雪はつめたいのです⑥
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洞窟は少し広がった入口から延びる細道の奥に大きな空洞がある構造だった。
俺たちは入口付近で火を起こし、今夜はテントを張らずに各々雑魚寝することに決める。
薪は手分けして集めた分と洞窟の奥に元々備蓄されていた分があり、夜のあいだにたっぷり使ったとしても悠に朝までもつだろう。
雪はいつのまにか視界が煙るほどに降っていて、木々の枝葉や下草も薄らと白い綿毛を被っているかのようだ。
そんななか、温かな橙に揺らめく焚火で夕飯を作っているのは――。
「なにか手伝おうかディティア」
「あ、ハルト君。私は大丈夫だよ! 皆で薪を集めてくれたんだよね、ありがとう。少し休んでて?」
――そう。〈疾風のディティア〉でる。
寒さで鼻先と頬が紅くなった彼女が例の遊びで負けた理由はただひとつ。
〈爆風〉の腰にぶら下がった籠、その中で静かにしている蛾だ。
「ははは。これは想定外だったな!」……なんて〈爆風〉は楽しそうに言っていたけど、外してあげるという選択肢はなさそうだった。
これも虫嫌い克服のため! とか思ってたりするのかもな――いや、本当に面白がっている可能性も……。
俺は見張りをしている〈爆風〉をちらと見てから「まあ〈爆風〉だしな」と頷いた。
「……わかった。休憩がてら双剣でも磨いておくよ」
途端にディティアは「えぇ」と変な声を上げて、鍋の中身と俺の顔を交互に見遣る。
……さすが双剣好き。一緒に磨きたいって顔に書いてあるぞ。
「……ふ。あとで確認お願いしてもいいか?」
思わず小さく笑って言うと、彼女はパッと頬を緩ませて「勿論! 隅々まで見るよ!」と意気込んでくれた。
あー。くれたのはいいけど、隅々までかぁ…………。
どこかほろ苦い気持ちになるけど仕方ない。
俺は「よろしくな」と続けて洞窟の奥に移動した。
焚火から離れるとすぐに身を切るような寒さが襲ってくる。
それでも外に比べたらかなりマシだ。
岩肌も相当冷たいけど――もう少し暖まれば過ごしやすくなるだろう。
奥にいるのはグラン、ボーザック、ファルーアの三人で、彼らは俺を見ると示し合わせたように立ち上がった。
「ん? どうし――んぐぅッ⁉」
まずボーザックに右手で口を塞がれ、ファルーアが「しー」と言いながら人さし指を唇に当てる。
「ン、んぐ、ぐ?」
混乱する俺の肩をばしん、と叩き……グランが囁いた。
「ハルト、お前……シエリア王子とシュレイスの話をどう思った?」
「んン⁉」
「俺たちは知りてぇんだ。さあ、吐いちまえ! 今日こそッ!」
「そうだよハルト! 俺、ちゃんと知りたい!」
「どうなの。言いなさい、どう思ったの⁉」
どうって――どう⁉
俺はそっとボーザックの右手が離れた瞬間、思い切り息を吸う。
「どうって……『へー。そうか、そういうこともあるんだな』って……うわッ⁉」
「いや違うだろうよッ! お前と砂漠の地下で話した、あれだ! あれの『どう』だよッ!」
応えた俺にグランがものすごい剣幕で言い返してきたけど……。
俺は唇を突き出して眉を寄せ、不満を全面に押し出した。
「シエリアとシュレイスの話に俺のことは関係ないだろ……」
「関係あるわ、あるに決まっているでしょう?」
途端にファルーアが詰め寄ってくる。
長い睫毛が影を瞬かせるのを眺め……俺はため息をついた。
これは……観念するしかない。
本当はちょっと気付いてたんだ。そう……前よりもっと、強く思うことがあるって。
「……わかったよ。いまの気持ちを言えばいいんだよな? ええと。シエリアとシュレイスのことは驚いた。まあ……俺の両親もそうだしさ。祝福したいし、なんか嬉しかったよ。――でもたぶん、あのふたりは本当に俺の思うところと違う。俺、グランに言ったけどディティアの安心できる場所になりたい。強くなりたい。――それでさ、前よりはずっと……ディティアの隣に並んで、追い抜けるくらいになりたいって感じるんだ。いつか、なんてもう言わない。必ずなる。……だから皆と旅したい」
「うんうん――うん? えっとー? つまり……どういうこと?」
「……えっとな。だから……ディティアが大切だと思う。前よりもずっとそう思うから俺は…………もっと〔白薔薇〕として冒険したい……強くなるためにも。皆と、もっと一緒にいたい」
「…………?」
困惑したボーザックにさらに答えると、三人は各々なにかを考えるような仕草をした。
グランは顎髭を擦ったし、ボーザックは腕を組んで首を傾げたし、ファルーアは額に手を当てて目を閉じたし。
俺はその沈黙に少しソワソワして双剣と砥石を出す。
いたたまれないので、俺は話題を振ることにした。
「……ボーザック」
「え、うん? なに?」
「お前もそう思ってるって……俺、わかってるからな!」
「…………ええッ⁉」
「だってそうだろ、俺がディティアのことをそう思うんだから、お前だって前よりもそう思ってるはずだし!」
言い切ってドンと腰を下ろすと……グランがガシャリと鎧を鳴らしてボーザックに向き直った。
「……⁉ おいボーザック、お前、そりゃ……本当か⁉」
「ちょっ、グラン! 待って待って! 半分くらいハルトの誤解な気がするんだけど俺!」
慌てふためくボーザック。
するとファルーアが腹を抱えて笑い出した。
「や、やだ……ハルト、あんた……ふふっ、あはっ……そんな予測の方法は……ふふふっ、どうなの? でも、あはっ、ふふ……そういうところ気に入っているわ!」
「ちょっと俺、なんか心臓がぎゅってなったよー! ふ、はは、あははっ」
なにがそんなに可笑しいのかはわからないけど、いまこの時間だけは雪の冷たさなんか忘れていたんだ。
まあ、皆が納得したかは不明なままだったけど……放っておこう。
俺はそう決めて、双剣を磨くことにした。
やってしまいました、寝落ちしたので投稿押せていませんでした……!
皆さまこんにちは!
本日もよろしくお願いします!
ハルト的には前進した、はず!