魔法大国は極寒ですか⑤
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そんなわけで辿り着いたのは、ほかよりやや太くて低い塔だった。
枝を模した通路を歩いてきたのもあって、正直自分たちが何階にいるのかはわからない。
ただ、入った階は広間で窓も少なめ。なんていうかこう……薄暗かった。
壁沿いにずらりと積まれているのはなにかの道具や中身がよくわからない壷、瓶などなど。
鼻腔を抜けて肺を満たすのは埃っぽくてカサついた空気だ。
なりより寒い。懐炉がなかったら震えていただろう。
「なんか……ほかの場所と違うね」
ディティアが言うので頷き返すと、アルミラさんが足を止める。
「ここは研究塔。王族たちのお抱え研究者たちが住んでいるわ」
「王族たちの……って、かなりの地位になるのかしら? 研究というとやっぱり古代魔法……?」
「研究は古代魔法に限らないわ。魔物研究、農作物研究、病理研究……分野はかなりたくさんあるようね。……王族たちのお抱えとはいうけれど、ただの変人の集まりよ」
聞き返すファルーアに肩を竦め、アルミラさんは荷車を広間の隅に止めた。
いやいや、変人の集まりって……それでも王族と関係しているってのは相当じゃないか?
「手土産のひとつでも用意すべきだったか……?」
グランが唸る。
無理もない話だよな……。
「大丈夫よ。食事すら忘れるようなひとだから」
さらにアルミラさんはスパッと切り捨てると、荷物の一部だけ持った。
……あれ、残りは置いていくのか?
「ふむ。こんなに堂々と置いていく気か? 盗まれることはないのか?」
同じことを思ったらしい〈爆風〉が聞いてくれる。
「ないわ。ここは正しい手順で入退室を行わないと魔法が発動するらしいから」
「えっ、こわっ、じゃあ俺たち勝手に出られないってこと?」
「おう、そうなるわ。あとで手順は教えてあげる」
『ギュエ、ギュエェ、ギュエ!』
震えるボーザックを横目に怪鳥ふたりがばっさばさと翼を羽ばたく。
興奮……しているように見えるけど。よっぽどすごい魔法なのかな。
「それじゃさっさと行くわよ。ハルト、そこの籠に乗りなさい」
「籠って……ああ、これか……えぇと、なんか見るからに……」
俺はアルミラさんに言われて金属の籠をまじまじ見詰める。
色は鈍色。鳥籠のように頂点が丸みを帯びたその籠からは、上へ上へと鎖が伸びていた。
鎖は天井の穴からさらに上へと続いている。
それはそうとこの籠……乗ろうと思えば四人くらいは乗れるんじゃないか……?
「……ボーザック」
「いってらっしゃいハルト」
「…………」
間髪入れず笑顔で言ってのけるボーザック。ちらとディティアを見ると手を振られた。
〈爆風〉は目が合うと歯を見せて笑ったけど――完全に面白がってる顔だ。
「……わかったよ……」
俺は恐る恐るその籠に乗り込む。
蓋というか扉というか……が閉められると、アルミラさんは籠の側面に着けられた四角い石に手を触れた。
――瞬間。
「……ッ、う、うわッ⁉」
ガラガラッと派手な音を立てて鎖が上へと引っ張られ、籠が浮く。
いや、予想はしてた。してたけど……!
「ちょっ、おわあぁぁああッ!」
勢いが、勢いがすごいんだけどッ⁉
俺は思わず籠の淵に張り付き、足を踏ん張った。
しばらくすると速さが緩やかになって籠は止まったけど……いやいやいや。
心臓に悪すぎるだろ!
見上げれば、もう少し先――建物の天井に巻き取り器のようなものがあって、それで籠を吊り上げたようだ。
側面の石と足場部分に魔法陣が描かれていることからも魔法を使った昇降装置なのは明白。
……こんな物騒なものよく作ったな……。
考えていると勝手に籠の蓋が開いたんで、俺はそこから降りる。
すると籠はまた凄まじい音を響かせながら下へと降りていった。
勿論、下では俺を見上げて皆が心の準備を済ませていたそうだ。
俺の気持ちにもなってくれよ、はあ。
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「あんた……いや、貴方が姉貴を……アルミラを助けてくれたのか。その、感謝する」
アルミラさんの面倒を見てくれていたという人物は、めちゃくちゃ寒くて薄暗い部屋で難しそうな本を読んでいた。
まあ俺たちには懐炉があるから平気といえば平気だけど……息真っ白だぞ、ここ。このひと大丈夫か?
