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逆鱗のハルト  作者:
逆鱗のハルトⅢ アイシャ
770/845

意図をたぐり寄せるため③

******


 身震いするほど寒かったドーン王国とは違って、ラナンクロスト王国――というかアイシャ全般は温暖で過ごしやすい。


 風将軍(ヤールウィンド)の背から飛び降り、温かく豊潤な空気を肺に流し込んだ俺は思いっ切り伸びをした。


 陽射しは柔らかく頬を照らし、視界いっぱいの豊かな草木が風に優しく揺られている。


 これだよ、この空気の匂いと味。懐かしさすら感じるな。


 踏み締めた土は程よく湿って硬すぎず柔らかすぎず、濃厚な香りがした。


 ここはアイシャ西側を領土とするラナンクロスト王国の北西、山脈の西端付近だ。


「この山がそうなのか?」


 俺が聞くと肩を回し終えたグランが顎髭を擦りながら頷く。

 

「ああ。ここで姉貴は失踪した」


「はっ、懐かしいようでそうでもないわね。……それじゃ私とデミーグは『ニブルカルブ』で情報収集しておくわ。ラナンクロストの守護神の居場所がわかればいいわね」


 案外興味なさそうに右手を振って、アルミラさんが言う。


 ちなみに『ニブルカルブ』は俺たちが飛龍タイラントの素材を持ち込み加工してもらった鍛治士の町である。


 ロディウルは並んで羽を休めている怪鳥たちを労いながら笑った。


「場所がわかれば俺が書面を届けたらええんやな。なんや伝言があれば伝えとくで〈逆鱗〉」


「なんで俺なんだよ。あいつに伝えたいことなんかなにひとつ…………あー、いや、そうだな……」


 ひとつだけあった。


 俺は唇を引き結んでロディウルに近付き小声で内容を告げる。


「……カナタさんたちのこと、礼を言っといてくれ。言えばわかるから」


「ほお? 礼な? れッ、モゴォ」


「ちょっ、声がデカい!」


 俺は右手を突き出してロディウルの口を塞ぎ、左手の人さし指を自分の口元に立てた。


 ニヤニヤしながら両手を肩の位置でひらひらするロディウルに悪態のひとつでもついてやりたいけど、既に背中に皆からの温かーい視線を感じる。


 俺はぐう、と呻いてから腕を組んでそっぽを向いた。


 ふん、なんで俺がこんな気持ちにならないといけないんだよ。


「はは、そう怒ることないやろ〈逆鱗〉! 災厄になったふたりの治療状況についても報告があれば共有したるから機嫌直しぃや!」


「……正直そこは大丈夫な気がしてる」


 俺は鼻ふんとを鳴らしてから、腹いせに微笑んでいるボーザックの肩をばしんと叩いてやった。


「いっ、いたッ⁉ えっ、俺⁉ なんで!」


「よし、とにかく急ごう。なにが起きてるのかもまだ俺たちにはわからないし!」


 ボーザックを無視して告げると、キョロキョロしていたシエリアと空を仰いでいたラウジャが振り返る。


「それじゃ手筈通り僕とラウジャもアルミラさんたちと行きますね! ロディウル、お願いします!」


「各国への伝言があれば任せときな! こう見えてそれなりにギルドとは付き合いがあったからねぇ!」


 シエリアはドーン王国の王子というだけでなく、東にある山岳の国ハイルデンの王族の血も継いでいる。面識はないらしいけど、ハイルデン王であるマルベルならわかるだろう。


 なにかあれば俺の名前を出すように言ってあるしな。


 ラウジャは一時〈爆風〉とパーティーを組んでいたらしいし、二つ名もあるくらいだからギルドでも名が知れていたはずだ。


 各国への伝言役には向いている。


 デミーグさんを守る必要もあるから、彼らにはアルミラさんと一緒に行動してもらうことにしたのだ。


 ロディウルと風将軍(ヤールウィンド)がいれば迅速な連絡ができるしな。


「ほな、さっさと行くで。なにかあれば報せたるわ」


「ああ頼む。そっちになにもなけりゃ、俺たちは十日でニブルカルブに戻るつもりだ。それまでに戻らなかったらなにかあったと思ってくれ」


 グランはそう言うと山を見上げる。


 ロディウルたちはすぐに飛び立って、文字通り風のように空を駆け抜けていった。


 俺はしばらく無言のグランの隣に立って同じように山を見上げる。


 なんの変哲もないただの山、そう思うけれど……。


「〈爆風〉、なにか感じるか?」


「そういうお前はどうだ〈逆鱗〉」


「えっ? えぇと……気配はいまのところ近くには感じない。魔力……は、正直さっぱりだ。ただドーン王国と比べたらこう、モヤモヤしてないな。それだけ魔力が薄いんだと思う」


 反対に聞き返されるとは思ってなかったんで、俺は慌ててモゴモゴと口にした。


〈爆風〉はニッと笑うとディティアとファルーアに向き直る。


 彼女たちは久しぶりに行動をともにする巨獣と戯れていた。


「〈光炎〉、〈疾風〉、お前たちはどうだ」


「魔力に関してなら、はっきりは感じないわ。なんとなくある(・・)気がするけれど、魔物の魔力かもしれないわね」


「ふわぁ、温かい~……はっ! 私もですか⁉ えぇとあの、ファルーアと近いかな。気配ははっきりしていないです。離れてるみたいで」


 フェンに顔を埋め恍惚の表情を浮かべていたディティアがビッと姿勢を正す。


「フェンがいるから普通の魔物は寄ってこないのかもしれません」


『がふ』


 尾を揺らし得意気に息を吐くフェンを見つつ、俺は妙に納得して頷いた。


「俺の感じかたも間違いではなさそうか……。それで〈爆風〉はどうなんだよ?」


「うん。聞いたらつまらんだろう? お前たちの鍛練にもなるからな」


「ええ? いまそんなこと言ってる場合か?」


「まあ〈爆風のガイルディア〉だしねー。グラン、俺たちも行こうよ」


 ボーザックはカラカラ笑うとグランの肩にトンと拳をぶつける。


「セウォルとタトアル……だっけ? 思いっ切りぶん殴るためにさ!」


「――ああ、すまねぇな。少しボーッとしちまってた。行くぞお前ら!」


 叩かれた肩をはっと跳ねさせたグランが苦笑しながら歩き出す。


 すぐにフェンが追随し、俺たちは下草を掻き分け、ときに踏み締めながら進み始めた。


 まずは痕跡探しからだ。


 なんのために石なんて埋めていたのか知らないけど、なにか意図があったのかもしれない。

 


 アイシャでの冒険が――幕を開けた。

 


いつもありがとうございます。

引き続きよろしくお願いします!

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