爆には爆の矜持があって①
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「いくぞ。『浄化』!」
バフを広げれば、アイザックがヒールを発動。
集めたヒーラー五人もそれに倣って杖や水晶などを掲げる。
とりあえず教室ごとに広げて試し、万が一も考えてすぐにバフを消せるよう集中は解かない。
ここは俺の使っていた教室ではないけれど、見た目は同じだ。
違うのは座学で使っていた椅子や机が撤去され、人々が床に寝かされていること。
幾度となく馬鹿をやって笑ったこの場所で誰かを助けられるなら、何度だってバフを使ってやる。
『……グ、アアァァッ!』
そして始まる絶叫の唄。
昏睡状態にあっても反応は様々で、動かない者もいれば体を仰け反らせる者もいた。
火傷のように赤みを帯びる皮膚はみるみる回復するが、苦しみや痛みは感じるのだ。
「ヒールを切らすな、大丈夫だからしっかりしろ! いいか、魔力をありったけ込めろよ!」
壮絶な光景に身を竦めたヒーラーを叱咤し、アイザックの杖が一際強く光る。
「は、はい!」
ヒーラーたちは気丈にも返事をすると杖や水晶をもう一度突き出した。
大丈夫、安定してるな。これなら……!
「重ねるぞ! 『浄化』ッ!」
俺はバフを広げて眠る全員を二重にする。
ぼんやりと銀色の光を纏う者たちを暖かな光が包み込む。
それでも絶叫は大きくなり、教室の外に集まる人々がザワつくのが聞こえた。
心配や不安にもなるだろうから見にきたひとは拒まないようにしたいとアイザックから申し出があったんだ。
バフやヒールの妨げにならないよう教室の外までっていうのは絶対条件だけどな。
ちなみに、彼らを留めてくれているのは教員やギルド員だったりする。
「もう少しだ踏ん張れ――よし、いいぞ。ヒールを止めろ」
考えているあいだにアイザックの指示が飛び、俺はヒーラーがヒールを消したのを確認してからバフを消す。
呼吸は穏やかで、顔色こそあまりよくないが悪い状態ではないはずだ。
「ふう。どうだアイザック、教室ふたつくらいいけそうか?」
「んっ……それにはもう少し人数がほしい」
アイザックは眉尻を下げて後ろを振り返る。
ヒーラー五人のうち、少なくとも三人はかなり憔悴していた。
「あ……そうだよな。人数が人数だし負担はでかいよな。ごめん。大丈夫?」
声を掛けると、ヒーラーたちは顔を見合わせて口をへの字にした。
「すみません、大丈夫です」
「私たちがもっとやれたら……」
「いや、気にしないでいいよ。ひとの傷を治すのが大変だってことくらい誰でもわかるさ。とはいえ、魔力回復の妙薬はまだ届いてないし――ほかにヒーラーはいないのかな」
ヒーラーはバッファーほどではないにしろ稀少なほうである。
ヒーラーがわんさかいたら冒険はかなり楽になるだろうに、うまくいかないもんだよな……なんて思ってから、俺は首を振って気持ちを切り換えた。
まだこれからだもんな。集中、集中。
「隣の教室まではやれるか? そこで一度休もう。アイザック、そのあいだに別のヒーラーが確保できるか確認頼む。俺はほかの避難所の治療に行くから」
「おう、わかった。ついでに〈爆炎の〉爺さんの様子も見ておく。……それにしてもお前、本当に頼もしくなったなぁ! 最初んときは駆け出しだったもんなぁ!」
「いや最初だって六年目だけどな⁉」
思わず突っ込むと、ヒーラーたちの空気が弛緩する。
アイザックは笑いながら「そうそう、力みすぎると疲れるから楽にしとけよー」と言った。
俺をだしにしないでもらいたい。
「よし。じゃあさくっと済ませよう。えぇっと、見に来たひとたちのなかでヒーラーと医者がいたら手伝ってくれないかな。医者は彼らを診てほしい」
教室を出て声を掛けると、教員が手を挙げた。
「私は医術にも覚えがあるわ」
強そうな短い黒髪の女性の先生で、彼女はたしか長剣の実技も担当していた気がする。
すごいよな、現役ってことだろ?
「よろしくお願いします」
俺が頭を下げると、彼女はニヤリと笑う。
「いいのよ、憧れの〈爆風〉を連れてきてくれたからね! お礼の代わりに、落ち着いたら彼と手合わせさせてほしい。お願いできない?」
「え? は? あー、わかりました」
まあいいか〈爆風〉だし。
俺は勝手に頷いて次の教室に移動した。
なんだろうな、避難所の空気がどこか明るい気がするんだ。
もっと追い詰められているのかと思ったけど。
するとアイザックが言った。
「お前らが来たことで希望が生まれたんだろうな」
「え?」
「いや、避難所の雰囲気は悪くないと思ってな。絶望ってのが一番厄介なんだ。心と体がすり減って治る傷も治らないこともある」
「なんだ。俺の顔に出てたのかと思った――それならよかった、きっと治るな」
思わず返して苦笑すると、アイザックはとげとげしい杖を肩に背負って不敵な笑みを浮かべる。
「言っておくが、うちの大将はこんなもんじゃねぇぞ。お前もそれくらいやってみせろ」
「……え、いや、俺は遠慮しとく……」
「おい! そこは乗れよ!」
たしかに、あいつが来たらここの人々はもっと色めき立って歓声が轟くのだろう。
なんだろうな、そういう空気があいつにはある。それはわかる。
まあ俺は全然鼓舞なんかされないけどな!
本日もよろしくお願いします。
いつもありがとうございます!