花をつみたいのです④
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昼を食べ終わる頃には俺の服は完璧に乾いていて、むしろ温かいくらいだった。
ファルーアのバフを持久力アップにすればよかったと気づいたのは乾く直前だけど「この程度なんともないわ」と言い切られたのでよしとする。
俺たちは焚火の処理を済ませて再出発した。
「川付近は足場が悪い可能性がある。雪で隠れているのも厄介だからな。川から少し離れて歩け」
〈爆風〉は言いながらスイスイと先頭を進む。
彼の足跡が道となり、あとに続く俺たちはかなり楽だ。
「あー、なんだ。頃合いみて代わるぞ〈爆風〉」
見かねたのかグランが言う。
俺も……と言いたいところだけど山道は慣れていない。しかも雪道だ。当然うまく先導できないだろうから……うん。おとなしくしていよう。
そうしてグランと〈爆風〉の先導でしばらく進むにつれ、再び空が陰り始めた。
「嫌な雲だー……また降るかもね、雪」
ボーザックがこぼすが、その言葉どおり重たい灰色の雲は重なっていくばかり。
これ以上雪が積もったら進むのも厳しくなりそうだ。
「川沿いで休めるところはないかしら。王子様たちがどこまで進んだのかわからないけれど……昨日も雪だもの。どこかで暖を取っているはずだわ」
「うん。私たちも腰を落ち着ける場所がないとだしね。ガイルディアさん、地図になにか載っていますか?」
ファルーアが髪を払いながら言うとディティアが同意する。
問い掛けられたガイルディアは肩をすくめた。
「川沿いに助言の記載はなさそうだな。……しかしここなら雪を凌げる場所があるかもしれん。地図があればラウジャもそう判断するはずだ」
その指先は川の上を指している。
近付いて覗き込むと……なんだここ……地下水脈? それに地形が……。
「ああ……もしかして崖ってことか?」
「そうだ。地下水脈というからには洞窟のひとつくらいあるかもしれん」
「たしかに。それならシエリアたちもそこにいるかも――」
俺は〈爆風〉に頷く。
「早く確認しよう。結局、魔物がなんなのかもわからないし」
「それには賛成だがハルト、次は考えて行動しろよ」
「うぐっ、はい。すみませんでした」
グランにぴしゃりと言われ、俺は背筋を伸ばしてから腰を折った。
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「わーお。さすがにこれは予想してなかったなー」
ボーザックはそう言うと腰に両手を当てて体を反らしながら見上げた。
そうだよなぁ……。
目の前にぽっかりと口を開ける洞窟。
それはよかったんだけど……。
「穴というより亀裂ね……」
ファルーアがこぼす。
そう。そうなんだよ、でかいんだよ。
崖を縦に割ったような洞窟で、川はたしかにその奥から水を送り出してくれている。
当然、雪もしのげるはずだ。
「すげぇなこりゃ……奥も深そうだぞ」
顎髭を手袋越しに擦りつつグランが言う。
――手袋越しでもわかるのか、髭。
どうでもいいことを考えたとき、ディティアの声がした。
「こっち、焚火の痕があります」
俺たちが呆けているあいだに彼女があたりを調べてくれていたらしい。
すぐに駆けつけると洞窟の入口の隅に薪が積まれ、燃えカスが残っていた。
「雪が積もっていないから新しいんじゃないかな」
「ってことはシエリアたちがここにいた可能性があるか。魔物が中にいるのかも」
「うん。だとしたら中が入り組んでいて魔物を見失ったのかもしれないね」
「なるほど、ここを拠点に探索してるってことだな」
俺がディティアと話していると、上から声がした。
「食べられそうな木の実がある。採取した痕跡も新しいな。シエリアとラウジャではなくとも誰かしらいるのは間違いないだろう」
振り仰ぐと影が降ってきて〈爆風〉がズダンと着地する。
ちゃっかり崖の上まで登っていたんだな……っていうか結構高いのにこのオジサマときたら……。
「ここで待っていたら合流できるかもしれないわね。闇雲に洞窟に入っても入れ違うかもしれないわ」
ファルーアは〈爆風〉の行動にはチラリとも触れずにさっさと薪を並べ始め、すぐに火をつけた。
「また雪が降るかもだしねー。俺、薪拾ってくる」
「待てボーザック、俺も行く。魔物が中にいるとは限らねぇからな。ファルーア、火の番と洞窟周りの見張りを頼む。〈爆風〉とディティアは洞窟内の気配を探ってくれ。ハルト、補助は任せるぞ」
「おう。グラン、ボーザック、そっちも気をつけて」
ボーザックとグランが薪集めに出るのを見送り、俺は指示どおり〈爆風〉と〈疾風〉、ついでに自分のバフを『五感アップ』二重、『魔力感知』二重の四重にする。
ファルーアは『五感アップ』二重と『魔力感知』『肉体強化』で四重だ。
……重いからな、防寒具。
さてと。
俺は焚火の横に座って目を閉じる。
相変わらずあたりは静かで、時折どこかで雪がドサドサと落ちる音がした。
木と土と湿った苔のような匂いと、薪が焼ける匂い。
色濃い気配はグランとボーザック。すぐ近くにはファルーアとふたりの〈風〉。
あとは…………うーん。
なんだろうな。洞窟の奥に気配があるような、ないような……もやもやした感じだ。
首を傾げたその瞬間――首筋がチリリとした。
「……ッは! うぐぇッ⁉」
咄嗟に体を捻るけど遅い。
俺の腹部を突いた指先がスッと引かれ渋くていい声がした。
「ははは。気配を殺しすぎたか」
「……い、いまの人さし指だけじゃなかっただろ……ッ⁉ ごほっ……」
「人さし指だけではさすがに外套が邪魔だったのでな」
邪魔だったのでな、じゃないよ。
俺は唇を引き結んで心底恨めしい思いを乗せた眼差しを〈爆風〉に送る。
するとその後ろ、ディティアが眉をハの字にしながら遠慮がちに言った。
「あの、ハルト君はどう感じた?」
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