花をつみたいのです③
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広場は結構な広さだったけど、糸は殆どの範囲に張り巡らされていた。
迂回した俺たちは触れることなく済んだものの、シエリアたちが来たときに糸があったとしたら引っ掛かったかもしれない。
粘着質な糸なのかは不明だし、そもそも本当にイータ系の魔物かどうかもわからないけどな。
そこで俺はふとシエリアの目的を思い出した。
「そういえば……花ってどんな花なんだ? 見当たらなかったけど雪に埋もれてるのかな」
「氷のような見た目の花らしい。背はそれほどないようだ、埋もれていると考えていいだろう」
〈爆風〉は言いながら雪月蛾を籠から出し、その頭のあたりを指先で撫でる。
「広場は抜けたが気配はないな。頂上まではまた世話になるとしよう」
「王子様たちが道を逸れてないといいけどねー」
ボーザックは言いながら手を握ったり開いたり。
冷えて動かしにくいもんな――。
空気に曝された頬は赤くなり吐く息はすぐに白く煙る。
日は傾き始めているものの、まだ昼間だっていうのにこの寒さだ。
俺たちは誰からともなく踏み出した。
シエリアたちを捜すにも自分たちの拠点は確保しないとならないからな……。
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やがて細い川に差し掛かった。
雪が降っても川にはちゃんと流れがあり、ざあざあと音がする。
白い景色ばっかり見ていたせいか目がチカチカするんで黒い岩肌が覗いているのはありがたい。
奏でられる水流の音色も耳に心地よいけど、正直寒いなかで聞くとより寒く感じる気がした。
雪月蛾が向かうのはどうやら川の向こう岸のようだ。
細い橋――と思われる丸太が二本並んだ足場にも雪が積もっている。
「…………」
俺は橋の手前で足を止め、川の上流へと視線を動かす。
湿地でシエリアたちと一緒に戦った『アダマスイータ』は一度狙った獲物に執着していたけど、ここの『イータ系と思われる魔物』もそうなのだろうか?
花を摘もうとしたところで襲われ、逃げたとして――どこに行くだろう?
そこで俺はふと気がついた。
川の流れは速いが浅い。だからこそ揺らめく川底が見えるんだけど――。
「皆、ちょっと待ってくれ。あれは……」
黒い川底に煌めく場違いとも思える鮮やかな色彩。
「……! シエリアの鞘だ!」
見覚えがある。
細かな装飾が施された見るからに高級そうなそれはドーン王国の王族である紋章が刻まれていたはずだ。
俺は咄嗟に川に足を踏み入れ、ザブザブと水を掻き分けてその鞘を拾い上げる。
刺すように冷えた水が外套やブーツに染み渡り痛いほどだと気づいたとき、ファルーアに怒鳴られた。
「ちょっとハルト! あんた馬鹿なの⁉ グラン、ボーザック、すぐに薪を集めて。体を温めて服を乾かすわ!」
「……ご、ごめん、つ、つい……」
謝ったけれど、手足がかじかんでガタガタと体が震え出し、唇からは同じように震えた言葉がこぼれた。
持ち上げた鞘をディティアが受け取ってくれて、グランとボーザックはすぐさま薪を集めてくれる。
〈爆風〉は雪月蛾を籠にしまうと川の横の雪を足で払い、岩を円形に並べて座る場所を作り、さらに焚火の用意を進めた。
「ハルト君、手袋取って! 準備できたらブーツも脱いで温めよう」
「お、おう……」
ディティアは荷物から布を取り出すと手袋と引き換えに俺に渡す。
グランとボーザックが薪を持ってくるとファルーアはあっという間に火を起こし、俺たちが座れるように〈爆風〉が配置してくれた岩も乾かしてくれた。
皆で焚火を囲んで座り俺がブーツと外套を脱ぐと、ボーザックが横からひったくって乾かすために広げてくれる。
「ハルトはとにかく温まってよー」
「ああ、わ、悪い……」
温かいはずなのに冷えた手足にはまだその感覚すらない。
けれど震えは幾分マシになった。
「おいハルト。後先考えろ……。で? それはシエリア王子の鞘で間違いねぇのか?」
グランの問い掛けで俺は顔を上げ、ディティアから鞘を受け取る。
「……うん、間違いない。でもなんで鞘――あれ? これって……」
鞘に手を滑らせた俺はその内側、布の切れ端のようなものが入っているのを見つけた。
「ふむ……手紙か?」
かじかむ手ではうまく広げられない。
俺は〈爆風〉に鞘ごと差し出してあとを任せる。
「……読むぞ」
◇◇◇
ドーン王国第七王子シエリアより、ここに状況を記す。
花のある広場は魔物の巣になっており、ラウジャと討伐に移る。
魔物は山頂方面に逃走。
これを追い、川を上流へと向かうことにする。
この手紙を見つけたものは応援願う。
◇◇◇
急いでいたのか、敬語もなく殴り書きのような文字だ。
俺はほっと息を吐いて手を擦り合わせた。
「襲われたんじゃなく、自分たちで討って出たのか……」
「花も摘みたかったはずだしな。魔物が邪魔で摘めなかったんだろうよ」
グランは応えると薪を焼べて上流を振り仰いだ。
「川沿いを上流に……か。ちと危険だが行くしかねぇな」
「そうね、道はないだろうけれど王子様たちが進んだのなら追いかけましょう――」
ファルーアが俺の外套に向けて風の魔法を使いながら応えるけど……。
「あの、ごめん……手足は温まったみたいだ……」
ほかに鞘を拾う方法があったかもしれないよな……。
急がないといけないってのに無駄な時間を過ごさせてしまった申し訳なさが込み上げてくる。
するとディティアが沸かした湯でお茶を淹れながら眉尻を下げて微笑んだ。
「ええと。お昼まだだったし、私お腹が空いちゃったから……ご飯にしませんか?」
「確かに腹も減る頃合いか。〈疾風〉が言うと説得力があるな」
「うっ……ガイルディアさん酷い気がします……!」
「あはは、いいねー俺も腹減ったー!」
「腹が減ってはなんとやらだしな。よし、さっさと食うぞお前らー」
「そうね。慣れない雪のなかだもの。どこかでは休まないとならなかったし丁度よかったわ」
責めるどころか皆がそう言って笑うんで……俺は思わず頬を掻いた。
「はは……ありがとな。じゃあ昼は俺が作るよ」
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