騎士は誇りを捨てぬため③
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〈爆風〉とフェンは戻らず、上空を警戒してくれていたロディウルが捜してくれることになった。
彼の新たな相棒である風将軍のアロウルなら、黒い龍のような魔物に負けることはないと言っていたらしい。
ギルドの一室には〈爆風のガイルディア〉と〈銀風のフェン〉を除く俺たち〔白薔薇〕、〔グロリアス〕とグランの姉であるアルミラさん、古代魔法の研究者であるデミーグさんが集っている。
ちなみに、シエリアとその近衛である〈雄姿のラウジャ〉はシュヴァリエの依頼で他国へと飛んでいて、携えた内容は『始祖人対抗策についての協定』とのこと。
俺が『浄化』を重ねアイザックがヒールした冒険者たちは念のため拘束のうえで医者が診ているそうだ。
デミーグさん曰く『魔力のことは調べられても体のことは専門外、かな!』と。
そんなわけで、大きな机をぐるりと囲んで席に着いた俺たちは互いに視線を交わした。
「えっと、外を見てきたので私から報告しますね。町はギルドを中心にかなり痛手を負ったようですが、冒険者や戦える鍛治師が多かったことが功を奏し魔物の撃退は完了しています。いまは冒険者たちが怪我人の治療や損壊箇所の確認を進めています」
ディティアが言うと、シュヴァリエがグランに視線を送る。
グランは難しい顔で顎髭を擦ると続けて話し出した。
「隣の大陸で始祖人に眠らされたらしい姉貴を見つけた。ドーン王国では古代魔法の研究に力を入れているみてぇだから、始祖についてもかなり調べていたらしいな。そこのデミーグが始祖人の血から薬を作ることになってんだが、ここまでは報告書にしてロディウルから渡してあるはずだ」
「確かに頂戴しているよ。その後の進展を聞かせてくれるかい?」
「ああ、それならまず僕が話す、かな」
手を挙げたのはデミーグさんだ。
緑色のボサボサ頭を横髪を左右一本ずつ、後ろ髪を一本に纏めているのはドーン王国から変わっていない。
その一本一本に色とりどりの髪留めがいくつも留められているのもそのままだ。
真ん中で分けた長めの前髪の下、瞳も変わらず緑だけれど――服装だけはこう、パリッとした白い外套に着替えている。
一応正装……ってことなのかな?
「まず、始祖人は催眠状態にする個体と人々を使役する個体がいる、かな。今回はそのふたりが行動を共にしていたね。彼らには大きな犬歯があるけれど、これで相手を傷付け自分の血を流し込むことで体内の魔力を始祖人寄りに変質させたんだ。体への影響もあるようだけれど、いまのところ治療法はふたつ。ゾンビやレイスに効く攻撃魔法の応用で少しずつ治すか、『浄化』バフとヒールの同時使用かつ魔力回復の妙薬を呑ませることで治す、かな。三つ目として始祖人の血から薬を作っているけれど、これは誰かに試さなければならないし、量産に時間が必要になるかもしれない。だけど確実に治せると僕は考えている、かな」
やっぱり。予想通り古代の魔力が関係していたんだな。
グランはそこまで聞くと顎髭から一旦手を離す。
「使役されちまうのは古代の魔力が多い奴らだ。そうでないやつは昏睡状態になる。始祖人の血を流し込まれたあと昏睡しなかった場合、無意識に始祖人のところへ向かうようになってるみてぇだな。目印は始祖人の血でできた石かもしれねぇ。ここに現物がある。目的は不明だが『お前たちは弱くなった。なら再び統治されればいい』とか言っていやがった。それとフェンリルは始祖人の匂いを追えるぞ」
「ふむ、さすが〔白薔薇〕だ。そんなことまでわかっているとはね」
無駄に爽やかな空気を撒き散らしたシュヴァリエはグランの差し出した袋から黒い石のような塊をひとつ摘まみ出した。
アルミラさんがフンと鼻を鳴らして情報を付け足す。
「それ、十年前にタトアルが山の色々な場所に埋めていたやつよ。セウォルは縄張りだって言っていた」
「なるほど。報告書に記載があったものだね。君たちはタトアルを捕縛したが先の戦闘で彼の者は自害か。研究者殿、薬の研究は進みそうかい?」
「うん。基本はできているものだからね。調整できれば大丈夫、かな」
「承知した。では僕たち〔グロリアス〕と王国騎士団からの情報を伝えよう」
シュヴァリエはそう言うと懐から地図を取り出した。
◇◇◇
ラナンクロストでは少なくとも五つの町で被害が出ていてね。
残念ながら命を落とした者も少なくない。
ここを襲撃した黒い龍のような魔物も目撃されているが、始祖人らしい人物は確認できていないよ。おそらくは一般人に紛れ込んでいるのだろう。
王国騎士団でも隊を分け対応に当たっているけれど状況は芳しくないのが現状だ。
自我を失って町を襲う者たちを制圧するのに苦戦したうえ、実力のある者たちが自我を失っていくからね。
そこで僕も受け継いだ血、その魔力に思い至った。
実力のある者たちと戦うにはそれなりの対応が必要だ。
そのための部隊も編成してあるので君たちには協力を要請する。
いま〈爆風の〉がここにいないのは少々想定外だが仕方ないね――操られた者のなかに伝説の〈爆〉のふたりが目撃された。
まずはその対応に当たりたい。
◇◇◇
「なんだと?」
グランがガタリと身を乗り出す。
ディティアは口元を押さえて息を呑んだ。
「そんな……〈爆突のラウンダ〉さんと〈爆呪のヨールディ〉さん、ということ……ですよね?」
〈爆炎のガルフ〉は俺たちの目の前で豊かな白鬚を撫でているし、〈爆風〉は俺たちと一緒にいた。
自ずと残りのふたりが誰なのかはわかってくる。
「彼らによる被害は甚大だ。大規模討伐の対象といっても過言ではないね。けれどこちらには〈逆鱗の〉のバフという切り札ができた。彼らを止め、治療をしたい。あの戦力は必要になる」
「まったく、あのふたりは問題を起こしやすくての。儂も放ってはおけん。どうか手を貸してくれんか?」
〈爆炎のガルフ〉はそう言うと「ほっほ」と笑ってみせる。
そういえば魔物討伐のとき〈爆炎のガルフ〉が張り切ってるってアイザックが言っていたな。
あれは〈爆炎〉なりの決意の表れだったのかもしれない。
「そりゃ当然構わねぇが――場所はどこだ? 人数集めるなら早く動く必要があるだろうよ?」
グランが言うと〈祝福のアイザック〉が瞳を伏せた。
「…………丘の町フルシュネ。お前らの故郷だ」
昨年もありがとうございました。
本年もどうぞよろしくお願いします!
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