私たちでとにかく足止め、だね」
「ああ。俺は『精神安定』をかけてまわるよ。ロディウルたちがいればいいんだけど……」
俺たちが外に飛び出すと〈爆風〉が待っていた。
「随分と早い到着だ。迎え撃つぞ」
「おう!」
「はいッ!」
薄らと煙臭い空気のなか、戦いが始まろうとしていた。
こんにちは!
本日もよろしくお願いします。
首はちょっとずつマシになってます!