花をつみたいのです⑥
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「う、わぁ……気持ちわる……」
思わずといった様子でこぼしたのはボーザックだった。
そっと照らした先、天井から白い寝袋のようなものがひとつ垂れ下がっていて……大量の中身がキチキチと蠢いているのがわかる。
〈爆風〉の言う第一陣は卵とはまた違う袋の中にいたんだ。
その袋からうっすらと透けて見える一体一体は俺が手を開いたより二回りくらい大きい。八本の脚が見えることからやっぱりイータ系の魔物だったなと考えて……俺は双剣を抜き口を開く。
「ファルーアに一気に燃やしてもらって残りを殲滅するのは?」
「あの袋は魔力がふんだんに含まれた糸で編まれているわ。これが気配を読みにくくしているのね。普通に考えればよく燃えるはずだけれど、本体が炎に耐性を持っていたら厄介よ。一斉に出てこられたら――考えたくもないわ」
「なるほど……じゃあ……凍らせる……とか?」
俺が眉を寄せるとグランが顎髭を擦った。
「いや。ファルーア、潰せねぇか?」
「あら……ええ。それならいけそうね」
「よし。漏れ出た奴がいたら一気に叩くぞ」
「了解ー! 俺の短剣の出番かなッ!」
ボーザックが意気揚々と短剣を抜き放ち、グランも大盾を構えるけど……。
俺は一歩後ろで震えている彼女を振り返った。
「……大丈夫か、ディティア?」
「ひぁッ⁉ 大丈夫! やれる、やれる、私はやれます――!」
「ははは。全く大丈夫ではないな!」
〈爆風〉が歯を見せて笑いながらシャアンッと力強く双剣を抜き放つ。
「〈逆鱗〉、〈疾風〉を守ってやれ」
「おう、そのつもり。任せろ」
「……は、ハルト君⁉ そ、そのつもりって……!」
「ん? だってディティア戦えないだろ?」
「そんなことは……選んでいられないし……でもそうじゃなくてっ、ううー」
そうだよな、葛藤するよな。
でも苦手なものは誰にだってあるし、そのためにいるのが仲間だろ。
俺は胸のなかで頷きつつ、頭をぶんぶん振るディティアの頭をポンと撫でてからバフを広げた。
「『肉体強化』『速度アップ』『反応速度アップ』! こっちはファルーアに……『威力アップ』ッ!」
ファルーアには反応速度の代わりに威力アップで確実に仕留める確率を上げてもらう。
ディティアは俺が撫でたあたりを手櫛でささっと払い、慌てたように双剣を抜いた。
「ううう……ハルト君、絶対わかってない……」
「……うん?」
「ティア、そこは諦めなさい? でもそっちに行くことはないはずよ。でしょう? グラン、ボーザック。それに伝説の〈爆〉までいるのだもの」
「おぉよ!」
「任せてよ! 短剣の練習にもいいしねー」
「うん。気を抜いているとすべて俺が屠ってしまうぞ? 気張って倒せ」
ファルーアは頼もしい返事を聞くと龍眼の結晶の填まった杖をくるりと回し前に突き出した。
え、なんだよ……って、あれ? 俺は?
「いくわよ、突きなさいッ!」
瞬間。
足下と天井から同時に突き出した岩の塊が袋を挟み込んで押し潰す。
当然聞くに耐えない音がしたけれど、そこは聞き流すしかない。
そして岩塊と岩塊の隙間から逃れたのは……三体だ。
体色は枯葉色で……なるほど、この寒い場所なら身を隠すのに困らないかもな。
「おらぁッ!」
一体をグランが。
「やあッ!」
次の一体をボーザックが。
「もう少し歯応えが欲しかったか」
最後の一体を〈爆風〉が屠り、あたりはすぐに静寂を取り戻す。
聞こえるのは川の流れる音と俺たちの呼吸音だけだ。
「心配いらなかったでしょう? ティア」
「ううー、ファルーアぁ~」
ディティアはファルーアに飛びつき、ファルーアがその背中を左手でポムポムと叩く。
……いや、結局俺なにもしてないけど……なんだろう、この虚無感。
「よし、さっさと次に行くぞ」
グランが大盾を振って汚れを払い、歩き出す。
俺はなんとなく腑に落ちないのをまあいいかと流して皆のバフを掛け直した。
……シエリアたちはきっと奥にいるんだ。
だから少しでも早く進まないとな。
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けれど。
次に寝袋のような袋を見つけたとき、俺たちは一瞬言葉を失った。
川沿いの細道から足場の悪い広間に出たところで、その広間の中央付近に袋が三つ。
そのうちひとつは先ほどと同じイータ系の魔物が詰まっているのだけど……問題は残りふたつ。
うっすらと透けて見えるその中身が……捜している彼らだったからだ。
「し……シエリアッ! ラウジャ!」
「迂闊に動くな〈逆鱗〉!」
思わず声を上げて駆け出した俺は〈爆風〉に足を掛けられて地面に叩きつけられた。
「うっぐ……!」
分厚い外套のお陰で多少は衝撃が吸収されたけど、それでも硬い岩肌に打ち付ければ痛みもある。
呻きながら体を起こそうとした俺は――ひゅ、と息を呑んだ。
「……い、糸……?」
そう。俺の目の前、目を凝らして初めてわかる糸が引かれている。
「魔力の糸だけではないようよ。普通の糸も使えるのね……けれどここに糸が張られているってことは……」
「親がここにいるかもってことだね」
ファルーアとボーザックが動かずに警戒を強め、グランとディティア、〈爆風〉はあたりに視線を奔らせた。
「いるな、天井だ」
「……袋の上です。大きな巣の塊みたいなものが」
〈爆風〉とディティアがほぼ同時に口にするあいだに体勢を立て直して、俺は必死で袋を見つめた。
「……気配は、気配はあるよな? 動かないけど……でも……」
「あの袋が邪魔でよくわからねぇが少なくとも元気ではないだろうよ。……だからこそ落ち着けハルト。いいな?」
そんな俺の肩をグランがぎゅっと掴む。
俺はその言葉にはっとして……唇を噛んで頷いた。
そうだよな、落ちつかないと。こんなに取り乱すなんて情けない。
「…………。ごめん、もう大丈夫」
グランは手を放してから俺の肩をばしんと叩くとゆっくり大盾を構える。
「よし。一戦やるぞお前ら。まずは作戦だ」
とうとうコロナになってしまいました……。
熱はなんとか乗り越えたものの、いまだ咳が酷く大変な状況です。
今週はペース落ちてしまう予感ですが、引き続きよろしくお願いします!