知己に思いを馳せるため④
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そんなこんなでニブルカルブ。
宿屋ではなくギルドの一室をどーんと陣取ったアルミラさんとデミーグさんに連れ帰った人々を預けると、デミーグさんが一番近くにいたひとの頬をいきなり引っ掴んだ。
優しさの欠片も躊躇いもない。
さすがに苦言を呈そうかと思ったら彼は満足そうな顔で俺を振り返った。
「うん、うん。反応はなし、かな。ふふ、楽しみだなぁ。〈逆鱗〉君! 早速バフをお願いするよ!」
「えっ、いきなり? いいのか? っていうか呼び方……」
「大丈夫のはず、かな。先に連れてきてもらった男性にアルミラと同じ方法を試して確認済みだよ。効果はあったけど体への負担が大きくてね。そのやり方だと様子を見て何回か繰り返す必要があるんだ。浄化のバフなら攻撃魔法とは違って負担が少ないかもしれない、かな。だけどなにが起きても大丈夫なように、念のため君たちのなかで誰かひとりは制圧要員として残ってもらえる、かな? それじゃあよろしく〈逆鱗〉君!」
「だから呼び方……」
「ティア、あんたがハルトと残って頂戴。残りは私と一緒にタトアルのところよ。……はっ、セウォルがいないのは残念だけど、とうとうあいつをぶん殴れるのね、滾るわ」
アルミラさんがくつくつと悪そうな笑いをこぼしながら眼をギラギラさせる。
ちなみに別室にタトアルとフェン、〈爆風〉が残っていて、最初に〈爆風〉が連れ帰った男性もそこに寝かせているそうな。
そしてロディウルとシエリア、ラウジャは昨日のうちに飛び立ったらしい。
まあ当然といえば当然なんだけど……シュヴァリエの居場所がわかったからだ。
考えてみれば王国騎士団なんてのが動けば居場所くらいはすぐわかるよな。
ディティアは俺に向けて苦笑すると隣にやってきた。
「バフでなんとかできるといいね」
「そうだな……ちゃんと効くといいけど」
俺は皆が出ていってから深呼吸を挟んでバフを練った。
「……『浄化』」
俺のバフが冒険者らしき紅眼の男を包み込む。
このバフはレイスとかゾンビとか、所謂不死の魔物に対して有効な力を付与するものだ。
だからこの男性がレイスやゾンビに近い『なにか』を持っているとしたら、このバフだけでも効果があるはず。
デミーグさんはアルミラさんに『レイスやゾンビに対して有効な攻撃魔法を使った』と言っていたから、補助であるバフなら体への負担が少ないかもってことなんだろう。
……だけど。
『ぐ、ぐがあああぁ――ッ!』
絶叫とともにびくりと男性の体が跳ねた。
「……え、は?」
『があっ、がはっ!』
男性はそのまま床に崩れ落ちると、びくびくと痙攣しながら泡を吹く。
「な、なんだこれ……え、なんで……」
俺は混乱して呆然と男を見下ろし、なにもできないままで。
そうしているうちに、まるで火傷のように肌が爛れ真っ赤な血が滲んでいった。
え、なんで?
どうして? なんだこれ?
『ぎああぁぁああッ!』
絶叫。絶叫。それはまるで断末魔のようで――。
そのとき、俺の手をギュッとディティアが掴んだ。
「ハルト君ッ! バフ消して!」
「ッ! あ、ああ!」
慌ててバフを掻き消したけれど――俺は冷静になんてなれなかった。
しゅうしゅうと音を立て、倒れ臥した男の肌からなんとも言い難い臭いが立ち上る。
既に声はなく、染み出した体液が床にこぼれ、彼はぴくりとも動かない。
動かないんだ……。
「どうした! なにがあった!」
「グランさん! すぐにヒーラーを呼んでください!」
叫び声を聞いてグランや皆が戻ってきて、ディティアが男性のそばに駆け寄ったのが見える。
「……もしかしたらと思っていたけど」
そこでデミーグさんがぽつりとこぼすのが聞こえた。
「バフの効果が直接的に体を蝕んでしまった、かな。僕の予想をはるかに超えた形で……」
瞬間、全身から力が抜けて、俺は膝を突いてしまった。
「……え、え……これ……俺の、バフの……せい?」
俺がやった、のか?
そろそろと視線を上げると――自我なんてないはずの十数人の紅い眼がジッと俺を見詰めていた。
「……あ……うッ」
瞬間、みぞおちを掴まれ捻られたような痛みとともに胃液が込み上げてきて。
俺は弾かれたように部屋を飛び出し、廊下で吐いた。
誰を押し退けたかもわからない。
「うえっ……ぐ、おえ……がはっ、はあ、は……」
ただ、ただ……混乱して、それで。
「俺、俺が……? あ、うあ……」
誰かが俺を呼んでいる気がしたけど、それもよくわからなかった。
先日のコロナに続きまたもや発熱しました。
これはインフルエンザの可能性が……病院行かないとです。
流行っているようなので皆さまもご自愛ください!
本日もよろしくお願いします。