知己に思いを馳せるため⑦
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「ねぇタトアル。その頬は痛まない? 痛んでくれると嬉しいけれど」
そう話すアルミラは至極楽しそうだった。まるで悪役だ。
グランはそれでも身動ぎひとつしないタトアルをしげしげと眺める。
アルミラがぶん殴ったらしい頬は晴れ上がっているが、目隠しをしてあるため感情はいまひとつわからない。
猿轡は外してあったが舌を噛む様子はいまのところなさそうだ。
思えば遠い昔の記憶でも彼は無口で淡々としていた。
ちなみにハルトのバフで起こったことはまだ話していないため、タトアルには状況がわからないはずである。
「……ふ、私のほうがセウォルに大切にされていたってことね。命までは取られなかったもの」
アルミラは笑みをこぼして続けるが、僅かに動いたタトアルの指先を見逃さなかった。
「あら、私のほうがお気に入りだと悔しいのかしら?」
そのときグランとボーザックの後ろにある扉がギッと軋んで開く。
「あれ、〈爆風のガイルディア〉にフェン。どこか行ってたの?」
ボーザックが聞くと入ってきた〈爆風〉は人さし指を口元に当て、担いでいた麻袋をドサリと床に下ろした。
「……!」
このとき初めてタトアルが身動ぎ息を呑む。
「なぁに、フェンリルとちょっとした狩りにな。一部は持ち帰ったぞ」
「せ……セウォルになにをした」
「はっ、私とは話すつもりはなかったくせに喰い付いたわね」
「黙れ! セウォルになにを――ガッ⁉」
「……いま黙るのはお前だろう。狩られる側の気持ちはどうだ?」
喚くタトアルの下顎を掴み上げ〈爆風のガイルディア〉が殺気に満ちた声で問うた。
タトアルの指先が不自然な形で強張っているのがグランからはよく見える。
怯えているのだ。
「お、お前は――いったいなんだ。セウォルは……セウォルは、どうし……」
「臭うだろう? セウォルの血が。あの袋になにが入っていると思う。ああ、理想をなくしてお前がどれほど耐えられるのかは興味があるからな。ゆっくり考えてくれて構わん」
唇を引き結んだグランの背中を、ボーザックがつんと指先で突いた。
(えぇっとグラン? 俺、全然わからないんだけど。どんな状況?)
(ハルトがぶっ倒れたあと〈爆風〉とフェンは石ころ探しに出たんだよ。中身はそれのはずだが……タトアルの野郎はセウォルだと勘違いしてるみてぇだな)
するとボーザックとグランの視界の端で金髪がさらりと揺らめく。
(お察しのとおりよ。デミーグに確認したら石は血でできていた――あの動揺っぷりをみるにセウォルの血でできたもののようね)
(ファルーア。もう魔法はいいのか?)
(ええ。覚えて一通りかけてきたところよ。予想はしていたけど、この方法じゃ数年かかりそうだわ。いつか、なんて悠長なこと言っていられないのに)
(……ちょっと待て。数年? そんなにかかっちまうのか?)
(ええ、残念ながら。やっぱり薬が必要になるわね)
グランはファルーアの返答に顎髭を擦り、大きくため息をついた。
(くそ。自我を失ったやつと戦う可能性もあるってのに)
「お前たち、ひとを集めてどうするつもりだ? 話すならセウォルの居場所に連れていってやろう。意識があるかは別だがな」
「……。知己に思いを馳せていた」
「知己?」
「お前たちは弱くなった。なら再び私たちに統治されればいいのだ」
タトアルの声は心なしか震えている。
〈爆風〉はそんなタトアルの顎を掴んだ。
「俺を倒せずして統治とは呆れる」
「はっ、さすがにあんたは適応外なのかもね〈爆風のガイルディア〉。もう情報を吐くつもりもないようだし、デミーグに渡しま――」
アルミラが言いかけた――そのとき。
まるで雷のような轟が響き渡った。
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ドゴアァァアッ!
凄まじい音とともにベッドが揺れ、俺は跳ね起きて息を吸った。
「……ッは!」
なんだ⁉ なにが起きた⁉
ドアを睨みながら咄嗟に双剣を握ろうとベッド脇を探ると……ん? なんか柔らかい……?
「……あれ?」
「あの、お、おはよう。ハルト君……」
「ディティア? って! おぉわっ!」
握っていたのは彼女の手で、慌てて放すと彼女は泣きそうな顔をする。
う、そんなに嫌だったか?
「ご、ごめん……」
「え? あ、ううん! 大丈夫? 気持ち悪くない?」
謝る俺にディティアはぱっと頬を染め、顔の横で両手をひらひらさせた。
瞬間、俺はどうして眠っていたのかを思い出す。
いや、正確には「眠らされた」んだけど。
「――う」
途端に込み上げるのは胸の奥、腹のなかをぐうっと握られるような違和感。
頭がズキズキと痛み、思わずギュッと瞼を閉じる。
忘れていた自分に嫌気がさすな。
「は、ハルト君!」
「ごめん、大丈夫。俺は大丈夫だ…………彼はどうなった? さっきの音は?」
「あ……。えぇと、ヒーラーがなんとかしてくれて――いまは眠ってるよ。音についてはわからないけど、かなり大きかったし近かった。私、様子を見に行ってくる」
「俺も一緒に行くよ」
「えっ! だ、駄目だよハルト君! まだ具合悪いでしょう?」
「でも行かないと。俺は――」
バッファーだから。
続けたかった言葉が出なかった。
なにかあったらバフをかけて皆の補助をする……それが俺の役目だっていうのに。
そう考えたとき、まるで『知識付与』みたいに頭のなかに映像が瞬く。
俺のバフで傷付く姿。苦しむ姿が。
「……ッ、ぐ」
口元を押さえた俺の頭を――ディティアが撫でた。
「ハルト君、ごめんね」
「……えっ?」
「私、ハルト君のそういうの……一緒に背負ってるつもりだった。でも全然だったから」
「ディティア……それは」
ディティアは眉尻を下げ、困ったような泣きたいような顔で口角を引き攣らせて微笑む。
「――〈逆鱗のハルト〉。私はあなたが乗り越えると信じています。だからそれまで、私が貴方にかかる厄災を遠ざける」
「…………」
彼女はすっと息を吸うとがばりと立ち上がった。
「だからハルト君はハルト君の戦いを。――そうだよね」
そのときの――どこか凜とした表情がすごく綺麗で。
情けないけれど、胸が熱くなったんだ。
こんにちは!
年末のはずなのに……あったかいなぁとぼんやり。
というか今年もあと20日ちょっとなんて恐ろしいです。
素敵な1年でしたか?いや、まだ聞くには早いか。
それでは引き続きよろしくお願いします!