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逆鱗のハルト  作者:
逆鱗のハルトⅢ アイシャ
780/845

自棄は強さを求むるため①

******


 ディティアを見送り、ベッドに座ったまま両足を床につける。


 ひやりと固い感触をつま先から踵へと感じ、体重をかけた。


 大丈夫、立ち上がるのに問題はなさそうだ。


 頭はズキズキと痛むけれど薬のせいだろう。


「俺は俺の戦いを――か。本当に格好悪いなぁ俺」


 ブーツを履き、呟きながら顔を上げる。


 小さな部屋を照らす明かり取りの窓からこぼれる日の光は紅い。


 もう夕方なのか――。


 なんでもいいから違うことを考えよう、考えようと試みるけれど、脳裏に弾けて消えていくのは俺のバフが誰かを傷付ける瞬間。


 何度も何度も繰り返し見えるそれに吐き気がする。


「…………はー、落ち着け……」


 とはいえ、だ。


 ディティアを見送ったからってここでジッとしているわけにはいかないよな。


 俺は手を上げて……ぎゅっと握り締めた。


「……よし、大丈夫。いける」


 そう自分に言い聞かせるようにして一歩踏み出す――が。


 ドゴオォォンッ!


「おわっ⁉」


 さっきと同じ激しい音がして建物が揺れる。


 天井から砂粒がパラパラとこぼれてきて俺は目元をかばいながら扉を開けた。



「戦えるやつは出ろ! 戦えないやつは受付前に行け!」



 視界に飛び込んできたのは慌ただしく駆け抜ける冒険者たち。


 廊下の先では戦いの音が響き、俺は咄嗟に双剣の柄を握った。


 埃が舞っているのか視界が悪い。


「なにが起きてるんだ⁉」


「すごい数の魔物がギルドを襲ってるわ! あんたも戦えるなら手を貸して!」


 問い掛けると、目の前を駆け抜ける冒険者が長い髪を束ねながら教えてくれる。


 俺はハッとしてもう一度廊下の先を見た。


 あそこは……アルミラさんがいる部屋じゃないか?


「……っ」


 戦える。大丈夫、俺は戦える!


 駆け出す俺の前後にも冒険者。


 天井を舐めるようにぶっ飛ばされてきたのは翼を持つ蛇のような黒い魔物だ。


「こいつ……セウォルの……!」


 一匹落として連れてきたやつは隔離してあるはずだけど、すごい数ってことはそいつが逃げたんじゃない。


「まさか……」


 俺は前にいる冒険者を押し退けるようにして速度を上げた。


「大丈夫、大丈夫……俺は……」


 俺は、バッファーなんだから――!


 瞬間、部屋から弾き出された黒い魔物が壁にぶち当たり一陣の風が吹き抜ける。


「……なんだ〈逆鱗〉、もういいのか?」


「ば、〈爆風〉……」


 凄まじい速度で振るわれた双剣が魔物を両断し、彼はくるくるっと剣を回して俺を見た。


 琥珀色の瞳がすべてを見通しているようで、俺は思わず目を逸らす。


「ふむ。〔白薔薇〕がデミーグのところに向かったが――お前は下がれ」


「……え」


「この魔物がいるならセウォルも近くにいるだろう。再び操られている(・・・・・・)可能性もある」


「それは、でも……俺」


「いまバフが練れるか、バッファー」


「ッ」


 鋭い刃のようなひと言だった。


 俺がびくりと身を竦めると、部屋からヌッと顔を出したフェンが『ガウゥ』と唸る。


「俺はフェンリルとセウォルの臭いを追う。いいか、お前は下がっていろ」


「…………」


 返せない。返せなかった。


 俺はバッファーなんだと口にできなかったし、なにより、手を上げたとき――バフを練れなかったんだ。


 握り締めて誤魔化したけれど、わかっていた。


「責めはしない。お前はお前自身と戦っているところだ。わかるか」


「……ああ」


 絞り出した声が震える。


 情けなくて涙がこぼれそうだ。


 ディティアも言っていたじゃないか。


 俺は俺の戦いをしろって――。


「タトアルはアルミラと冒険者に任せてある。お前は避難している一般人とともにいろ。……もし魔物に突破されるようなことがあれば双剣で戦え、いいな」


「――わかった」


 俺はなんとか頷いて踵を返す。


〈爆風〉とフェンの気配が部屋の外へと消えていくのを感じた。


 あちこちで戦いが繰り広げられているのに、自分は役立たずだ。


 双剣で戦うことはできるかもしれないけど、正直、いまの自分の状態が怖い。


 本当に剣を振るえるか?


 体術を駆使して誰かを守れるか?


 バフがなかったら――俺はいったいなんだ?


「うわっ!」


 そのとき、目の前に転げてきた冒険者に魔物が飛び掛かった。


 翼を広げたそいつは決して大きくはない。


 だけど咄嗟に腕を上げた俺は固まった。


『肉体強化』? 『肉体硬化』? 『反応速度アップ』?


 あれ、変だな。バフってなにをどうやって――?


「おああぁっ!」


 転げた冒険者が雄叫びとともに長剣を突き上げ、魔物を突き刺す。


 体の上で沈黙した魔物を掴んで投げ捨てると、彼は「ぶはぁっ」と息を吐き出した。


 俺はその瞬間、どっと噴き出した冷や汗に蹌踉めく。


 いま、もしも目の前の冒険者が剣を突き出せなかったら?


 俺、ただ傍観していただけで…………。


「うっ……げほっ」


 胃液が逆流してきて口からボタボタとこぼれる。


 起き上がった冒険者は体を折って吐く俺に気付くと背中を軽く叩いた。


「駆け出しか? 無理するなよ」


「……う」


 ――違う。


 駆け出しなんかじゃない。


 俺、俺は…………。


 口元を拭った俺は左手を上げて『大丈夫』と示し、ふらふらと歩き出した。

 

 どうしたらいいのか、なにもわからなかった。

 

こんばんは!

本日もよろしくお願いします。

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