自棄は強さを求むるため②
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「皆さん、外も魔物だらけのため無理に動かないで! 冒険者たちが対応しています!」
ギルド受付は避難してきた人々でいっぱいだった。
ギルド員が人々を宥めて落ち着かせている。
鍛治師の町なだけあって武器や防具の調整や購入をしにきた冒険者がそれなりの数いるはずだ。
きっと大丈夫、そう思うけど。
もしかしたら王国騎士団も似たような状況にいるのかもしれない。
俺は部屋の隅で蹲って呼吸を整えた。
あーくそ。本当になにやってるんだ、こんなときに。
皆が戦ってるはずなのに――。
時折、魔物の咆哮が轟いて建物が揺れる。
あちこちから押し殺した悲鳴や嗚咽が聞こえて、俺は唇を噛んだ。
「…………っ」
せめて励ますとか、落ち着かせるとかできたら。
気休めでもいいから『精神安定』バフを掛けられるなら。
そう思って腕を持ち上げ、指先まで意識して手のひらを開く。
「……、……ッ」
バフを練るなんていつもやってきたことだろ。
集中しろ、集中――。
だけど練ろうとしたバフは手からこぼれ落ちるように霧散してしまった。
嘘だろ、俺……こんな。
そのとき、ガシャアァンッと派手な音がして窓が砕け散る。
飛び込んできたのは黒い魔物で、付近から大きな悲鳴が上がった。
「……っ!」
ジッとしているなんてできない。
俺は立ち上がって双剣の柄を握り絞める。
〈爆風〉に言われたはずだ。
バフが練れなくたってやれることがあるだろ! しっかりしろ!
足の裏、ふくらはぎ、太もも。
順に力を入れて立ち上がり、双剣を抜き放つ。
「そいつから離れてくれ! 俺が相手を――」
だけど。
窓から一陣の閃光が奔って――俺は。
「…………は?」
すべてを忘れ、頬を引き攣らせてしまった。
「やあ〈逆鱗の〉。こんなところでなにをしているんだい?」
「……はあ? 嘘だろ……?」
いや、むしろお前がなにしてるんだよ。
俺が心の底から嫌な気分なのが伝わったのか、シュヴァリエはフッと鼻で笑った。
「〈閃光の〉、と付けてくれてもいいよ〈逆鱗の〉。さあ、全部片付けてしまおうか」
いや声に出して呼んでないけどな! なんだよ!
夕陽に輝く銀髪は相も変わらず襟足が長めで、切れ長の瞳は冴えた青。
ラナンクロスト王国を象徴する濃い青色のマントが動きに合わせてはためくと、人々から歓声にも似た声が上がった。
「お、王国騎士団だ! 援軍だ!」
「よいせっと。おい、怪我人はいるか? すぐヒールしてやるから出てこい。……っと、んん? 〈逆鱗の〉? おお、元気してたか?」
さらに窓から飛び込んできたのは黒ローブにとげとげしい杖のイカツいヒーラー、〈祝福のアイザック〉だ。
黒髪黒眼なのはボーザックと似ている――というか、本当に親戚みたいだもんな。
「なんだお前、相当顔色悪ぃな? 吐いた痕があるぞ。腹でも壊したか?」
「え? あ、いや……」
俺は慌てて腕で口元を拭う。
困惑していると窓の外に真っ赤な炎が踊った。
「〈爆炎〉の爺さん張り切ってんなあ。……まあいい、怪我人はいないようだし外に合流するか〈閃光〉?」
「そうしよう。〈逆鱗の〉、君も来るといい」
なんでお前なんかと、と思ったけれど……俺は大袈裟にため息を吐き出して無言で踏み出す。
いまはどこにいたってなんの役にも立たないんだ。
こいつらといたところで――変わらない。
わかってはいる。だけど、ここに残るよりマシだった。
なにもできないまま、誰かが襲われるのを見るよりは。
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外にいた魔物たちはほとんど制圧されていた。
予想通り冒険者は多かったし、空からもユーグル――というか、風将軍の援護があったからだ。
一際大きい怪鳥がいるってことはロディウルがシュヴァリエたちを運んできてくれたんだろう。
俺は走りながらアイザックにざっくりと状況を説明し、迷ったけど『浄化』のバフについても伝えることにする。
当然、俺の状態も。
その途中で〈爆炎のガルフ〉と〈迅雷のナーガ〉も合流し〔グロリアス〕が揃ったところでシュヴァリエは足を止めた。
「さて。ここはもう問題ないだろうね。〈爆炎の〉、〈迅雷の〉。君たちは念のためもうひと周りしてきてくれ。では僕たちも行くとしようか」
「は? どこに行くつもりだ?」
「答えは簡単だよ〈逆鱗の〉。〔白薔薇〕のところに決まっているじゃないか」
「え?」
「俺たちは始祖人についての話を聞きにきたんだ。ほかの地域にも操られてるやつらがゴロゴロ出てるからな」
アイザックはそう言うとズンと杖を地面に下ろす。
「お前の状況はあるが、とりあえず制圧しないことには話もできないだろ。ついでにそのセウォルってのがいりゃいいんだが」
「……」
俺が唇を引き結んだのがわかったのかもしれない。
アイザックは眉尻を僅かに提げて困ったように笑った。
「まあ、なんだ。元気出せ。あとで俺がその眠っているやつを診てやるから」
「アイザック……ありがとう」
「なんだ、随分素直だな〈逆鱗の〉」
「いま揶揄われると地味にしんどいからやめてくれる?」
「おっ……おぉすまん……そうか、そうだよな……」
「いや、そんな素直に謝られるのもなんか傷付くんだけど?」
「おい、お前面倒くせぇな!」
「……ふ」
少しだけ口角が上がる。
アイザックは俺の肩を――グランやボーザックがするように拳で突くと、ボーザックに似た人懐っこい笑顔をみせた。
おはようございます!
昨日更新したかったのにすっかりねこけていました。
本日もよろしくお願いします!