花をつみたいのです⑤
「どうって……痛かったけど」
「はあ? あんた馬鹿なの?」
「じょ、冗談だって! えっと、もやもやする感じ。気配なのかなんなのか……俺じゃよくわからないみたいだ」
ファルーアに睨まれて慌てて言い直した俺にディティアは困った顔のままでかぶりを振った。
「ううん、ハルト君はちゃんとわかってると思う。たぶんこれ、たくさんいるんじゃないかな……」
「え? たくさん?」
「そう、たくさん……。ガイルディアさんはどう見ますか? ……その、気配について……」
「……うん。俺も同じ意見だ。魔力が濃いせいで個々の気配が読みにくいのもあるが、靄のように感じるほど小さな気配の集合体といったところだな――」
笑みを消した〈爆風〉は、言い終わると同時に俺と目を合わせた。
酷く真剣なその瞳に――俺は戦慄を覚える。
「ま、待ってくれよ。もしそれが全部イータ系だとしたら――まさか子持ち?」
そう思い当たったのは湿地で戦った『アダマスイータ』が卵を持っていたからだ。
あのときは孵化する前に討伐できたけど、今回、もし卵が孵っていたら?
「…………」
ディティアが無言で項垂れる。その頬は……青白い。
「だ、大丈夫! なんとかなるって。ほら、こっちにはファルーアがいるんだぞ! うぐッ……!」
とにかく励まそうと言ったらファルーアの杖で煌めく龍眼の結晶が俺の腹に突き込まれた。
「ちょっと。私だって別に虫が好きってわけじゃないわ? そもそも自分が守るくらい言いなさいよ」
「いや、俺だって好きじゃな……はい、ごめんなさい」
妖艶な笑みを真っ向から浴びせられれば謝るしかない。
ついでに頭を下げてから俺は〈爆風〉を見上げた。
「……でもさ、もしそうだったとして……シエリアたちの気配は?」
俺は感じなかったけど、あのもやもやした気配に掻き消されているんだろう。
――だけど。
「…………」
〈爆風〉は俺の問いに黙ったままだった。
「……え? あ、えぇと……そっか。〈爆風〉でもわからないこと、あるよな! きっともっと奥に……」
言いながらディティアへと視線を泳がせた俺は、彼女の頬が真っ青な――その理由に思い至る。
――え?
「あ、はは。だ、大丈夫。もし感じなくても、きっとなにか……理由があるんだよ。あ、そうだ、バフが足りないのかも――『五感アップ』!」
『魔力感知』をひとつ書き換える。
そのときにはファルーアの表情も硬くなっていた。
再び探ってみるけど……もやもやした気配が多少はっきりした程度だ。
「……あ、あれ……『五感アップ』……!」
『魔力感知』をもうひとつ書き換える。
これで『五感アップ』の四重。
色濃い靄が僅かに形を成し、無数の気配へと変わる。
でも――それだけだった。
心臓がキリリと締め付けられ、その痛みを引き剥がそうと激しく脈打つ。
なにかあったなんて思いたくない。
ないけど――。
「グラン! ボーザック! すぐ戻ってくれッ! 話がある!」
俺は跳ねるように立ち上がって叫んでいた。
******
ざあ、ざあ。
湿った洞窟内の足場を川の音を聞きながら慎重に進む。
――気配のことを説明するとグランは洞窟に入ることを即決してくれた。
当然反対意見もなかったんで、俺たちはすぐに出発したんだ。
洞窟内は外より暖かいが寒いことに変わりはないんで、外套を羽織ったままランプの灯りに影を揺らめかせる。
天井や足下からは棘のような柱のようなものがいくつも生え、濡れているせいで光を反射してテラテラと光っていた。
滑りやすく凹凸が多いのは戦闘にも支障があるので、選んだバフは『肉体強化』『反応速度アップ』『五感アップ』の三重だ。
ファルーアだけ『五感アップ』の代わりに『魔力感知』を付与して魔法を警戒してもらっていた。
「別れ道だ。どうする〈豪傑〉」
「どれだけ入り組んでるかわからねぇからな。川沿いを進むのはどうだ?」
「うん、いいだろう」
〈爆風〉はそう言って別れ道を川沿いに左へと進む。
気配は相変わらずもやもやしていて、どっちに行けば敵と遭遇するのかはわからない。
だけど俺たちが迷ったら本末転倒だし、これなら万が一はぐれても下流に向かえば入口に辿り着けるもんな。
名案に思えた。
ただ、暗くて川の位置を把握しずらいのと……深さがわからないのは不安要素である。
シエリアたちが心配で胸は締め付けられたままだけど慎重に。落ち着け。
俺はときおり深呼吸を挟みながら懸命に冷静でいようとした。
そうしてしばらく進んだとき、不意に〈爆風〉が言ったんだ。
「……止まれ。どうやらこの先に第一陣がいるようだぞ」
ちょっと過ぎてしまいました。
今回もよろしくお願いします!