表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
逆鱗のハルト  作者:
逆鱗のハルトⅢ アイシャ
785/845

騎士は誇りを捨てぬため②

「それで、返事はどうだい〈疾風の〉」


「えっ? えぇっと……。私は〔白薔薇〕のひとりでありたいのでお断りします」


 ぺこり、と。


 ディティアが頭を下げる。


 俺は心の中で拳をギュッと握り締めた。


 そうだよな、断るよな!


「でもシュヴァリエ。私、ちょっと嬉しいです。評価しているなんて貴方の口から聞けるなんて」


「ふ。評価しているとは言っていないけれどね。断られるのは残念だよ〈疾風の〉。ではせめて協力要請には応じてほしいのだがどうだろうか? 有事の際、君たち(・・・)にも頼みたいのでね」


「ええ。それなら勿論協力します。〈閃光のシュヴァリエ〉」


 シュヴァリエは微笑んだディティアに向かって優雅な礼をすると、銀の髪を手櫛でさらりと掻き上げてこっちを見た。


 いちいちキラキラしてんだよなこいつ……顔がいいのは認めるけど気に入らない。


「ところで〈逆鱗の〉。〈爆風の〉はどこにいるのかな?」


「なんで俺に聞くんだよ……。フェンと一緒にもうひとりの始祖人を追ってる。アルミラさんの無事を確認したらギルドと被害状況の話をしよう。始祖人の話も薬の話もそこで」


 俺はきっぱり答えてディティアに手招きをする。


 小走りでやってきた彼女の背に手を当て扉のほうへと促しながら、俺はシュヴァリエに付け足した。


「アイシャの現状も聞かせてもらうからな」


「わかっているよ〈逆鱗の〉。〈疾風の〉が酷く混乱しているようだから早く行くといい」


「はっ? 混乱?」


「なっ、なんでもありませんッ! ハルト君の馬鹿ッ、早く行きましょう!」


「え? 馬鹿って、ちょ、ディティア?」


 彼女は真っ赤になってシュヴァリエに一瞥くれると、さっさと部屋を出ていく。


 そういえばシュヴァリエの後ろにはずっとナーガがいたけど、あいつ全然動かなかったな。


 ちなみに、デミーグさんは薬を呑ませた冒険者たちを診るので忙しそうだった。


******


「グラン!」


「来たか、ハルト」


 俺とディティアが部屋に飛び込むと、グランたちが立ち尽くしていた。


 上半身を捻って肩越しに応えたグランの声はどこか悲痛だ。


 薄暗い部屋は血生臭くじっとりしていて、空気は重たかった。


 俺は引きつったようにヒュ、と息を吸い、彼らの前方を覗き込む。



 そこに佇むのは真っ赤な――髪とか鎧とかそんなんじゃない、鮮やかな赤に身を染めた――アルミラさん。



 そんな、嘘だろ?


「あ……アルミラさ……」


 震える声で呼びかけると、彼女は悔しそうに眉を寄せたまま横目で俺を見る。


「やられたわ」


「やられた? お、おい待ってくれよ! すぐにヒーラーを――」


「はっ、無理よ。もう息がない」


「…………えっ? ない?」


 いや息してるだろと本気で思ったけど、ディティアがちょんと俺の裾を引いて前を指すのに気付く。


 指先の示す場所を目で追うと……ああ……。


「タトアル……」


 縛られたまま項垂れている男性が目に入った。


 溢れた鮮やかな液体が服を染め上げ、ぴくりともしないその姿に俺は目を逸らす。


 アルミラさんは悔しそうに頭を振ると言葉を紡ぐ。


「目隠しはしていたけれど猿轡は取っていたから、また舌を噛んだ。さらには駆け寄った冒険者の首元に噛み付いて自分を斬らせた。最悪だわ」


「その冒険者は操られていたわけじゃないのか?」


 思わず聞くとアルミラさんは鼻を鳴らした。


「違う。あんたと同じ。動揺していたから下がらせた」


「おい姉貴、その言い方はねぇだろうよ」


「……」


 アルミラさんはチッと舌打ちをするとこっちに背を向ける。


 誰かを傷付けたり、まして命を奪ってしまったら切り換えることは難しい。


 俺も、誰かの手を借りなければできなかったから。


 重く張り詰めた空気のなかでちらと視線を送ると、ファルーアが小さく頷く。


「ミラ、とにかく状況の整理をしましょう。ラナンクロストの王国騎士団と合流できたわ」


 きっとファルーアなら大丈夫だ。なら俺は俺のできることをしないと。


 俺は考えながら部屋のなかを確認した。


 魔物が何体か転がっているけれど、眠る冒険者に被害は出ていないようだ。


 このひとたちの分も魔力回復の妙薬があれば治せるかもしれない。


 タトアルは埋葬するとしても……デミーグさんが許さないだろうし。


 いまは報告が先か――。


 するとグランが顎髭を擦りながら深く息を吐いた。


「……ハルト、ボーザック。ギルドと話してすぐ部屋を用意してもらってくれ。たぶんアイザックが先にいる。ディティアは外の様子を見てきてもらえるか。くれぐれも気をつけろよ」


「おう」

「わかった」

「はい」


 俺たちはそれぞれ返し、ファルーアとグランに場を任せて部屋をあとにする。


 ディティアはすぐに外に向かったので、俺とボーザックもギルドの受付前に急いだ。


 あそこにはギルド員がいたはずだからな。


「それにしても酷い状況になったね……やっぱりセウォルが来たのかな」


「ああ。〈爆風〉とフェンが追ってるはずだ。……なあボーザック。セウォルはタトアルを助けるつもりだったと思うか?」


 胸の奥がもやもやと嫌な気分で満ちている。


 ボーザックは俺の隣で足下を見ながら首を振った。


「俺は違うと思う。たぶんタトアルを……。この先は口にしたくない」


「だよな。俺もそう思う。……あと、ごめんな。大事なときに日和(ひよ)ってた」


 所々が破壊され、魔物の攻撃に傷付いた廊下を早足で進みながら言うと、ボーザックは小さく笑った。


「なに言ってんのさ。逆でしょ、謝るのは俺のほう。怖かったらまた手でも繋ごうか?」


「は? もういらないに決まってるだろ! 真面目に言ってるんだぞ」


 その肩を拳で軽く突くと、彼は底抜けに明るい声で言う。


「あははっ。でもほら、ファルーアが言ったとおりだよ。ハルトが頑張ったから、たくさんのひとを一度に治すことができそうなんだ。だからもっと堂々としててよ。俺たち皆で支えるからさ」


「……お前それ、言ってて恥ずかしくないのか?」


「ええ⁉ ちょっとさー、それさー、ハルトに言われるのだけは断固拒否だかんね、俺ー」


「なんだよそれ……?」


「ハルトはハルトだかんね。ほら、受付だ。行こう!」


 自分が犯した過ちが脳裏を過ったけれど、もう吐いたりはしなかった。


 あのときの怖さは憶えている。だからそれを先に活かしたい。


 いまは、そう思えた。



もういくつ寝ると……。

こんばんは!

本日もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