雪はつめたいのです①
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「……というわけでこれが『雪山装備』よ」
王都の端――という表現が正しいかはわからないけど、森がよく見える塔が夕飯の店だった。
ずいぶん上の階で窓も大きく取られているし……なんかこう、高そうだ。
アルミラさんはしれっと個室を予約していて、俺たちが到着する頃にはデミーグさんと怪鳥ふたりもちゃっかり席に着いていたりする。
ボーザックは頭を抱えて感情を失っていたけど、まあ……うん。ちょっとくらいは工面してやろうかな……。
「外套とブーツ……手袋ね? こっちは……」
ファルーアが聞くとアルミラさんは「おう」とグランに似た返事をして装備一式を広げる。
「こっちは耳当てと手袋よ。雪が降ったらとにかく寒いの。懐炉があっても追いつかないから防寒は必須。ハルトのバフに頼るのは最終手段よ。感覚だけ調整できても指先から壊死するわ」
「――聞いたことがあります。凍傷っていって、酷くなると切断しないとならないんですよね」
ディティアが装備を覗き込みながら難しい顔をするけど――本当に危険なんだな。
「そうよ。加えて雪を行くのに特化したブーツね。重装鎧は内側にも防寒具を着てもらうわ、冷えやすいから」
俺たちの故郷の大陸アイシャは年中温暖で、雪なんか一度も見たことがない。
大陸中央の巨大な山脈でさえ、だ。
まあ、あれには災厄の黒龍アドラノードが眠っていたわけだけど。
「まだ雪が深くはないはずだけど、魔物よりも雪のほうが強敵と覚えておきなさい」
「そんなにか……」
俺が呟くとアルミラさんは頷きながら地図を出した。
「そんなによ。これが山の地図。花は山の中腹に咲いているみたいね。シュレイスが言っていた場所に印をつけたわ。雪で道がわかりにくくなっている可能性があるから、そのときは――」
「そ、そのときは……?」
心なしかボーザックが不安そうに聞き返す。
アルミラさんは不敵な笑みを浮かべ、小さな籠……らしきものを出した。
「む――虫ッ⁉」
途端に飛び跳ねたのはディティアだ。
中身は……蝶……いや、蛾……かな。
白くてふわっふわの毛並みに黒くて丸々した瞳の。
「うわ! ほら、よく見てよティア。ティアの好きなモフモフだよー」
「ぼ、ボーザックッ! た、確かにモフモフは好きだけど、違うの! それは……それは形が……!」
大きさはディティアの手のひらくらいか。
アルミラさんは躊躇いなく籠から蛾を出すとちょんと手に乗せて差し出した。
「雪月蛾。魔力を込めた石を腹に溜めているわ。この子が道の上を飛んでくれるから着いていって。ちなみに、逃げないのはこの籠が巣だからよ」
「うん。さっぱりわからない説明だが、こいつは道の上を飛ぶ細工が成された魔物ということか?」
〈爆風〉はアルミラさんの手から雪月蛾を受け取り、歯を見せて笑ってみせる。
躊躇いなく触れるのはさすがだな……。
「……ふむ。膨れた腹の中身は石なのか。せっかくの大きさだが美味くはなさそうだな」
「たっ……食べられないですよガイルディアさんッ!」
「はは。〈疾風〉、お前も触ってみるといい。温かくて柔らかいぞ」
「ふわふわの柔らかさなのか、生々しい柔らかさなのか……どっちだろうな」
「やめてハルト君、どっちでも無理です!」
「……この蛾の細工とやらにも古代魔法が活かされているのかしら」
そんな俺たちを横目に、ファルーアはどことなく嫌そうな顔で言ってデミーグさんへと視線を移す。
「うん、そうなるかな。君たちが向かう山は王族たちのため目印が設置してあるんだ。そこには魔法がかけられていて、この蛾が反応する、かな」
さらっと言ってデミーグさんは両手で蝶の形を作った……いや、この場合は蛾か?
「雌の有する魔法に似せたものかな。雄は魔法を目がけて飛ぶ。ひとつ辿って違うとわかれば次の目印に、また次に……という感じ、かな。お腹の中の石は食べた魔力を溜めていると言われているよ。飛行速度も遅くて利用しやすいかな」
手で作った蝶か蛾がひらひらと空中を泳ぐ。
……古代魔法って結構万能だよな……。
どうでもいいことを考えた俺に、〈爆風〉の手からそっと持ち上げた蛾を籠に戻しつつアルミラさんが続けた。
「そんなわけで明日は実戦訓練をするから、がっつり食べておきなさいね」
「あ? 実戦だ?」
グランがぽかんと口を開ける。
「ああ? 文句ある? 雪で戦えなかったら本末転倒じゃない。ありがたく受けなさい。当然その分の報酬は貰うから気にしなくていいわ!」
……ええ。報酬貰うのかよ。ぶれないなぁ……。
ちなみに。食事はものすごく豪華で……野菜とか花の形に切ってあったりして。
決して安くはなかったけど、満足感は値段以上だ。
ボーザックは泣く泣く払いながら「美味しかったー」と嘆いていた。
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「はっ! おらぁッ、次よ次ッ!」
「……っ、たあぁ! ……っとぉ⁉」
閃く氷の礫。
大剣の腹でそれを受けたボーザックは、前進しようと踏み切ったところでステンと転んだ。
「す、すべる……!」
「隙有りよ」
「うあっ! 痛ッ! 痛い!」
狙い澄ました氷の礫がボーザックに降り注ぐ。
実戦というからには戦うとわかっていたけど……なんと相手はアルミラさんだった。
デミーグさんが雪を模した氷粒を足場に敷き詰めてくれたらしく、これが結構滑るんだ。
加えて防寒具もびっちり着込んでいるわけで、正直いつものようにはいかない。
ボーザックが派手に転んでいるのは装備の動きにくさもあるだろう。
「ふー、はー、これ……かなりくるね……」
厚手の外套に着いた氷粒を払い落としながらぼやくと、ボーザックはもう一度大剣を構えた。
「でも、もうやられないよー。コツは掴んだから」
〈不屈〉の名に恥じない台詞を発し、にやりと笑うその顔ときたら。
「楽しそうだな、ボーザックのやつ」
「ああ。……しかし室内で雪中の実戦訓練ってのはすげぇな」
俺に返したグランは足下を何度か踏み締めて白い息を吐く。
「懐炉もあるがこの部屋でこの寒さか。山はもっと厳しいだろうよ。さっさと訓練は終わらせて出発しねぇとな……シエリア王子が気に掛かる」
その言葉に……俺は少しだけ笑った。
「そうだな。……でもグラン、俺はグランも心配だぞ」
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