意図をたぐり寄せるため④
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「『肉体強化』『速度アップ』! おおっ!」
二重にしたバフで肉迫し、双剣をその脳天に叩き込む。
『ブオォォッ!』
大きな猪のような魔物が太い声を上げて踏鞴を踏んだところで、フェンが一気に喉元に喰らい付き地面に捻じ伏せた。
「たああぁ――ッ!」
そこにボーザックの一撃が閃き、魔物は完全に沈黙。
顎を放して得意気に口元をペロリと舐めたフェンが『がふう』と息を吐く。
「すごいわフェン。強くなったわね」
「うんうんっ、あー、フェンは本当にいいこだねぇ。まさに銀色の風だよねぇー」
ファルーアとディティアがにこにこと褒め称えるのを、グランが渋い顔で眺めて言った。
「おいお前らー、戦う準備くらいしろー」
「気は抜いていないわ。出番はないと判断しただけで」
「はいっ、フェンに任せました!」
ふたりはそれぞれ笑顔で言うけど……。
「俺たちも戦ったんだけどなぁ」
「言わないでハルト……なんか胸に刺さる……」
「ははは。俺はお前たちに任せるつもりでいたぞ?」
「〈爆風〉のはなぁ……手抜きだしなぁ」
「失礼なことを言うな〈逆鱗〉。否定はしないが、ほかの理由もあったかもしれんだろう?」
はあ。このオジサマは本当にもう。
ボーザックと一緒に肩を落としながらため息をつく。
山のなか、アルミラさんはセウォルとタトアルという謎の男を護衛しながら川沿いを進んだと話していた。
だから俺たちもそれに倣っている。
下草が生い茂った道なき道は歩きにくいけれど、雪道を考えれば快適だ。
そんなとき突っ走ってきたこの魔物と鉢合わせしたのだった。
「さて……デカい獲物も手に入ったからな。今日はこのあたりで休むぞ。明日は早朝に出発だ」
そこでグランが言ったので、俺は『五感アップ』と『魔力感知』を広げて皆にかけ倒れた魔物に歩み寄った。
「了解。じゃあ早いところ捌こう。肉は新鮮なうちに食べたいしな」
そういえば久しぶりだな、肉!
「ハルトちょっと待ってよ。こんなときは……」
「察しがいいな〈不屈〉。目を閉じろ」
「へへ! いくよー! 一、二、三ッ!」
これも久しぶりだな、飛んでたしな。
俺は目を閉じて色濃い気配に集中した。
グラン、ディティア、ファルーア。
ボーザック、フェン…………って、あれ?
「なんだ? 誰かこっちに来るぞ?」
気配はまだ僅かで、当然〈爆風〉じゃない。
むしろ〈爆風〉は気配を隠そうともせず……そいつに向かっているような?
思わず瞼を上げるとディティアと目が合った。
「中断しましょう、ガイルディアさんが確認にいったみたいです」
彼女が頷いて細く息を吐くのを視界に捉え、俺は即座に呼吸を整える。
向こうに俺たちの気配が読まれるのを防ごうと思ったんだ。
「なにかしら……ひと? 駄目ね。私はまだぼんやりしかわからないわ」
「気配の大きさで言えば魔物って感じはしねぇな。フェンがいるのを考えると、あのくらいなら逃げるんじゃねぇかと思う。……だとしたら人間って可能性は高めだろうよ」
コソリと会話するファルーアとグランを横目に、ボーザックはゆっくりと大剣に手を伸ばす。
「ここ、敵の本拠地だったりしてねー」
「笑えないけどそれはそれで大当たりだろ」
応えて俺も双剣の柄をしっかり握った。
バフで底上げされた五感は、緑が鮮やかな深い森の香り、木々のざわめき、川のせせらぎを脳に色濃く伝えてくる。
獣たちが息を潜めたような場所で、俺たちは〈爆風〉と気配が接触したのを感じた。
「……戦っています。行きましょう」
僅かな剣戟の音が耳朶をかすめ、ディティアが流れる水のように滑らかな動きで踏み出す。
俺はそこで気が付いた。
「もっと早くに気付いてたな〈爆風〉のやつ……だからさっきも戦わなかったんだ」
思わず呟くと、俺の肩をグランがバンと叩く。
「なんにせよ敵なら叩くぞハルト」
「おう」
俺たちは〈爆風〉のもとへ一直線に向かった。
はたして、そこには。
『フーッ、フーッ……通せッ』
「それは少しばかり難しい。お前からは血の臭いがしているな。なぜだ? その紅眼は自前か?」
『通せえぇぇッ』
ぐわん、ぐわん、と。
体を不自然に揺らしながら話すそいつは、人間だった。
だけど爛々と紅に光る瞳と口からこぼれた涎は正気じゃないことを物語っている。
短髪黒髪、中肉中背の若い男。革鎧を纏って長剣を構えていることから冒険者だと判断できた。
「ふむ、言葉が通じているのかは微妙だな。同じことしか言わん。迂回する考えもなさそうだ」
男と対峙する〈爆風〉は双剣をクルクルっと回しながら言うと、爪先でトントンと地面を叩く。
「ふッ!」
速い。
踏み出して瞬時に肉迫した〈爆風〉の一撃を体を反らして躱し、男が再び大きくぐわんと揺れる。
気持ち悪い動きだった。
とはいえ、〈爆風〉の動きはそれをものともしない。
さらに一歩詰めた足が地面に到達し、伸び上がる反動でもう一撃。
閃いた切っ先が男の鼻を掠めて血が舞った。
「ふむ。硬さもない。魔力結晶の効果とは違うかもしれん」
『がうぅッ!』
瞬間、飛び出したフェンが男を弾き飛ばし、倒れ臥したその背を踏み付けた。
「はは。いいぞフェンリル。力も強化されてはいないようだな」
『通せぇ、通せええ』
土を口に含みながら尚も口にする言葉に、この先にはなにかがあるのだと予想できる。
「とりあえず縛っちまうぞ。ボーザック!」
「うん!」
グランとボーザックが男を縛り上げるあいだ、俺は考えていた。
見た目は血結晶を呑んだときと似ている。だけど強化されているような感じはない。
とはいえ俺たちの到着まで〈爆風〉の攻撃を躱していたなら、そこそこ強いんじゃないだろうか。
どこかに向かっていたみたいだし、ここは――。
すると、俺が思ったことをファルーアが口にした。
「泳がせるのがいいかもしれないわね」
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