空ははれわたるのです②
そして次の瞬間には天地がぐるんと回り、どういうわけかうつ伏せで冷たい床に激突。
「ぐはっ……」
肺が絞られて口から漏れた空気に、俺は懸命に息を吸おうと喘ぎながら即座に立ち上がる。
当然体は軋むけれど、動けないなんて言っている場合じゃない……! なんだ⁉ なににやられた⁉
「ごほっ、皆、だいじょ――……ぶ、うん?」
霞む双眸を凝らした俺の前、今度は白――というか白銀が煌めく。
そして大きな毛玉が俺の頭をぐわんと叩いて遠ざかった。
…………これはいつものアレだ。
間違いなく、俺を馬鹿にするときの……。
「…………えっ、は? フェン……?」
見上げると、テーブルと俺の間に四つ脚で立つそいつは『ぐるる』と喉を鳴らす。
いや、だけど……。
「な、なんかデカくないか……」
そう。めちゃくちゃ成長しているというか、なんというか。
大きさで言うならグランを悠に凌ぐ。
そのグランもぽかんと口を開けているし、すまし顔をしているのは〈爆風〉くらいだ。
「はっはは! 大ッ成功やなッ! 元気そうやんか〔白薔薇〕!」
そのとき晴れ渡る空のような突き抜けた清々しさで言い放ったのは……窓枠に半身を寄り掛からせた濃い緑髪の青年。
よっ! とばかりに右手を挙げると、彼はひらりと部屋に入ってきた。
窓の外に巨大な怪鳥が羽ばたいているのがわかる。
「やー、ばれへんように気配殺してはるか上空待機ってのもしんどーてなぁ。合図待たずに邪魔させてもらったで!」
彼の額には大きな冠羽が飾られた髪飾り。
快活で溌剌とした紅い瞳が細められて、俺はようやく事態を飲み込んだ。
「ロディウル……ってことは、シエリアお前ッ! まさか……!」
「あはは、お察しの通りですハルト君。例の文通相手さんのはからいで彼らも近くに陣を移してくれていたようで……すぐに連絡がついてしまいました」
「また……また手のひらの上かよ! いや、悔しくなんかない、ないぞ――あの嫌味で爽やかな空気なんて微塵も感じない……!」
「随分こじらせてるねーハルト?」
「うるっさいぞボーザック!」
「あら、照れなくてもいいじゃないの」
『あおん』
ファルーアの突っ込みに即座に相槌を打ったのはフェンだ。
「お、お前……! このーッ!」
これだけ大きいんだ、さぞかし極上の毛並みに違いない。
咄嗟に両腕を突き出すと、彼女はその巨躯からは想像もつかない軽やかさでテーブルを跳び越えてロディウルに寄りそう。
ふすーっと鳴らされる鼻は健在だ。
「ふ、ふぇ……フェン~ッ! 会いたかったよぉー!」
瞬間、同じようにテーブルを越えてその毛皮に飛び込んだのは我に返ったディティアだった。
「元気にしていた? 大きくなったね、もう膝に乗せるのは無理になっちゃったかな……フェンー!」
もふもふに埋まったディティアの声が少し涙声だったんで、俺は腕を降ろして苦笑する。
……そうだ、楽しみにしていた再会なんだ……。
温かな気持ちが胸に広がって鼻の奥が熱を持つ。
けれど、その熱をぶった切ったのはアルミラさんだった。
「…………高そうな毛皮ね」
「おい姉貴、冗談言ってんじゃねぇよ……」
「フェンは俺たち〔白薔薇〕のひとりだよ。なんと二つ名まであってさ! その名も〈銀風のフェン〉!」
呆れるグランに笑ってからアルミラさんに胸を張るボーザック。
あれ、こういう説明はファルーアが……と思ったら、いつの間にかテーブルを回り込んでディティアに行儀が悪いと注意しつつ……なんなら一緒にフェンを撫でていた。
まあ跳び越えたしな……そこも小動物っぽくて可愛いけど。
「ふうん、あなたがフェンなのね。素敵な二つ名だわ、よろしく。それで? そっちのがユーグルってことかしら?」
アルミラさんは既に武器を収めていて、その背に庇われていたデミーグさんはフェンを見て目を輝かせている。
シエリアパーティーは俺たちを見守るつもりのようで、好き勝手に食事していた。
「ははっ、〈豪傑〉の姉ってのは聞き間違いやなさそうやなぁ。雰囲気がよく似てるわ。初めまして姐さん。俺はユーグルのウル。ロディウルや」
ロディウルは心底楽しそうに破顔すると爽やかに名乗って手近な軽食を摘まむ。
「待ちくたびれて腹減ったわー。喉もカラカラやし、食事しながら話そかー」
「お前は相変わらずだな」
「ふふん、そういうあんたもや〈爆風のガイルディア〉?」
手近にあった水の器に酒を注いで、ロディウルは〈爆風〉とガツンとぶつける。
あれ。このふたりってそんなに仲よかったのか?
そういえば知らないなと思いながら、俺は皆を見回した。
皆、いまだけは緊張を緩めているようで表情は穏やかだ。
誰かと誰かの繋がりが、また新しい繋がりになっていく。
俺の繋がりも同じように広がっていく。
なんだろうな、こう――予感がするんだ。冒険が始まるぞ、ってさ。
アイシャで起こっていることは決していいことじゃない。
でもきっと大丈夫。俺たちはたくさんのことを乗り越えてきたんだから。
「よしロディウル! まず相談があるんだ! 一応確認するけど……ここでは話してもいいんだよな?」
俺は〈爆風〉が注いだ酒を一気に煽って杯をテーブルに置く。
災厄になったふたりのことは勿論、始祖の薬について話す必要がある。
当然、血結晶にも触れることになるからな。
するとロディウルはニヤリと腹の底を隠したような笑みを浮かべ、次の酒を俺の杯に足して頷いた。
「ま、仕方ないやろな。核心に触れる話はせんのやろ?」
核心っていうのは血結晶の作り方そのもののことだろう。
俺は頷きを返してロディウルの杯にも酒を足し、腰を据えた。
「……じゃあ早速。災厄になった人間がふたりいるんだけど」
「ほー、災厄になった……災厄に――っておかしいやろッ! なんやその爆弾はッ! 詳しく話してもらうで〔白薔薇〕ぁッ!」
ロディウルは杯を手に盛大に突っ込んでから、その中身を一気に呑み干す。
「――ぶはッ! いきなりすぎや! 俺らがまたなにか見逃してたんか⁉ いや、いやそんなはずは……! つーかあんたらなんで毎回そんなもん見つけてくるんやッ!」
「あはは! いい呑みっぷりだねロディウルー! 落ち着くためにもう一杯いっとくー?」
そこでボーザックが手を叩いて笑うと、つられたのかシエリアが凶悪な笑みを浮かべた。
「ふふ。楽しそうでなによりです。ね、ハルト君!」
いや、俺は真面目なんだけど……?
遅くなってしまいました。
昨日ほとんど仕上げていたのですが、何度読み直しても眠さが勝ってしまい……という。
睡眠は大事ですね。
本日もよろしくお願いします!