騎士は誇りを捨てぬため②
「それで、返事はどうだい〈疾風の〉」
「えっ? えぇっと……。私は〔白薔薇〕のひとりでありたいのでお断りします」
ぺこり、と。
ディティアが頭を下げる。
俺は心の中で拳をギュッと握り締めた。
そうだよな、断るよな!
「でもシュヴァリエ。私、ちょっと嬉しいです。評価しているなんて貴方の口から聞けるなんて」
「ふ。評価しているとは言っていないけれどね。断られるのは残念だよ〈疾風の〉。ではせめて協力要請には応じてほしいのだがどうだろうか? 有事の際、君たちにも頼みたいのでね」
「ええ。それなら勿論協力します。〈閃光のシュヴァリエ〉」
シュヴァリエは微笑んだディティアに向かって優雅な礼をすると、銀の髪を手櫛でさらりと掻き上げてこっちを見た。
いちいちキラキラしてんだよなこいつ……顔がいいのは認めるけど気に入らない。
「ところで〈逆鱗の〉。〈爆風の〉はどこにいるのかな?」
「なんで俺に聞くんだよ……。フェンと一緒にもうひとりの始祖人を追ってる。アルミラさんの無事を確認したらギルドと被害状況の話をしよう。始祖人の話も薬の話もそこで」
俺はきっぱり答えてディティアに手招きをする。
小走りでやってきた彼女の背に手を当て扉のほうへと促しながら、俺はシュヴァリエに付け足した。
「アイシャの現状も聞かせてもらうからな」
「わかっているよ〈逆鱗の〉。〈疾風の〉が酷く混乱しているようだから早く行くといい」
「はっ? 混乱?」
「なっ、なんでもありませんッ! ハルト君の馬鹿ッ、早く行きましょう!」
「え? 馬鹿って、ちょ、ディティア?」
彼女は真っ赤になってシュヴァリエに一瞥くれると、さっさと部屋を出ていく。
そういえばシュヴァリエの後ろにはずっとナーガがいたけど、あいつ全然動かなかったな。
ちなみに、デミーグさんは薬を呑ませた冒険者たちを診るので忙しそうだった。
******
「グラン!」
「来たか、ハルト」
俺とディティアが部屋に飛び込むと、グランたちが立ち尽くしていた。
上半身を捻って肩越しに応えたグランの声はどこか悲痛だ。
薄暗い部屋は血生臭くじっとりしていて、空気は重たかった。
俺は引きつったようにヒュ、と息を吸い、彼らの前方を覗き込む。
そこに佇むのは真っ赤な――髪とか鎧とかそんなんじゃない、鮮やかな赤に身を染めた――アルミラさん。
そんな、嘘だろ?
「あ……アルミラさ……」
震える声で呼びかけると、彼女は悔しそうに眉を寄せたまま横目で俺を見る。
「やられたわ」
「やられた? お、おい待ってくれよ! すぐにヒーラーを――」
「はっ、無理よ。もう息がない」
「…………えっ? ない?」
いや息してるだろと本気で思ったけど、ディティアがちょんと俺の裾を引いて前を指すのに気付く。
指先の示す場所を目で追うと……ああ……。
「タトアル……」
縛られたまま項垂れている男性が目に入った。
溢れた鮮やかな液体が服を染め上げ、ぴくりともしないその姿に俺は目を逸らす。
アルミラさんは悔しそうに頭を振ると言葉を紡ぐ。
「目隠しはしていたけれど猿轡は取っていたから、また舌を噛んだ。さらには駆け寄った冒険者の首元に噛み付いて自分を斬らせた。最悪だわ」
「その冒険者は操られていたわけじゃないのか?」
思わず聞くとアルミラさんは鼻を鳴らした。
「違う。あんたと同じ。動揺していたから下がらせた」
「おい姉貴、その言い方はねぇだろうよ」
「……」
アルミラさんはチッと舌打ちをするとこっちに背を向ける。
誰かを傷付けたり、まして命を奪ってしまったら切り換えることは難しい。
俺も、誰かの手を借りなければできなかったから。
重く張り詰めた空気のなかでちらと視線を送ると、ファルーアが小さく頷く。
「ミラ、とにかく状況の整理をしましょう。ラナンクロストの王国騎士団と合流できたわ」
きっとファルーアなら大丈夫だ。なら俺は俺のできることをしないと。
俺は考えながら部屋のなかを確認した。
魔物が何体か転がっているけれど、眠る冒険者に被害は出ていないようだ。
このひとたちの分も魔力回復の妙薬があれば治せるかもしれない。
タトアルは埋葬するとしても……デミーグさんが許さないだろうし。
いまは報告が先か――。
するとグランが顎髭を擦りながら深く息を吐いた。
「……ハルト、ボーザック。ギルドと話してすぐ部屋を用意してもらってくれ。たぶんアイザックが先にいる。ディティアは外の様子を見てきてもらえるか。くれぐれも気をつけろよ」
「おう」
「わかった」
「はい」
俺たちはそれぞれ返し、ファルーアとグランに場を任せて部屋をあとにする。
ディティアはすぐに外に向かったので、俺とボーザックもギルドの受付前に急いだ。
あそこにはギルド員がいたはずだからな。
「それにしても酷い状況になったね……やっぱりセウォルが来たのかな」
「ああ。〈爆風〉とフェンが追ってるはずだ。……なあボーザック。セウォルはタトアルを助けるつもりだったと思うか?」
胸の奥がもやもやと嫌な気分で満ちている。
ボーザックは俺の隣で足下を見ながら首を振った。
「俺は違うと思う。たぶんタトアルを……。この先は口にしたくない」
「だよな。俺もそう思う。……あと、ごめんな。大事なときに日和ってた」
所々が破壊され、魔物の攻撃に傷付いた廊下を早足で進みながら言うと、ボーザックは小さく笑った。
「なに言ってんのさ。逆でしょ、謝るのは俺のほう。怖かったらまた手でも繋ごうか?」
「は? もういらないに決まってるだろ! 真面目に言ってるんだぞ」
その肩を拳で軽く突くと、彼は底抜けに明るい声で言う。
「あははっ。でもほら、ファルーアが言ったとおりだよ。ハルトが頑張ったから、たくさんのひとを一度に治すことができそうなんだ。だからもっと堂々としててよ。俺たち皆で支えるからさ」
「……お前それ、言ってて恥ずかしくないのか?」
「ええ⁉ ちょっとさー、それさー、ハルトに言われるのだけは断固拒否だかんね、俺ー」
「なんだよそれ……?」
「ハルトはハルトだかんね。ほら、受付だ。行こう!」
自分が犯した過ちが脳裏を過ったけれど、もう吐いたりはしなかった。
あのときの怖さは憶えている。だからそれを先に活かしたい。
いまは、そう思えた。
もういくつ寝ると……。
こんばんは!
本日もよろしくお願いします。