几帳面な性格なのか本棚に並ぶ本はきっちりと揃えられていて、部屋も……なんというか生活感がない。
机と椅子、ペンが一本、そして本棚と無数の本。これが部屋のすべてだった。
自己紹介を終えた俺たちを見ることなく、そのひとは黙って頷いただけ。
聞こえてはいるらしいけど……降りた沈黙に耐えきれなくなったグランがとうとう言葉を発したところである。
「…………」
しかしそのひとは黙ったまま俺たちに向けて左手を広げ、『待て』とでも言いたげな空気を醸し出す。
だ、大丈夫かなぁ……。
なんとなく気まずい雰囲気になったところで……ようやくパタンと本を閉じたそのひとは――。
「ふう。中々有意義な本だったな…………うん⁉ 君たち誰かな⁉」
「――って、気付いてなかったのかよッ⁉」
しまった。思わず突っ込んでしまった。
食事すら忘れるようなひと――とかってアルミラさんが言っていたけど、これはなかなかの没頭ぶりだぞ。しかもちゃんと頷いたりしてたのに……あれも無意識か?
「戻ったわ、彼らは私が連れてきた。そこのデカいのが弟ね」
「ああ、アルミラが連れてきたんだ。それはすまない、かな。なるほど弟――うん? おと、弟ッ⁉ 連絡がついたのかな⁉」
そのひと……ここドーン王国でよく見掛ける緑色の髪をした男性は、そのボサボサ頭を誤魔化すためか横髪を左右一本ずつ、後ろ髪を一本に纏めていた。
その一本一本にいくつもの髪留めが留められているが、これがまた色取り取りでどこか華やかにも見える。
真ん中で分けた長めの前髪の下、瞳も緑。勿論ローブ姿だ。
けれどなにより驚いたのは――若い……というか、幼いこと、だった。
「たしかミラが失踪したのは十年前って話よね……?」
ファルーアが小声で言うのに頷く。
目の前にいるのはどう見ても十代。あっても二十代前半じゃないか……?
「弟とは連絡がついたというより、たまたま出会ったってところね。巨人族との取引で美味しい思いをさせてもらったわ。少し話がしたいからデミーグも参加して。それと寒すぎる。いつも暖めるよう言っているはずだけれど?」
デミーグというらしい彼はアルミラさんの言葉に首を竦めると、引き攣った笑顔を浮かべて立ち上がる。
「参加は勿論する、かな! あはは、王国は極寒だけど部屋は凍えるほどじゃないからつい……」
いやいや、凍えるだろ。俺の体感じゃ既に極寒だぞ、この魔法大国。
「それでアルミラ。なにから話す、かな?」
なにからと聞かれたら、歳。歳が聞きたい。聞かせてくれ!
咄嗟に胸のなかで叫んだが、口に出すとアルミラさんが恐そうだからやめておく。
ぐっと唇を引き結んだ俺にディティアがむず痒そうな顔をした。
うんうん。気になるのは皆一緒だよな。
しかし誰かが口にする前に、無慈悲にもアルミラさんが言い放つ。
「まずは客人にお茶を出すところからよ! さっさと動きなさい。ああそうだ、今回の売上はこれ」
「お茶……確かにそう、かな。というか、お金はいいって言っているのに……いつもありがとうアルミラ。それじゃ、隣の部屋に移動する、かな!」
「うん、その前にひとついいか? アルミラは十年ほど失踪していたと聞いているが……君の歳を聞きたい」
聞いてくれたのは〈爆風〉である。
おお! さすが伝説の冒険者、やってくれるな!
「はは。そう褒めてもなにも出ないぞ〈逆鱗〉」
「あれ、顔に出てたか?」
俺が笑うとデミーグは双眸を瞬いた。
「げ……〈逆鱗〉……?」
…………ぐっ。そこに食い付くのはやめてくれないかな。
本日もよろしくお願いします!
諸々やることを消化していく白薔薇です。