花をつみたいのです①
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深々と――または新々と。
降っては降っては重なり積まれて、雪は深く新しく世界を覆う。
いまは真夜中。
いつもなら月と星の明かりだけで暗いのに、雪があると灰色がかった蒼の景色が広がっていた。
そんななか、爆ぜる火の粉がちらりと溶け、顔に感じる熱が心地よい微睡みへ誘おうとする。
「……寒いなかでこうも温かいと……ふあ……いやいや、しっかりしろ」
俺は欠伸を挟んで頬を叩いた。
ひとりで焚火の番と見張りをしているけど、気を抜くのはまずい。
あたりを探れば奥からは眠る皆の気配が感じられる。
でも――それだけだ。
いまのところは魔物の気配はないし、心配なのはこの雪だな。
雪は雨と違って音がしない。ここまで耳に痛いほどの静寂は……正直感じたことがなかった。
朝まで降り続いたら雪月蛾に頼ることになりそうだ。
――こんな寒いなかでシエリアとラウジャはどうしてるんだろう。
花を摘みにきて帰ってないってのはやっぱりなにか『問題』が起きたっていうのが妥当だ。
アルミラさんの地図を見る限り、花が咲いている中腹までは険しい道があるわけじゃないしな……。
俺は煙でも見えやしないかと洞窟の外へ視線を向ける。
当然見えるわけもなく……雪はしんしんと降り続けていた。
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翌朝。
「はー、さっむー。おはよー……って、うわ! 真っ白だー!」
起きてきたボーザックはそう言うと犬みたいに駆けだし、雪にズボズボと足を突っ込んだ。
そうなんだよ。結局雪は夜通しやまず、俺の膝下くらいまで積もっていた。
「うん。これはさすがに動きにくそうだな」
続いてやってきた〈爆風〉は手足を伸ばしながら言って、そのまま雪の感触を確かめに向かう。
「……薄く積もるよりは滑りにくそうね」
さらにファルーアはそう言ったあとで少し考える素振りを見せた。
「――炎で一気に溶かしたら足場が悪くなるかしら……それならいっそ風で……?」
いやいや、危ないだろそれ。どんだけ強い魔法撃つつもりなんだよ。
突っ込みを呑み込んだ俺の隣、朝までの見張りだったグランが沸かした茶を差し出す。
「とりあえず暖まれハルト。寝袋も寒かったろうよ。ファルーア、お前もだ」
「おう、ありがとう……あれ?」
俺は茶を受け取りあたりを見回す。
ディティアは……まだ寝てるのか?
「ファルーア、ディティアは?」
「いただくわグラン。……あら、ティアなら早くに起きて出ていったわよ」
「え? ……グラン、ディティア見たか?」
「ああ。暖まったら外を見てこい」
「外? ……わかった」
俺は茶を片手にゆっくりと雪の上へ踏み出した。
表面がふわっとした感触を返してきたと思ったら、瞬きする暇もなく存外あっさりと足が沈む。
ずむり、という柔らかすぎない絶妙な感覚と一緒に、足の甲が崩れた雪で埋まって見えなくなる。
「……おお」
ずむり、ずむり。
模擬戦よりも重みがあり、滑るかと言われればそうでもない。
ただ、足首には重みと固定感があって……抜き足を取られそうな気がした。
「うーん、肉体強化か……反応速度か……いっそ速さを上げれば……?」
呟いて茶をひとくち飲んだ俺の視線の先、木の枝が揺れてドサドサーッと雪が落ちた。
すると……。
「……わあ、びっくりした!」
なんとディティアが木の上からその雪に着地したじゃないか。
「……えぇと? なにしてるんだ……?」
「あ、おはようハルト君。雪で動きにくいのをなんとかできないかなって思って……木の上なら足が使えるからどうかなー? ……って」
満面の笑みで言ってのける〈疾風〉は今日も元気そうだ。
雪を避けるために木の上って発想が小動物みたいで可愛いな。
木の上を駆け回る脚力と平衡感覚は羨ましい限りだけど――。
「――いや、なるほどな。バフはこれにしよう。『脚力アップ』」
俺はバフを広げてディティアと自分に付与し、足踏みをした。
うん、確かに足が使えるっていうのは有効だな。
『肉体強化』でも足は強化できるけど、脚力に特化したほうがいい。
木の上は行けずとも地面を堂々たる足取りで進めるのなら十分だろう。
俺は残りの茶を飲み干してディティアに手招きをする。
「とりあえず中に入ろうか。体冷えただろ? 今日はシエリアたちの痕跡も見つかるかもだし、体力温存しておこう」
「うん。……ふふ、脚力アップかぁ、これならいけそう! 肉体強化と合わせたら防寒具の重さもなんとかなりそうだし……さすがハルト君!」
「そうだろ、そうだよな? バッファーはすごいんだぞ!」
俺は上機嫌なディティアに笑って踵を返した。
シエリアたちにも早くかけてやらないとな!
こんばんは!
遅くなりましたがよろしくお願いします!